第五話
朝、いつもより少し早い時間に目が覚めた。そのまま体を起こそうと思ったが起こせない状態だったのでやめた。なぜなら、右腕にルナが抱きついたまま寝ていたからだ。いつもはルナの方が早起きだが、今日はどうやら自分が早かったらしい。寝ているのを起こしてしまうのはかわいそうだからしばらく横になっていることにした。
「……ん……。」
目が覚めて少し体を動かしたのが伝わったのか、ルナがぼんやりと目を開けた。
「おはよう、ルナ。」
「おはよう、兄さん。」
朝のあいさつを済ますとルナは腕を放してベッドから抜けた。癖のない真っ直ぐな長い銀髪がその軌跡を描くように舞う。
「着替えてくるね。」
そう言って、ルナは部屋を出て行った。普段から身を寄せてきたり、一緒のベッドで寝ていたりするが、さすがに着替えなどは恥ずかしいらしい。宿に泊まる時も二部屋取っていて一緒に寝ることもあるが着替えなどの時はさすがに部屋に戻っている。とりあえず、ルナが着替えてくる間にこっちも着替えることにした。
着替えを済ませたルナと一緒に食堂で朝食を食べているとミーティアさんがやってきた。
「おはようございます。」
「おはよう、二人とも。と言いたいところだけど、急ぎの任務があって朝食を食べたらすぐに出ないといけないのよ。」
「そうなんですか?」
「えぇ、だから二人にはまたしばらく会えなくなるかしら。」
「そうですか…。」
「生きていればまたここで会えるわ。だから二人とも、絶対に死なないでね。」
「はい。」
ミーティアさんは手早く朝食を食べると去り際に耳打ちしてきた。
「さっき、アラン隊長が貴方を呼んでいたわ。後で隊長室に一人で来るようにと。」
ルナはミーティアさんが何か言っていたのには気がついたようだが内容までは聞こえなかったらしい。ミーティアさんはそのまま食堂をあとにしていった。
朝食を済ませて食堂を出るとルナが質問してきた。
「さっき、ミーティアさん何て言ってたの?」
「あぁ、アラン隊長が呼んでいたって。一人で来るように、ってことだけど。」
「そう…。それなら、私は部屋に戻っているね。」
「分かった。ちょっと行ってくる。」
「うん。行ってらっしゃい、兄さん。」
通路の分かれ道でルナと別れるとアラン隊長のところへと向かった。
「急に呼び出してすまなかったな。」
「いえ、一人で来るようにとのことでしたがやはり任務のことでしょうか?」
「そうだ。もっとも内容が内容だから一人で来てもらったのだが…。」
「ということはやはり、吸血鬼ですか?」
「そうだ。すでに何件か被害が確認されているため早急に対応しなくてはならない。君たちの事情は分かっているが、現状で対吸血鬼戦が行える人員に空きがないのだ。強制はしないが、今日中に受けるか受けないかの返事がほしい。」
「…分かりました。ルナと相談してみます。」
「頼んだぞ。」
「はい。では、これで失礼します。」
隊長室を出て通路の角を曲がるとルナがいた。
「ルナ…。」
「…言わなくても分かるよ、兄さん。アラン隊長が兄さんだけを呼んで任務の話をする時がどういう時かぐらいは…。」
うつむいたままルナは答える。
「部屋で話そう。」
「うん…。」
そっと手を差し出すと少しだけきつく握りしめてきた。そのまま部屋に戻るとルナはベッドに腰をかけた。うつむいたまま表情はこわばっている。
「…吸血鬼…だよね…?」
ぽつぽつとつぶやくようにルナは言う。
「そうだ。すでに被害が確認されているから急ぎの任務になる。」
ルナの表情は晴れない。
「…やる…よ…。…役目…だから…。」
ルナの声は震えていた。そっと隣に寄り添うと肩に腕をまわして、そっと抱き寄せる。ルナが震えているのが伝わってきた。
「ルナ。」
「…大…丈夫…だから…。」
「無理はしなくていいんだぞ。」
「…いつかは…向き合わないと…いけない…から…。逃げて…ばかりじゃ…いけない…。」
「本当にいいのか?」
「…うん。」
「わかった。アラン隊長にはそう伝えておく。」
「…うん。…兄さんは…ずっと…そばにいて…くれる…?」
「ずっとルナのそばにいるよ。」
そっとルナの頭を撫でる。そのままルナが落ち着くまでずっと頭を撫でていた。
「そうか。引き受けてくれるか。」
ルナが落ち着いた後、一人アラン隊長に報告しに行った。
「えぇ、まだ辛いようですが…。」
「今、あの娘のそばにいてやれるのはお前だけだ。」
「分かっています。ただ、まだルナには重すぎるのかもしれません。」
「己の現実と向き合う事ほど辛い事はないだろう。もしもの時はお前だけが頼りだ。」
「はい。では、任務に向かいます。」
「うむ。気をつけてな。」
「失礼します。」
部屋を出る寸前に背中からアラン隊長が声をかけてきた。
「ところで、お前はあの娘が万が一の時にはどうするつもりだ?」
アラン隊長が言う万が一の時という意味は分かっている。いつかは向き合わなければならない現実だ。
「そんなことはさせませんよ。」
その一言だけ言って部屋をあとにした。
「そんなことはさせない…か…。」
ヴァンが去った後の部屋で一人アランはつぶやいた。
「それが、彼らの選んだ道か…。」
部屋に戻ると疲れたのかルナはベッドで寝ていた。ベッドに腰掛け、そっと頭を撫でるとぼんやりと目を開けた。
「兄…さん…。」
「ただいま、ルナ。」
「おかえりなさい、兄さん。」
ルナがゆっくりと体を起こすと肩に頭を乗せてきた。
「明日、早く出るから今日は早めに休もう。」
「うん。」
「ほら、シャワーを浴びてきな。」
「うん。行ってくるね。」
ルナは、ゆっくりとベッドから出るとそのまま部屋を出て行った。それを見送ってからすぐに荷造りをするとヴァンもシャワーを浴びに行った。
部屋に戻ってしばらくするとルナがやってきた。
「兄さん…。その…一緒に…寝て…いい?」
「かまわないぞ。もう寝るところだ。」
部屋の明かりを落とすと二人で一緒にベッドに入る。すぐにルナが腕に抱きついてきた。
「ルナ。」
「…いい?」
「好きにしな。」
ルナは腕に力を込め、より密着してくる。その体はかすかに震えていた。抱きつかれているのとは逆の手で、そっと頭を撫でてやると少しだけ震えが治まってきた。
「ごめん…なさい。」
ルナの声はかすかに震え、今にも泣き出しそうな感じだった。体を少し傾け頭を撫でていた手をそっとルナの背中にまわし、抱きしめる。
「兄…さん…。」
「大丈夫だ。ずっとそばにいる。」
抱きしめながらそっと頭を撫でる。
「あたたかい。兄さんに包まれていると安心する。」
「落ち着いたか?」
「うん…。はぁ…、兄さんのにおい…。」
「ルナ?」
「ん…。」
ルナが首筋を舐めてきた。
「欲しいのか?」
「兄さんは…どんな私でも…受け入れてくれる?」
「ずっとそばにいる。」
「うん、ありがとう。兄さん。」
同時に首筋に熱さを感じた。そして徐々に伝わってくる吸血時特有の感覚。
「兄さんのあたたかい。」
血を吸い終わったルナは恍惚とした表情だ。そんなルナをそっと抱きしめる。
「兄さんに包まれてあたたかい。」
ルナは安心したのか俺に身をゆだねるように穏やかに眠った。