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Dragon Sword Saga4『魔界の王子』  作者: かがみ透
第Ⅳ話 トアフの領主
9/19

領主の館

 子連れの女性を森の出口まで送ると、俺たちは、再び領主のもとへと向かう。


 魔力が全快していないとはいえ、やはり魔物どもを抑えつけてもらってるおかげで、

最初に感じた不気味なざわめきは、今度は感じられずに済んだ。


「そう言えば、あんた、なんで父親に呪いなんてかけられちゃったの? 」

 ふいに、マリスが切り出した。


「親とはいえ、魔王を怒らせるなんて、一体どんなことをしでかしたのよ? 」


 ジュニアは、自分に関心が行くのが嬉しいのか、殴られたことすらなかったように、

マリスに対して、親しみのこもった笑顔で答えた。


「親父が後で食べようと思って大事にとっておいた大好物と、愛人を奪ったんだよ」


 あまりに唐突な、しかも人間臭いことを、さらっと、にこやかに言われたので、

俺もマリスも拍子抜けし、思わずコケそうになった。


「……そ、そんなことで……? 」


 ヤツは、そう言った俺にもにっこり頷いた。


「どっちも、親父の一番のお気に入りだったのさ。だから、あえて奪ってやろうと

思ったんだけどさ」


 俺たちは、あんぐりと口を開けたままだった。


「俺は、魔力を封じられて閉じ込められてただけだけど、彼女なんか、もっと可哀想

だったぜ。禿げ山のてっぺんに吊るされて、あの美しい身体中を、ガガどもにつつか

れ、死なない程度に生かされてるって話だからな。今でも、生きてんのかなあ」


「そんなこと、淡々と……。お前、罪悪感とか、ないのか!? 」


「魔族だもん。あるわけないじゃん」


 確かにそうだ。

 だが、こいつを見ていると、ついヒト扱いしてしまう。


 俺は、ヴァルに言われたことを思い出した。


『どんなに人間臭く見えても、奴は魔族なのだ』と。そして、そんなヤツほど、油断

してはならないのだと、改めて思った。


「日頃から、俺は親父とは合わなかったからな。ヤツを、ぎゃふんと言わせたかった

んだ。オヤジの大好物である、三五七年に一度しか手に入らないフカザメの(ひれ)

を、一三年間煮込んだものに、その黒タマゴを散らせた、魔界で最高の珍味と言われ

ている盛り合わせを、こっそり喰ってやった。最高にウマかったぜ!

 それを、喰わせてやるって、オヤジ一番のお気に入りの女を誘った。

 こう見えても、俺は魔界でモテる方だったんだぜ。落とせない女なんかいなかった

んだ。


 親父なんか、魔王ってだけで、好き放題やりやがって――! 

 女たちだって、そんな親父を怒らせるのが怖くて、言うことを聞いていただけに

過ぎないんだ。

 だが、俺は違う! 術も使わず、実力でモノにしたんだ。彼女だって、俺のおかげ

で、束の間でも、救われたに違いないんだ。一生食べられないかも知れない料理も

食えたんだし」


 実力? それは、寄ってくる女たちも、立場上逆らえないからだろ?

 ……ていうか、魔王の愛人、魔界の王子じゃなくて、珍味の方に釣られたんじゃ

ないのか!? 

 

「そういうのって、魔族の実力って言えるのか? 」


 俺の問いに、ヤツは、ずるそうに瞳を輝かせた。


「何も、人々に恐怖感を与えるだけが、魔族のやり方じゃないぜ。知らず知らずの

うちに、気が付いたら、魔族の手の中にあったってことの方が、上級の魔族の成せる

技なんだぜ」


 俺は、ぞくっとして、ヤツの瞳を見返した。


 やはり、こいつは、ヴァルの言った通り、側においておかない方がいいのかも知れ

ない。


 こいつを恐ろしいと思えなかったから、すぐに斬るのは気が進まなかったが、既に、

こいつを高位の魔族だと意識しなくなっていた自分を振り返ると、こんなに危険な

ことはないのだった。


 斬ろう! ヤツを。今のうちに――! 


 俺は、背中に背負ったバスターブレードに、手をかけた。


「やはり、お前は、俺たちヒトにとって、危険だ。お前がいて助かったこともあった

が、悪いけど、斬らせてもらう」


「ひっ! 」と、ジュニアが後退った。


「な、なんだよ、急に! 俺は、魔力もたいしてないんだぜ。ほっといたって、何も

悪いことなんかできやしねえよ。さっきだって、思わず、赤ん坊に食いついちまった

けど、別に、歯形がついたくらいで、あの赤ん坊が魔族になっちまうわけじゃないん

だから、いいじゃねえか! 」


 バスターブレードだと知って恐れているのか、それとも、ただの剣ですら、ヒトと

同じように怖いのか、ヤツは動揺して、よろよろと逃げ腰になった。


「待って! 斬らないで! 」

 マリスが、ジュニアの首に飛びついた。


「どけよ、マリス。こいつだって、自分で言ってたじゃないか。気が付いた時には、

こいつに乗っ取られてるかも知れないんだぞ! やっぱり、ヴァルがやろうとした

ように、変に情が湧く前に、こいつを叩き斬った方がいいんだ! 」


「だから、いざとなったら、それは、あたしがやるわ。お願い! 今は、こいつを

斬らないで! 」


 ジュニアは驚いて、目を白黒させながら、俺と、首に巻き付いているマリスとを

交互に見ている。


「いれば何かと役に立つと思うの。それに、こいつは、いつか、何かの切り札に使え

るかも知れない。だから、お願い! あたしが、もういいと思うまで、こいつを殺さ

ないで! 」


 マリスが、余計にヤツを強く抱きすくめた。


 そんなヤツを擁護するなんて、絶対間違ってる! 

 しかも、なんで、抱きついてんだ? 


 俺の中に、むかむかするような、もやもやした思いが涌き起こる。


「……まさかとは思うけど、マリス、そいつに、既に、情が移ってるんじゃないだろ

うな? 」


 バスターブレードを構えたまま、静かに言った。慎重に、彼女のどんな表情も

見逃さないつもりで、じっと見た。


「そんなんじゃないわ。ただ、……こいつは、魔物の間に伝わって来たっていう予言

の内容を知ってるはずじゃない? それと、他の魔族たちに聞いてもらえば、魔王

の封印された場所や、復活する時期も予想出来て、対策だって、立てられるかも

知れないじゃないの」


 あの予言には、別の解釈があると、ヴァルに打ち明けられたことがある。


 魔王とサンダガーを戦わせてはならない。戦えば、世界は消滅するだろうという。


 それを、マリスは、ヴァルから知らされていない。


 確かではないということもあるが、そのような破滅的なことは、彼女の耳には入れ

たくなかったのは、俺にだってわかる。


「ミュミュだって、魔物の言葉がわかるんだ。それだけなら、なにも、そいつの手を

借りなくたって、出来ることだろ? 」


 うっ……と、マリスが、言葉を詰まらせた。

 ヤツを手放したくない理由は、やっぱり他にあるんだろう。


「……わかったわ。正直に言うわ。納得しては、もらえないかも知れないけど……」


 俺は、さっと緊張した。


 最悪のパターンは、マリスが、こいつに惚れてることだったが、例え、そう打ち

明けられても、感情的にならないよう、心構えをしたつもりだった。


「あたし、……こういうペットが、欲しかったの! 」


 マリスは、真顔で打ち明けた。


 続きがあるのかと思って、しばらく黙っていたのだが、彼女も、それだけ言うと、

黙っていた。


 わけのわからない顔で、まだ混乱しているジュニアがただひとり、きょろきょろと、

俺とマリスの顔とを、交互に見ていた。


「こういうペットって……どういう意味だ? 」


 バスターブレードの柄を握り直し、彼女の心の中を探るように見る。


「普通の動物とかじゃなくて、ちゃんと言葉が通じて、魔物に食われることもなくて、

あたしのいいなりになるもの――ってこと」


 ……やはり、俺には、納得がいかなかった。


「そんなものが欲しかったからと言っても、そいつじゃあ危険が大き過ぎる。そんな

リスクを背負ってまで、必要なヤツか!? 」


 マリスは、必死な面持ちで、食い下がって来た。


「あたしのわがままなんだって、充分わかってるわ。だけど、魔物に対抗するには、

必要だって思うのよ。それに、こいつは、既にあたしの(しもべ)なのよ。悪いこと

は、あたしが責任もってさせないようにするから! ねっ? ジュニア、そうでしょ

う? 」


「そうだよ! 人間に害を与えるようなことは、絶対にしないから、そんな物騒な

もの、しまってくれよぉ! 」


 ジュニアも、マリスと一緒になって、懇願した。


「あたしの言うことなら、何でも聞くでしょう? 」

「聞くよ! 俺は、たった今、心から、お前の下僕になったのさあ! 」


 ジュニアは、(ひざまず)いて、マリスを見上げた。


 見ていて、呆れた。


 なんて調子のいい。死にたくないだけだろー? 

 まったく、茶番もいいとこだった。


「ねっ? お願い、ケイン! 今回は、見逃して! 」

「見逃してくれよー! 見逃してくれよー! 」


 ヤツは、母親の後ろに隠れる子供のように、マリスの足にしがみついたまま、身を

隠し、涙目で、俺に訴えた。


 そんなこと許したら、こいつは、四六時中マリスと一緒にいることになるだろう。


 マリスが魔族に取り込まれる環境を与えてしまうと同時に、ペットみたいに、こい

つを可愛がるなんて……! 


 尻尾を振るイヌみたいに、こいつがマリスに懐き、マリスも、イヌやネコを可愛が

るみたいに、笑顔で、こいつを抱きしめたりするのだろうか。


 そう妄想しただけで、本当に、本当に、嫌だった! 

 

 ——が―― 


 俺は、バスターブレードを背中に戻した。


「ありがとう、ケイン! わかってくれたのね!? 」

「ありがとう! ありがとう! 」


 二人は、俺の周りで、小躍りし始めた。


 理解したわけでもなければ、情に訴えられたわけでもない。


 ただ呆れてしまったのだった。



「あそこが、領主様の館ね」


 アホらしいことで時間を使ってしまったが、ようやく森を抜け、灯りのともった

建物が見えてきた。


「随分、大きな屋敷だな。城くらい、あるじゃないか」


「トアフ・シティーは、中原からは離れた、独立した都市だから、それだけで、小さ

な一国も同じだと思えば、領主は王みたいなものだわ。それにしても、よっぽど金持

ちみたいね」


 俺とマリスが、あれこれ詮索している間、ジュニアのヤツは、にこにこと、マリス

の言うことに、いちいち頷いていた。助けてもらったからって、そこまでゴマをすら

んでも……。


「魔物を退治したので、領主様にお目通りをお願いしたいのですが」


 厳つい鎧に身を包んだ門番に、マリスが、にっこりした。


 門番は、ふんと小馬鹿にしたように、鼻を鳴らして、面倒臭そうに門を開ける。


「あら! 誰かと思えば、あの時の小娘じゃないの」


 妙に、威圧的な声だった。

 よく見ると、背の高い女と、低い女の二人連れだ。


「は~い! お兄さん、また逢えたねぇ! 」


 小柄な方の女が、「きゃっ! 」といいながら、手を振る。


 こいつらは……スーにマリリン……!


 俺たちが砂漠に入る前の荒野で出会った、背の高いナイスバディーを誇る女剣士と

ロリっぽい自称美少女魔道士なのだった。


「ふ~ん、正義のためだとか言ってたくせに、結局は、あんたたちも、お金が欲しか

ったんじゃないの。ほ~ら、ご覧なさい! 」


 スーちゃんは、何もしていないのに、勝ち誇った笑い声を上げた。


 今回ばかりは、彼女の言う通り、金が欲しかったため、何も言い返せない。

 もともと、言い返すつもりもないが。


「今日は鎧じゃないのね? 私に対抗すべく、そんな服を着てみたのかも知れないけ

ど、まあ、女には見えるようになったくらいのもので、まだまだ私たちにはかなわな

いけどね。ほーっほほほ! 」


 スーちゃんが、マリスをからかったが、初対面の時と違い、マリスはあまり構って

いなさそうだったので、ほっとした。


「へ~、こんなお兄さんも連れてたんだー? ずる~い! 自分は男女みたいなくせ

して、こんなにカッコいいお兄さんたちばっかり連れ歩いちゃって! どっちかひと

り、マリリンにちょうだい! 」


 マリリンちゃんも、かわいいお顔の割には、随分なことを言っていた。


「誰が、あんたになんか、やるわけないでしょ」


 マリスが、マリリンの頭をコツンと殴る。

 そんなに強く殴ったようには思えなかったが、途端に、マリリンちゃんが、

びーびー泣き出した。


「乱暴はよしなさいよ! 」


 スーちゃんが間に入り、マリリンを抱えた。


 マリスは、呆れた目で、二人を見ていたが、さっさと門の中へ入っていった。


「やーね! ほんと、乱暴なんだから! マリリンちゃん、大丈夫? 帰ったら、

今もらったお金で、好きなだけ飲み食いしましょう。そして、明日になったら、

オーダーメイドでドレスを作ってもらいましょう! 」


「うん! スーちゃん! 」


 トモダチなのか、それ以上なのか、はたまたうわべだけなのか、利害関係なのか、

まったくよくわからない関係の彼女たちは、門の外につないであるウマの鞍に、

ずっしりと、重たそうな革袋を積み上げた。


 袋の中身は、魔物を換金した金だろう。随分もらったらしいな。


 それよりも、あのウマは、俺の譲ってあげたウマだろうか?


 ……多分、そうだろう。



「ただ今、領主様は、お食事中でございます。しばらく、こちらでお待ち下さい」


 執事の老人が、俺たちを、広い客室に通すと、重々しい扉を閉めた。


 ソファくらいしかない、がらんとした広い部屋で、俺たち三人は、することもなく、

うろうろ歩き回っていた。


 古くあらある、由緒正しい家のように思える。相当古いのか、結構カビ臭い。


 壁には、歴代の領主の肖像画が、何枚も掲げられている。

 天井にも、何か宗教がかった模様が書かれているし、絨毯も、東洋系の色彩で織ら

れていた。



「あの森、な~んか、アヤシイわ」


 マリスは窓枠に腰掛け、さっき通ってきた森を見下ろしていた。


 その横にいるジュニアは、イヌが尻尾振るみたいに、またしても、うんうん頷いて

いた。


 だから、そんなにゴマをすらんでも……。


「前に、スーたちが言ってたけど、もうこの辺では、魔物は捕れなくなってきたから、

遠出をしてるって。

 でも、あそこの森には、下等だったけど、妖魔はいっぱいいたわ。遠出しなくても、

あそこの魔物を倒せばいいのに」


「下等なモンスターじゃ、わざわざ換金はしてくれないのかな? 」

「そうかも知れないわね」


 俺に視線を向けることなく、彼女は森を見続けていた。


「街が、魔物に苦しめられているから、倒してくれたらご褒美をあげる、っていうん

なら、わかるのよ。だけど、遠くの魔物を倒してまでも、金に換えてくれるなんて、

随分人が()すぎない? 魔物撲滅運動なんて、たかが領主がひとりで出来ること

でもないし。神の神託が下ったなんて騒いでる、どっかの祭司長でもあるまいし、

よっぽど正義感が強いのか、あまりにも有り余っている金を持て余しているだけなの

か、または……金を積んでまでも、魔物の死体が欲しいのか……」


「魔物の死体が欲しいだって? 」


 マリスは俺を見ると、慎重に、言葉を選びながら、続けた。俺に話すことで、彼女

自身も、自分の考えを確認するみたいに。


「例えばの話よ。魔物の死体っていうのは、魔物を倒した証拠として、持って行く

ものなんだと思っていたのよ。


 さっきの酒場でも言っていたけど、あちこちから、賞金稼ぎが魔物を倒して、死体

を運んでくるらしいじゃない? そんなに死体ばかりが、ここに集まってきちゃった

ら、いくらなんでも、処置が大変なんじゃないかしら。 


 だけど、ここの領主は、未だに魔物に賞金を懸けてるわけでしょう? 連れて来ら

れた魔物は、一体どうしてるのかしら? 」


 その時、窓の外で、カサッと、何か物音がした。


「ほら、また妖魔だわ。館のこんな間近にまで来てる。いくら下等な妖魔といっても、

こんなこと、普通の人間なら耐えられないはずだわ」


「お前だって、魔族を飼ってるじゃないか。ここの領主も、お前と同じで、相当な

物好きなんじゃないか? 」


 ちょっとからかってみた。


「それだけなら、いいけど」

 ぼそっと、彼女は呟いた。


「例え、何か妙なことを領主がしていたとしても、今の俺たちには、時間がないんだ。

金をもらったら、今度は、クレアの憑依を解かないといけないんだからな。そっちが

優先だ」


「わかってるわ」

 マリスが、少し真面目な表情で頷くと、


「ヤナの憑依を解くだって? 」

 ジュニアが、目をぱちくりさせた。


「ありゃあ、大変だぜ。悪いけど、あの()は、もう助からないかも知れないぜ」


「なんだと、おい、いい加減なこと言うなよ! 」

 俺がジュニアに詰め寄ると、ヤツは怯えてマリスの後ろに隠れた。


「だって、ヤナは、女神像に取り憑いてから、神聖な力がパワーアップしてんだぜ。

だから、魔族もうかつに近付けなかったんだ。


 あんな強力な巫女の魂に、取り憑かれてんのを、無理矢理引き離そうとすると、

憑依は解けても、あの娘の人格が、もとに戻るかまでは、わかんねえぜ。


 ただの記憶喪失がいいとこで、下手すりゃ、廃人同様になっちまう。


 可哀想になあ。せっかく、かわいい娘だったのに。ヤナさえ取り憑いてなかったら、

絶対モノにしたのになあ! だけど、巫女だからダメか」


 ジュニアは、わけのわからないことを言って、暢気に笑っていたが、いきなりマリ

スが、ヤツの頭を殴った。


「いてっ! 」


 ジュニアは、その場に(うずくま)ると、「一体、俺が何をしたってんだ? 」と

言いたげに、マリスを見上げた。


「クレアは、あたしが絶対に救ってみせるわ! 廃人なんかに、させやしないんだか

ら! 」


 マリスに睨まれて、ジュニアは、「ひー! 」と叫んでから、おそるおそる切り出

した。


「だ、だけどさあ、あれじゃあ、普通の人間は受け付けないぜ? 彼女と同じ巫女だ

とか、それに近い存在じゃないと……」


「だから、あたしがやるのよ。あたしの母親は巫女で、あたし自身だって、洗礼を

受けた巫女でもあるんだし、ベアトリクスの辺境では、白魔法で魔物も倒したこと

あるんだから、白魔道士でもあったのよ」


 まったく、様々な経歴の持ち主だった。


 マリスの白魔道士姿って、凛々しくてカッコ良かっただろうなぁ(見た目は)……と、

白い道着をまとい、戦う姿を想像し、改めて感心した。


 ジュニアの方は、ぽかんと口を開けていたが――


「ウソだっ! 有り得ねえ! そんなことは、有り得ねえ! 」


 思いっ切り叫んでいた。


 ヤツが、マリスに心から服従しているわけではないことは、バレバレだ。


「なによ、うるさいわね。じゃあ、他に誰がやるってのよ。あんたが出来るとでも

言うの? 」


 マリスも、さすがに機嫌を損ねていた。


「俺だって、ちょっとの時間なら、精神の中に入ることは可能だぜ。高位の魔族に

なるほど、霊的な部分が強いからな。多分、それくらいは、今の俺でも出来そうだ」


 それくらいは、なんていうが、それだけ出来れば、たいしたもののように思える。



「だから、あのおっかない魔道士の兄ちゃんに手伝ってもらって、マリーちゃんと

一緒に、あの娘の中に入ることは出来るぜ。そうしたら、ヤナを追い出すのも、

二人がかりで出来る」


「ちょっと、待て。……『マリーちゃん』て、誰だ? 」


 俺が、ぞわっとして、ジュニアに尋ねると、彼はきょとんとした顔で、こっちを

見た。


「決まってんじゃねえか。彼女のことだよ」

「ええっ!? 」


 指差されたマリスも、不気味そうに、ジュニアを見ている。


「なんなんだ、その変な呼び名は! 」


「だって、俺、身も心も彼女の奴隷だもん。自分のご主人様を、かわいく呼んで、

当たり前じゃないか」


 ヤツは、人差し指を立てて、にっこり、俺とマリスに微笑んでみせた。


「ま、それは、置いといて――。あんた、あたしと一緒にクレアの中に入るって言っ

てたわね。だけど、今のクレアは、神聖なものしか受け入れられないんでしょ? 

魔族のあんたが入っていけるようなもんじゃ、ないんじゃないの? 」


「逆に、あまりにも邪悪なものが来れば、嫌がって出て行くこともあるんだぜ」


 ジュニアは、また人差し指を立てて、サファイアの方の目を(つぶ)ってみせた。


「ヤナには長い間、さんっっっざん世話になったからなあ。俺としても、お返しして

やんなくちゃ、気が済まないのさ」


 ヤツは、開いているエメラルドの瞳を、邪悪に歪ませた。

 笑っている口元には、牙のような八重歯が覗く。


 ああ、やはり、こいつは魔族なんだ。


 そう思っていると、部屋の扉が、重々しい音を立てて、開いた。


「お待たせ致しました。ただ今、領主様のもとへ、ご案内致します」


 先程の、青白い顔の、痩せた老執事が、ゆっくりな動作で、一礼した。


 いよいよ、ご対面だ。謎の領主に。

 

 俺たちは、顔を引き締めた。



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