第一話
第一話
「兄さん。朝だよ。」
ルナはベッドで寝ている兄に声をかける。だが布団がもぞもぞ動いただけで起きてこない。
「兄さん。起きて。」
「…ルナ…か…。」
「兄さん。起きないと朝食食べ損なっちゃうよ?」
「…まだ間に合うから…もう少し寝かせてくれ…。」
「それなら、先に私の朝食済ませておくよ?」
そういうとルナは寝ている兄のそばまで行くと頭まで被っていた布団をめくり、兄の首筋をさらす。そして口元をその首筋へと近づけようとしたところで兄が起きた。
「ルナ。」
「おはよう。兄さん。」
ルナは笑顔で答える。
「朝食って…。先に食堂に行って食べているのかと思ったぞ。」
頭をかきながら答える
「だって、兄さんの血はおいしいから。それに昨日も任務に参加していたから、一応摂取しておいた方がいいかなって思ったから。」
「あんまり、人前で血の話はするなよ。」
「分かっているよ。兄さん。」
「寝起きで血行悪いから、後でいいか?」
「うん。それじゃ、先に食堂に行ってるね。」
ルナはそう言って部屋から出ていく。
そういえば、部屋には鍵がかかっていたはずだと思ったが、物理的な鍵はルナにとって何の意味もないことをすぐに思い出した。現に今も部屋から出て戸が閉まると同時に鍵が閉まったということは、また魔法で鍵をいじったのだろう。
いつものことなのであまり気にしない。とりあえず起きて顔を洗ってから着替えて食堂に行くことにした。
食堂に入ると先に来ていたルナが席を取っておいてくれた。
「おはよう。兄さん。」
ルナは、すでに朝食のサンドイッチを食べていた。
「あぁ、おはよう。ルナ。」
席に着いて自分もサンドイッチを食べる。朝は、だいたいこんな感じだ。
「兄さん。もう確認してきた?」
「まだ確認してないが、たぶん今夜もあるだろうな。」
「そっか。兄さん。その…後で…。」
「あぁ、部屋にいるよ。」
「うん。また後で。」
朝食を食べ終わったルナを見送った後、一人朝食を食べてから受付で手紙を受け取る。それから自分の部屋に戻った。
しばらくしてドアをノックする音が聞こえた。
「兄さん。入っていい?」
「あぁ、いいぞ。」
ドアを開けて、ルナは入ってくると手近なところに腰をかけた。
「今夜もまた任務の続きだ。そろそろ決着がつけばいいのだが。」
報告書をまとめながらルナに言う。
「連日となるとさすがに兄さんも疲れてない?」
「大丈夫だ。ルナのサポートもあるしな。」
「なら、いいけど…。でもあまり無理をしないでね、兄さん。」
「分かっているさ。」
そんな会話をしていると、おもむろにルナが背中にしなだれかかってきた。
「…ルナ?」
報告書を書く手は止めずに聞く。もっとも手の動きの邪魔にならないようにルナはよりかかっているのだが。
「…ん…。兄さん…。そろそろ…いい?」
「まぁ、そういう約束だからな。」
「うん…。いただき…ます。」
ルナは俺の首筋をさらすと口元をその首筋へと近づける。ルナの息がかすかにかかってくすぐったい。そして唇で首筋を甘噛みすると舌先をチロチロと蠢かせて、吸血しやすい場所を探す。そして、一呼吸おいてから首筋にかすかな鈍痛が伝わり、同時にルナの喉が鳴る音がすぐ近くに聞こえる。やがて満足したのかゆっくりとルナは離れた。首筋の傷はもうすでに治っている。ルナが離れる前に必ず回復魔法で傷を治すからだ。
「…ごちそうさま。」
ルナはやや恍惚とした表情で頬を赤く染めながら言う。
「満足したか?」
襟元を正しながら聞く。
「うん。やっぱり兄さんの血はおいしい。力が湧いてくるし。」
「そうか。」
「しばらくこうしていていい?」
背中によりかかりながらルナが聞いてきた。もちろん手の動きの邪魔にならないように気を使っている。
「しょうがないな。」
こうなると満足するまでこうしていた後、部屋の片隅でじっと俺の書類仕事を見ているのが常だ。特に気にすることではないし、ルナも決して邪魔にならないようにしている。俺たち兄妹にとっては普通のことだ。
夕暮れ時になって、俺たち兄妹は宿を出た。行先は町はずれの森。今日で今回の任務を終わらせるためだ。服装は昼間とは違い、ルナは黒い修道服のようなローブを、俺は黒いコートの下に黒い騎士の戦闘服を着ている。これらはすべて身を守るためのものであり、見た目よりも強度が魔法によって強化されている。森に入るころにはすでに夜となっていた。あたりは不気味なほど静まりかえり、不穏な空気が立ち込めている。息をひそめながらあたりの気配を探る。
「ルナ、どうだ?」
「ここから東の方に行ったところに少し魔力反応がある。」
ルナの方が魔力探知の能力が高いため頼りになる。
「よし。慎重に行くぞ。」
物音をたてないよう限界まで気配を消して東に向う。すぐ近くにまがまがしい魔力を感じた。
「いたな。上級魔族はいないようだ。」
「でも、下級の魔物が見えるだけで小型と中型が合わせて五体、どれも典型的な獅子型、それにこの周りにもまだいる感じがする。」
「囲まれるとまずいな。」
「うん…。あっ、兄さんこっちに気づかれた。」
「ちっ、見つかったか。」
瞬時に両手に剣を創生する。俺の持つ固有能力、“無限武器創生”。この力はあらゆる武器を瞬時に創生することができる。直後、襲いかかってきた一体からルナを守りつつ切り捨てる。武器には高密度の退魔の力を込めているため、一撃をうけた魔物は一瞬で消滅した。
「兄さん。」
「ルナ、いつも通りサポートを頼む。」
「了解。」
ルナが防御魔法を展開し、飛んでくる魔法弾を打ち消す。魔法弾を放ったのはおそらく中型だろう。小型の魔物はあまり魔力がないため、ほとんど直接攻撃してくる。ルナが打ち消している間に敵に接近し、次々と切り倒していく。だが一体だけ亀の甲羅のように外殻が固く、剣が通らなかった。
「くっ…。固いか…。」
さらに森の奥からもまだ魔物が出てくる。右手の剣をその内の一体に投擲し、同時に空いた手に戦槌を創生し、亀型の魔物に一撃を振るう。外殻に亀裂が入ったところにすかさず左の剣を突き立てる。さらに突き立てた剣をその場で崩壊させる。崩壊した剣はその瞬間、爆発を引き起こし、敵を飲み込んだ。魔力を込めた武器が崩壊する時、その魔力が外部に放出される性質がある。これを意図的に引き起こし、魔力による爆発を起こしたのだ。通常、自分の武器を破壊することは自分にとって不利となるが、“無限武器創生”の能力なら話は別だ。こうして次々と増援として出てきた魔物も含めて倒していく。遠距離からの魔法攻撃は基本的にルナの防御魔法によって弾かれていた。
「兄さん、上。」
ルナの声に反応し、瞬時にバックステップで下がる。同時に目の前に無数の魔法弾が降り注いだ。
「飛行型か…。」
上空を見上げると、その数はおよそ十体。おまけに地上でもまだこちらは囲まれたままだ。
「兄さん。私が…。」
「しかたがない。周囲の確認は大丈夫か?」
「うん。目撃者はいないみたい。」
「分かった。行くぞ。」
すぐ横まで来ていたルナが俺の首元に噛みつき吸血する。その瞬間、ルナの瞳の色が真紅に変わり、背中からは一対の蝙蝠のような羽が広がった。大鎌を創生し、ルナに渡す。
「空の敵は任せて。」
「気をつけろ。」
ルナが飛翔し上空の敵に向かう。同時に、襲いかかってきた魔物を新たに創生した剣で、切り伏せる。ルナの方は、最初の一体を鎌で切り裂くと同時に残りの魔物めがけて無数の火炎弾を放った。火炎弾を受けた魔物はそのまま火だるまになりながら焼け落ちていった。
ほどなくして、最後の一体に剣を突き立てるとルナが降りてきた。
「終わりだな。他に生き残りはいないか?」
「ううん。もう感じない。」
「そうか。これで任務完了だな。」
「うん。兄さん、けが大丈夫?」
そう言って、すでにもとの姿に戻っていたルナはすぐに回復魔法でかすり傷などを治していく。
「かすり傷程度だから大丈夫だ。」
「うん、そうみたい。これでやっと帰れるかな?」
「そうだな。今日は一旦、宿に戻って明日帰るとしよう。」
「うん。」
そう言って、ルナの治療が終わってから宿に戻った。