第六話
指示のあった村の近くにたどり着いたのは昼過ぎだった。ルナの表情はどことなく暗い。
「大丈夫か?ルナ。」
「平気だよ、兄さん。まだ、気配は感じられない。」
「そうか。」
村に入ると静かなものだった。行きかう人々は少なく、活気もない。そんな村の様子を見ながら村の教会に向かった。
「旅のお方ですか?」
教会に入ると神父はそう尋ねてきた。
「聖王騎士団から派遣されてきた。詳しく話を聞きたい。」
「騎士団の方でしたか、失礼しました。では、どうぞこちらへ。」
神父の案内で教会の奥の部屋に入ると地下室へ向かった。そこには何体か死体が並んでいた。
「ここ数日の被害者たちです。すでに浄化処置を施してあります。」
「状況は?」
「行方不明者が数名、被害者は皆、夜間に外出した者が襲われています。」
「やはり夜か。村人たちには夜間の外出を控えるように言ってあるのか?」
「はい。しかし、ここでは農牧が多く、動物たちの世話をするために、夜間出ていく者がいるようです。」
「そうか…。近日中に片づける。村人たちには夜間の外出を禁じさせろ。」
「分かりました。ただちに手配いたします。それからこちらが報告書です。お部屋の方にご案内いたします。」
「それから、お前も死にたくなかったら夜間の外出はするな。外を見ることも危険だと村人たちにも伝えろ。」
「それは吸血鬼が使う魅了の魔法のことでしょうか?」
「そうだ。これ以上被害を出すわけにはいかない。夜中に外でどんな音がしても決して外を見たり、出たりするな。」
「心得ました。」
そのまま地下室をあとにすると案内された客人用の部屋に入った。
「何か、分かったか?」
さっき、下で神父と話していた時にルナが死体を調べていたのは知っていた。
「浄化処置後だったから、微量だったけど魔力のパターンは何とか判別できたよ。」
「追跡できそうか?」
「さすがに痕跡が少なくてそこまではできないよ。」
「そうか。だが、今回の吸血鬼はさほど強敵ではなさそうだ。」
「そうだね。魔力パターンからもそんなに脅威を感じれなかった。」
「だが、報告書に行方不明者のうち一人が行方不明になる前に奇妙な行動をしていたとある。少し嫌な感じがするな。」
「眷属…。」
「死体を操っているとなると少々やりにくいな。」
「でも…必要な事…なんだよね…。」
「無理はするな。顔色が良くないぞ。」
「…ごめん…兄さん…。」
ルナの事をそっと抱きしめる。ルナは腕の中で震えていた。
「嫌なら、ここで待っていればいい。俺がすぐに片づけてくる。」
「…やる…よ…。…役目…だから…。」
俺の胸元にしがみつくようにしながらルナは言う。
「…がんばる…から…。」
ルナが落ち着くまで、俺はずっと抱きしめていた。
夜、村外れに俺とルナはいた。
「そろそろだな。」
物陰から村の中央に通じる道を見張る。しばらくすると人影が見えた。のっそり、のっそりとおよそ普通の健康的な人間とは思えない歩き方で村の中央を目指している。その歩みが見えない壁に阻まれたかのように止まった。見えない壁の先に進もうとしているようだが全く進めていない。
「やはり、眷属か…。」
日没と同時にルナが村に結界を張り巡らせたため、闇のものは入れないのだ。
「さて、どう出るかな?」
「…っ兄さん。」
「俺も感じた。行くぞ。」
他でもない、この魔力パターンはあの吸血鬼だ。急いで街道へ向かうと数体の眷属を引き連れた吸血鬼の姿があった。
「貴様らか。小賢しい事をしてくれる。」
「たいした魔力もない、眷属がいなければ何もできないようなお前を生かしておく理由はないな。」
「人間風情が、この闇の力を手にした私に刃向おうなどと笑わせる。やれ。」
眷属が一斉にこちらに向かってくる。その顔には見覚えがある。
「やはり、行方不明者か。」
眷属とは、吸血鬼に血を吸われた人間の死体に魔力が宿り、吸血鬼の奴隷として使役されているものだ。見た目は人間だが実質ゾンビと変わらない。すでに死んでいるのだから。創生した剣に退魔の力を乗せて眷属を叩き切る。切られた眷属はその場で灰となって散る。
「人を切るようで気が進まないな。」
できるだけ顔を見ないで済むように背後に回り込むようにして切り倒していく。ルナの方を見ると回避と防御に専念しているようだ。まだ、攻撃する事に抵抗があるのだろう。ルナの行く手を阻むように攻撃が飛んできたのをルナは魔法で防御する。その瞬間、背後に眷属の姿が見えた。
「ルナ!!」
剣を投げつけてルナの背後にいた眷属を倒す。同時に俺を狙った攻撃をすれすれでかわすが少し肩をかすめた。
「ルナ、大丈夫か?」
「ごめんなさい。兄さん。」
「あやまるな。俺が守ってやるって言っただろう。」
「でも…。あっ…兄さん、血が…。」
「ただのかすり傷だ。気にするな。」
ルナは何事か考えるように目を伏せたあと、決心したように言った。
「兄さん。力をもらうよ。」
「ルナ?」
俺の肩の血をルナは舐め取ると、そのまま首筋に噛みついた。
「何を…。まさか…その女、吸血鬼だとでも言うのか。」
敵の言葉を尻目に、吸血を終えたルナは瞬時に吸血鬼化する。真紅の瞳と一対の蝙蝠の様な羽、同時に当たりに放たれる圧倒的な魔力。
「私は貴方を許さない。」
ルナの意思を汲んで大鎌をルナに渡す。
「だから…滅する。」
ルナは飛翔しその大鎌で敵の吸血鬼を切り裂く。
「かはぁ…、バカな、吸血鬼が退魔の力を使うだと…。貴様らは一体…。」
その言葉を最後に敵の吸血鬼は灰となって散った。
敵がいなくなった事を確認しつつ、ルナに駆け寄った。
「大丈夫か?ルナ。」
「兄…さん…。私…わた…し…。」
ふらっと、意識を失い倒れかけたルナを抱きとめる。すでにルナの吸血鬼化は解けていた。一瞬何か怪我でもしたのか疑ったが特に傷を負った様子はなかった。
「よくやった。しばらく休め。」
そう言って、頭を撫でてからそっと膝の裏と背中に腕を回して抱き上げると教会に戻った。
「お疲れさまでした。」
教会に戻ると神父が出迎えた。
「吸血鬼は始末した。眷属にされた者たちはすでに灰となっている。彼らの魂を弔ってやってくれ。」
「かしこまりました。彼らの魂は私が責任を持って導きましょう。」
「頼んだ。」
そう言って、ルナを抱いたまま部屋へ戻るとベッドにルナを寝かせた。ベッドのそばの椅子を腰掛けるとそっとルナの頭を撫でる。撫でながら頭の中ではルナが意識を失う直前に言っていた言葉が反芻していた。今回の任務はそもそもルナの心には辛い任務だった。ルナには戦わせないつもりだったが、結果として戦わせることになってしまった。
俺にもっと力があればルナは戦わずに済んだだろう。いつもそうだ。俺に力がない、足りないからこそルナに辛い思いをさせている。あの日、俺に力があればルナに辛い運命を背負わせず、今のように辛い思いをさせなくて済んだはずだ。そう、全てはあの日から始まった。
次回、過去編