第四話
朝、いつものようにルナと一緒に食堂に行き、朝食を食べていた。
「ヴァン、ルナ、おはようございます。」
顔をあげるとミーティアさんとシルフィールがいた。
「おはようございます。ミーティアさん。シルフィールもおはよう。」
「ミーティアさん、シルフィールさん、おはようございます。」
「席、いいかしら?」
「えぇ、どうぞ。」
この四人で朝食は久々な気がする。
「そういえばヴァン。この後、時間が空いていますか?」
食事中にミーティアさんが聞いてきた。
「えぇ、空いていますけど?」
「でしたら、私とお手合わせをお願いしたいのですが大丈夫ですか?」
「ミーティアさんと…ですか?」
「はい。後で訓練室まで来てください。」
そう言うとミーティアさんは、食器を片づけに行ってしまった。
「兄さん。頑張って。」
「ミーティアさん相手に勝てる気がしないんだが…。」
「でもミーティアさんと直接模擬戦できるならいい訓練になるんじゃない?」
「まるで人事だな、シルフィール。」
「残念ながら、私もさっきここに来る前にミーティアさんにお願いされているのよ。もっとも、順番はヴァンの後ね。」
「まぁ、いいか。」
「兄さん。頑張って。」
ルナに励まされながら食事を終えると三人で訓練室に向かった。
訓練室といっても中は広い大部屋であるだけで何もない。この訓練室は第七部隊専用であり、部屋の壁はそこらの城壁より硬い上に外側から複数のアーティファクトを用いた結界で覆われている。事実これだけの対策をしていても、たまに訓練室が破壊されることがあるというのだから驚きだ。そんな部屋の中心に、先に来ていたミーティアさんはいた。
「来ましたね。将軍級を倒した実力、その成長を見させてもらいますよ。」
「皇帝級を軽々と倒せるミーティアさん程ではないですよ。」
そう言って、両手の剣を構える。すでにシルフィールとルナは隣の別室に移動して魔法を介したモニターを見ている。
「ルールはいつも通り、私に一撃を与えられたら貴方の勝ち。では、始めましょうか。」
ミーティアさんの手にはすでに槍が握られているが構えてはいない。先手を打つために一気に間合いを詰めて右手の剣で切りかかる。だが、その剣は槍で防がれる。ここまでは予想通りだ。すかさず左手の剣で切りかかるが、一瞬で右手の剣が払われ、左手の剣を防がれる。
「くっ……。」
一旦、バックステップで距離を取る。相変わらずミーティアさんは槍を構えない無形の構えだ。だが、躊躇していても意味がない。再びミーティアさんに向かって切りかかる。
そのころ、隣の部屋ではルナとシルフィールがモニターを見ていた。
「ミーティアさん、さすがですね。」
「えぇ、ヴァンの攻撃が全く届いていないわね。」
「ミーティアさんのあの動き、やっぱり“零式”ですか?」
「そうね。私とヴァンはミーティアさんに基礎だけは教わっているけれど、足元にも及ばないわね。」
「確か、全身の肉体の運動効率を極限まで高めて運動における損失を限りなく零に近づける体術でしたか?」
「半分正解ね。後もう一つは全身の筋肉を連動させることで力と速さを得るのが“零式”よ。」
「それで、あんな動きが?」
「そもそも人体は無数の筋肉と骨格によってできているから、それらの力をうまく足し合わせることで普通の人以上の動きができるの。私の場合はミーティアさんに教わった基礎と風術のサポートを重ねているのよ。」
「なるほど。」
「“零式”の最大の利点は一切の無駄がなくなるということ、現に今戦っている二人のうち疲れが溜まっているのはヴァンの方でしょ?」
「確かに、兄さんの動きが少しずつ鈍くなってきている気がします。」
「“零式”は最小限の体力で最大の効果を発揮する体術。普通に戦っては先に体力を削られてしまう。」
「それでは、兄さんは…。」
「決着は時間の問題ね。」
「くっ、これでもか…。」
さっきからミーティアさんに何度も攻撃をしかけているが、その全てを回避されるか防がれている。
「どうしました?」
涼しい顔をしてミーティアさんは攻撃を防ぐ。
「そろそろこちらから行きますよ?」
「くっ…。」
素早く背後に回り込んで切りかかるが、それも瞬時に槍に弾かれる。さらに、その槍が引き戻され鋭い突きが飛んでくる。
「くぁぁぁっ…。」
片手の剣でなんとか防げたがその一撃で剣が砕けた。破片が飛び散り、頬から一筋の血が垂れる。使えなくなった剣を瞬時に放棄し、すぐに次の剣を創生する。
「今の攻撃を防ぎましたか。いい判断です。」
「殺す気ですか?今確実に心臓狙ってましたよ?」
「実戦で、同じことを言っても無駄ですよ。」
「そうですね。」
再び、ミーティアさんと切り結ぶ。先ほどまでとは違い、ミーティアさんは攻撃を防ぐだけでなく隙をついてカウンターの突きを放ってくる。一瞬でも気を抜けば、一撃でやられる。これでもまだ、ミーティアさんは本気ではない。本気のミーティアさんが相手では最初の一撃で終わっていただろう…。
「はぁ…、はぁ…。」
「もう、限界ですか?」
ミーティアさんは今も涼しい顔をしている。
「まだ…、やれますよ。」
直後、ミーティアさんが放った突きで剣が砕かれる。
「なっ…。」
今の突きに全く反応できなかった…。
「くっ…。」
すぐに距離をとって次の攻撃に備える。だが、それよりも先に放たれたミーティアさんの突きがもう片方の剣も砕く。次の瞬間には、首元に槍先があった。
「勝負ありね。」
「ええ、自分の負けです。」
ミーティアさんは槍を下ろすと微笑んできた。
「兄さん、大丈夫?」
模擬戦が終わって、隣の部屋からルナとシルフィールが出てきた。
「あぁ、心配するな。」
「また、ずいぶんとやられたものね。」
「次は、お前の番だろ。」
「そうね。せいぜい頑張るわ。」
そう言ってシルフィールは背負っていた大剣を構える。
「兄さん、行こう。」
「あぁ、少し休ませてもらうぞ。」
ルナと二人で隣の部屋に入る。
「では、お願いします。」
「シルフィールとは久々ね。楽しみにしてるわ。」
「…いきます。」
直後、シルフィールの剣閃とミーティアさんの槍が交差した。
ルナと一緒にミーティアさんとシルフィールの試合をモニター越しに見ている。シルフィールの攻撃の特徴は何と言っても体術と風術を組み合わせた素早い剣技である。大剣を扱っている以上その攻撃は遅いように思われがちであり、さらにシルフィールが細身であることからそのような動きは到底想像できない。シルフィールは体術に加え、魔法による肉体強化、さらに風術によるサポートを行うことで重量のある大剣で素早い攻撃を繰り出すことができる。
「ミーティアさん、最初の一撃以降は回避に徹しているね。」
俺に身を寄せながらルナが言う。
「シルフィールの攻撃は一撃一撃にかなりの重さがある。何度も受けるのは得策ではないからな。」
モニターの中ではシルフィールがすさまじい速さで連撃を放っているが、その全てをミーティアさんはかわしている。
「あっ、兄さん、ちょっとじっとしてて。」
何かと思うと俺の頬をルナがペロっと舐めた。
「ルナ?」
「兄さんがいけないんだよ。」
ちょっと拗ねた様子でルナが言う。
「そんなところに傷を作って、血が出てたから。」
さっき破片で切ったところのことだろう。触ってみるとすでに傷がふさがっているようだ。さっき舐めると同時に治癒魔法を使ったらしい。
「兄さん、その…。」
ルナは少しうつむきながら、さらに身を寄せてきた。
「後でな。今はちゃんと試合を見てないと。」
そう言って、ルナの頭を撫でてやる。
「うん…。我慢する。」
そう言っても離れるつもりはないらしい。まぁ、いつものことだが。モニターの中では、まだ、シルフィールとミーティアさんの試合が続いていた。
「これでもまだ、追いつけないなんて…。」
すでに最大スピードで何度も攻撃を繰り出しているにも関わらず、ミーティアさんにはかすりもせず紙一重でかわされる。でも、まだ手はある。
「はぁぁぁぁっ!」
先ほどと同じ最大スピードで剣を繰り出しながら斬撃と同時に風術で真空の刃を発生させる。これならば、例えかわしたとしてもある程度の範囲内ならダメージは受けるはず。事実、正面の方向には巻き上げられた砂煙があがっている。
「まだまだですよ、シルフィール。」
ミーティアさんの声は背後から聞こえた。振り返ると同時に槍先が迫ってくる。かろうじて防いだが体ごと弾き飛ばされてしまった。
「そんな…いつの間に…。」
なんとか体勢を整えようとしたがすでに遅く、目の前にミーティアさんの槍先があった。
試合が終わったのでルナと一緒に部屋を出て、二人のところで向かう。
「二人とも、少しは腕を上げた様ね。この分ならすぐに皇帝級を倒せるようになるわ。」
「「「ありがとうございました。」」」
三人で礼を言うと、訓練室をあとにした。
部屋に戻ると、当然のようにルナも着いてきた。部屋の真ん中あたりまで来たところで背後から抱きついてきた。
「ルナ?」
「兄さんがいけないんだよ…。私に血を見せるから。」
「分かった。どうしたいんだい?」
「ちょっとしゃがんで…。」
言われた通りにしゃがむとルナは背後から首筋に噛みついてきた。吸血時特有の感覚が伝わってくる。その感覚がなくなるとルナは背中に寄りかかってきた。
「…兄さんのにおい…。」
「まったく…、しょうがないな。」
ルナが満足するまでしばらくそうしていることにした。