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第十話

 ルナが目覚めてから一週間が過ぎた頃、一時は一人で歩けるまで回復していたルナはベッドの上に体を起こすのがやっとの状態になっていた。その翌日には体を起こせなくなり、ベッドに寝たきりになってしまった。

「リハビリで疲れたのかな?」

そう言ってルナは笑っていたが、日に日に衰弱しているのは明らかだった。日を追う毎にルナは眠っている時間が長くなっていった。俺はそんなルナのそばにいてやることしかできなかった。


「ヴァン、少しいいかしら?」

眠っているルナのそばにいた俺にかけられた声に振り返るとミーティアさんがいた。

「なんでしょうか?」

「別の所で話すわ。」

そのままミーティアさんに連れられて別室に入った。

「ごめんなさいね。他の人には聞かれたくなかったから。」

「かまいません。ルナのこと…ですね?」

「知っての通り、今の彼女は衰弱し続けている。このままでは命にかかわるわ。」

「どうにかならないんですか?」

「手は尽くしているけれど、改善の兆候は見られないわ。」

「そんな…。」

一瞬、目を伏せるとミーティアさんは口を開いた。

「…たった一つだけ、まだ試していない方法があるわ。」

「どんな方法ですか?」

「彼女に血を飲ませるのよ。」

「えっ……。」

ミーティアさんの言っている意味が分からなかった。

「あくまで可能性の話よ。これは仮説だけど、彼女は今吸血鬼化が進行してはいないといっても所々吸血鬼としての兆候が見られるの。そして普通の吸血鬼は一定期間血を飲まないと体調に異変をきたす。もし、彼女の体質が吸血鬼よりに変化しているのならば、血を飲むことで回復する可能性は十分あるわ。ただ、血は吸血鬼の力を活性化させるもの、血を飲めば吸血鬼化を加速させる可能性もあるわ。」

「……。」

「それからもう一つ、与える血は生血でなければならない。つまり誰かが直接彼女に血を飲ませなければならないわ。」

「生血を?」

「そう。ただ、ここで問題になるのは呪いに感染する可能性、完全に吸血鬼ではないと言ってもこのリスクは避けなければならないわ。つまり、生血を与えられるのは吸血鬼の呪いに感染しない人物、私が知っている限り、その人物は私か、貴方しかいないわ。」

「俺の血を飲ませれば、ルナは助かるんですか?」

「助かる可能性は五分五分よ。それに貴方の血を与えるならば考慮すべき事がもう一つあるわ。」

「……。」

「貴方の退魔属性、その力は当然貴方の血にも含まれる。普通の吸血鬼にとって貴方の血は毒の様なものよ。」

「……。」

「もし、貴方の血を与える事で、彼女の体調が改善し、吸血鬼化の進行を退魔の力で抑えられれば、彼女は助かるわ。万に一つの可能性だけど。」

「他に方法がないならば、俺の血を飲ませるだけだ。このまま放置すれば、いずれルナは…。」

「そうね。時間はあまりないわ。ただ、彼女にどうやって血を飲ませるかは貴方に任せるわ。それが貴方の決断ならね。」

「わかりました。」

「それなら、私から言うことはもう何もないわ。」

そう言うとミーティアさんは部屋を出て行った。


 ミーティアさんが出て行った後、俺は一人考えていた。俺の血をルナに飲ませればルナは助かるかもしれない。だがそれは同時にルナがすでに人間でないことを認めることになる。この先一生、半吸血鬼として生きていかなければならないその業と苦悩をルナに背負わせるのか、それとも今ここで終わらせてしまった方が幸せなのか、ルナが眠っている以上その決断の責任は全て俺にある。ならば、俺は例え望みがなくてもルナが人間に戻れる方法があるのなら、その方法を見つけるその日までルナを生かし続ける。ルナを助ける、どんな手を使ってでも、そう誓ったのだから。ルナが背負うことになる業と苦悩、その罪と罰は全て俺が引き受けよう。それが俺の答えだ。


 ミーティアさんと話した翌日、俺は朝から眠ったままのルナのそばにいた。夕方になってもルナは目覚める様子はない。握りしめた手は冷たかった。

「…時間はないか…。」

ルナが衰弱しているのは明らかだ。急がなければ手遅れになる。

「…説明している時間もないか…。」

できれば先に説明しておきたかった。きっと目覚めればルナは俺を怒るだろう…。それでもいい…。ルナが助かるのなら…。俺はどんな罪でも受けよう…。

「ルナ…。」

そっと頭を撫でた後、自分の指先を噛んで傷をつける。血が出たことを確認して片手をルナの口元に添え、ルナの口をそっと開く。

「ごめんな…。」

開いた口の中にさっき傷つけた指を入れ、血ごと傷を舐めさせるように舌に触れさせる。指先にかすかに舌のざらざらした感触が伝わってくる。

「ルナ…。目を開けてくれ。」

その言葉が届いたのか、かすかにルナの瞼が動いた。

「ルナ…。」

もう一度呼びかけるとルナはぼんやりと目を開けた。それと同時に俺は傷つけた指を隠した。

「兄…さん…。」

ぼんやりとしていたルナの目が俺に焦点を合わせた。

「ルナ。」

そっと頭を撫でる。軽く頬に触れるとさっきまでとは違い、温かみがあった。

「兄さん…その…。」

「どうした?」

「なんだか、内側から力が湧いてくる感じがする…。眠る前とは違う…。」

「…ゆっくり休んでいたからじゃないか?それにまだ治療中だから薬のせいかもしれないし。」

「そうなのかな…?」

「今日はもう遅いから明日からまたリハビリだな。」

「そう…だね…。私はもう少し眠るね。おやすみ、兄さん。」

「あぁ、おやすみ、ルナ。」

そのまま、ルナは穏やかな寝息を立てて眠った。


 それからしばらくルナのそばにいた後、自室に戻るために部屋を出たところでミーティアさんに会った。

「血を飲ませたのね。その程度の傷ならすぐに治せるから気づかれないでしょうけど、そう長く隠してはおけないわよ。」

「ちゃんと、起きてから説明するつもりです。」

「現状で、あの子の吸血鬼化に変化は見られないわ。バイタルはだいぶ安定しているから朝には目覚めるでしょう。」

「そうですか…。」

「貴方も少し休みなさい。そのままでは貴方が倒れるわ。」

そう言ってミーティアさんは廊下の向こうに歩いて行った。

「分かっています…。…ルナ……。」

これでよかったのだろうか、その答えはきっとどこにもない。だから探し出さなければならない。ルナを救う方法を…。その時までは何としても生かそう。例え、俺の命を差し出しても…。そのためには……。


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