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みずたまぼよん

作者: 景綱
掲載日:2014/01/13

 ぼくは、みずたまぼよん。


 きっと、誰もぼくの存在を知らないだろうな。みんな、見ているのに誰も気づいてくれないだけさ。

 雨上がりの地面に、キラキラ輝いているみずたまり。それがぼくなんだから。

 まさか、みずたまりに心があるだなんて、誰も思いやしないだろうけど。気づいてほしいもんだよな。ちょっぴり寂しいよ。

 声をかければいいじゃないか、なんてことを言うかもしれないけれど、そりゃ無理な話だ。考えてもみてよ、みずたまりから「おーい」だなんて呼びかけてごらんよ。


 怖いだろう。

 幽霊? なんて勘違いする人だっているかもしれないじゃないか。

 まさか、みずたまりがしゃべるなんて思う人はいやしないさ。

 だから、ぼくは話したりなんかしない。ずっと黙ってみんなを見てひとり楽しんでいるのさ。ちょっぴり寂しいけれど。


 ぼくの楽しみはもうひとつあるんだ。

 青い空を眺めること。

「空っていいなぁ。いい眺めだなぁ」

 綺麗だろう。青い空って綺麗だろう。同じ景色なんてひとつもないんだ。もくもくの雲がいろんな景色を見せてくれるんだ。面白いよ。楽しいよ。

 ほら、あの雲、鳥に見えやしないかい。

 お! あっちには魚みたいな雲も泳いでいるじゃないか。

「雲っていいなぁ」

 ぼくの唯一の楽しみなのさ。

 ただ、ずっと見ているわけにはいかないんだ。

 残念だよ。

 ぼくは、青い空ともくもくの雲を眺めていたいのに……。

 できることなら、あのもくもくの雲みたいに空を自由に飛んでみたいのに……。


 叶わぬ夢さ。


 なぜだかわかるかい。

 ぼくは、太陽に照らされて干上がってしまうのさ。

 ずっと、ずっとキラキラ輝くみずたまりでいることが叶わないのさ。

 誰にも気にもとめられず、大好きな空を眺めることもちょっとの時間しか楽しめず。なんて短い人生なんだろう。なんて寂しい人生なんだろう。

 雨が降らなきゃ、ぼくは生まれてくることもできず。

 なんて、寂しい人生なんだろう。


 それにさぁ、冬はもっともっと過酷な人生を辿るんだ。

 ぼくは、カチンコチンになっちまうんだ。冷やされて、冷やされて氷になってしまうんだ。冷たすぎるじゃないか。冷たいっていうのは痛いんだぞ。


 こんなぼくのことどう思う?

 もうちょっと、クローズアップしてくれよ。

 気づいてくれよ。構ってくれよ。頼むから……。

 なんだか、卑屈になりすぎてしまっただろうか。

 こんなみずたまりの訴えも聞いてくれる人なんていないだろうに。


 涙がでちゃうよ。


 あはは、それすら気づかれないよね。

 だって、ぼくは水だもの。水の中で涙を流したってそれが涙かどうかなんてわかりゃしないさ。ああ、どこまでぼくはついていないのだろう。

 あっちのベンチに、女の子が座っているみたいだけど……ぼくのことなんて気づいちゃいないんだろうな。いや、気づいていたとしても関心なんて持たないだろうなぁ。

「はぁー」


 あ! 子供たちが駆けてくるぞ。えっと、一、二、三人かぁ。三人の男の子だ。

 ぼくのほうに向かってくるぞ。もしかして、ぼくと遊んでくれるのかい。そうだったら嬉しいのだけど。

「うっ……」

 痛いよ、痛いよ。やめてよ、やめてよ。

 子供たちは、ぼくの上でバシャバシャはしゃいでいる。

 やめてってばぁ。痛いよ。お願いだから、ぼくの上で遊ばないでよ。踏みつけないでよ。

 痛いんだってばぁ。

「うううっ……」

「ねぇ、今なんか言った?」

「いいや、なんにも」

「そうか、気のせいだな」

 子供たちは、ぼくの呻き声も気のせいにしてしまうのか。

 バシャバシャバシャ。

 う、う、うっ……。

 ああ、ぼくって存在意味あるんだろうか?

 こんなに虐げられて、辛いだけだよ。

 あの空の雲みたいにふわふわのんびり飛んでいたよ。


「ちょっと、あんたたち。うるさいわよ」

 突然、女の子の怒声が男の子たちに飛んできた。

「うっせいなぁ。関係ないだろう」

「あるわよ。私は読書中だったの。静かにしてよ」

 そういえば、あっちのベンチに女の子が座っていたよな。そうか、読書していたのか。

「わかったよ。まったく。みんなあっちいって遊ぼうぜ」

 三人の男の子たちは駆け出して「バーカ」と捨て台詞を女の子に投げつけていった。

 なんて奴らだ。バカだなんて、かわいそうに。いや、人の痛みもわからず暴言吐く、あいつらのほうがかわいそうな奴なのかもしれないな。


 女の子に目を移すと、なぜかぼくと目が合った。ぼくには目と呼べるものはないけれど、女の子は間違いなくぼくを見ている。

 え? なに? どうして?

「ごめんなさいね。痛かったでしょ」

 え? えええええーーーーーーーーーー。

 ぼくに言っているんだよね。それって、ぼくに言っているんだよね。本当に、本当だよね。まさか、ぼくのこと労わってくれるの?


 はじめてだ。こんなことはじめてだ。

 気づいてくれている人もいるんだ。

「ねぇ、大丈夫? 痛すぎて声も出なくなっちゃったの?」

 え? 声って。そうか、さっきの呻き声聞こえていたんだね。なんて優しい子なんだろう。こんな子もいるんだなぁ。

「ねぇ、みずたまりさん。聞こえている?」

 ああ、ぼくに話しかけてくれるなんて……。涙がでちゃうよ。嬉し涙なんてはじめてだよ。あ、返事してあげなきゃ。こんなこと二度とないかもしれないもんね。

「聞こえている? みずたまりさん」

「う、うん」

 なんだか、みずたまりさんだなんて言われ慣れていないから照れちゃうなぁ。

「うふふ、よかった。大丈夫? 怪我していない?」

「う、うん。水だから大丈夫だよ」

「よかった。でも、なんだか不思議。みずたまりさんと会話できるなんて」

「そうかい」

「うん。だって、知らなかったんだもん。みずたまりさんと話せるなんて」

「そ、そうだよね。あ、でもね。ぼく、みずたまぼよんって言うんだ」

「え? そうなの? みずたまぼよんさん?」

「そ、そう」


 やっぱり照れるなぁ。だって、すごく可愛い女の子だし、こんなにいっぱい話ができるなんて幸せなんだもの。

「えっと、ぼよんさんでもいいかなぁ」

「え、あ、うん。いいよ」

「うふふ。あ、そうそう、ぼよんさんは、空が好きなの?」

「え?」

「だって、さっきそんなこと言っていたでしょ。空っていいなぁとか、雲っていいなぁとか」

 あちゃー、そこから聞いていたのかぁ。なんだか恥ずかしくなってきたよ。といっても、水だから顔を赤らめたりはしないけどね。もちろん、お湯になったりもしないぞ。

「あ、ごめんね。聞こえちゃったから」

 女の子は言葉を続け謝ってきた。

「あ、そんなこと、気にしないで。ぼくは、君と話せて嬉しいんだから」

「私も」


 ああ、ぼくはみずたまり界の幸せ者だ。こんな体験できるみずたまりなんてこの世の中探してもきっとぼくだけに違いない。

「あのね、空のことなんだけど。私も空を眺めるの好きなんだ。ぼよんさんと一緒だね」

「そ、そうなの。一緒だなんて嬉しいなぁ。ありがとう」

「ううん、私こそ、ありがとう」

 ぼくは、いつ干上がったっていいと思った。さっきまで悲観的になっていた自分が嘘のようだよ。こんな日が来るなんて。


 空に感謝だ。雨を降らせてくれて感謝だ。

 ぼくを生みだしてくれたんだから。

 こんなに優しい女の子と出会わせてくれたんだから。


 おや? その本は……。

 ぼくは気づいてしまった。女の子が持っている本のタイトルが『みずたまりの心』だということに。なんてことだ。そんな本があるだなんて。

 もしかして、ぼくのようなみずたまりに出会ったことのある人が書いた本なんじゃないだろうか。ぼくのような幸せ者が他にもいたっていうことだろうか?


 それだったら、すごい。

 ぼくたちの仲間も意外と嬉しいことや楽しいことを体験していたのかもしれない。

だとしたら、その本の作者に感謝しなければ。

「ねぇ、君の持っているその本だけど……」

「え? これ?」

「そ、そう。それってぼくみたいなみずたまりの話なのかなぁ」

 ウキウキ気分で尋ねてみたら。

「あ、これは、ちょっと違うかなぁ」

 なんだ、違うのかぁ。ちょっと残念。期待しすぎてしまったみたい。

 世の中そんなに甘くないってことかぁ。

「でもね、私、将来小説家になりたいんだ。だから、いつか、ぼよんのこと書いてみようかなぁ。なんて。ダメかなぁ」

 女の子は少しばかり顔を赤らめて手で髪の毛をいじっていた。

「え、本当に? あ、もちろん、OKだよ。ぼく、嬉しいよ。どんどん書いてよ。ぼく主役でしょ」

「うふふ。そうね、ぼよんが主役ね」

「約束だよ」

「うん」

 やったぁー、これで、ぼくたちの夢が叶うかもしれない。寂しい人生が消える日がくるかもしれない。いつの日か、みずたまりと人が楽しく過ごせる日がやって来るかもしれない。

 うんうん、そうだ、そうだ。いいね。

 ぼくは、そんな日を夢見ていた。


「あ、ぼよん」

「ん? なーに?」

「あのね、私、もうそろそろ帰らなきゃ」

「あ、そうなんだ」

 そうか、帰っちゃうんだ。また寂しくなっちゃうなぁ。

「もうそんな暗い声ださないで」

「うん、ごめん」

「今日は、楽しかったよ。会えてうれしかったよ。ぼよん、また明日ね」

「う、うん。また、あ・し・た」

 女の子は、手を振って帰っていった。ときどき振り返ってまた手を振ってくれた。

 嬉しいけど、なんとも心が痛む。


 また、明日かぁ。

 はぁー。

 きっと、ぼくには明日はない。

 ぼくは、長生きはできないのだから。そんなに時間がない。あの太陽に照らされて干上がってしまうのも時間の問題だ。さっきは、もう干上がってもいいなんて思ったけど、やっぱりもっともっと楽しいひと時が欲しかった。

 また、明日だなんてぼくも口にしてしまったけど、ぼくと女の子が会うことはもう二度とないだろう。残念だよ。

 あっ、それなら、女の子の名前聞いておくんだったなぁ。

 はぁー、やっぱり、ぼくみたいなみずたまりは寂しい人生なんだろうか?

 いや、そんなことはないさ。未来はきっと明るい。

 そう願いたいものだ。

 空はいいなぁ。


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