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Dragon Sword Saga4『魔界の王子』  作者: かがみ透
第Ⅶ話 『精神バトル』
18/19

回復

『こら、起きろ』


(……ん……? )


『起きろってば。ったく、しょうがねーなー。ヤナの技をモロにくらっちまいやがっ

て。油断するからだぜ』


 はっきりしない意識の中で、マリスは、以前もこのようなことがあったような感覚

を覚える。


(……いつだっけ? その時も、やっぱり、あたしは意識を失ってて……)


 その時、何かが唇に触れた。

 暖かい光が、身体の中に注ぎ込まれていくように感じる。みるみるそれは、足の先

にまでも広がっていく。


 次第にはっきりとしていく意識の中で、マリスは、うっすらと目を開けた。


「……!? 」


 黄金色の髪をたなびかせた白い顔が、目の前に迫っていた。徐々に、それが何を

しているのかも、わかってきたのだった。


「あ、あなた、……サンダガー!? 」


 それは、マリスとヴァルドリューズが召喚する時のような、金色の甲冑ずくめでは

なく、まだベアトリスにいた時の、正確には、マリスの意識の中で、初めてサンダガ

ーと出会った時のように、生身の人のような、白い布を身体に巻き付けた、神がかっ

た姿の彼であった。


 緑色の宝石をはめこんだような、美しいがつり上がった、どちらかというと邪悪に

見える瞳も、そのままである。


 完全に意識の戻ったマリスは、サンダガーの腕に抱えられていることがわかった

ところであった。


「途中でやめんな」


 彼はそういうと、かぷっと、マリスの唇を、食べるように覆った。


「なっ、なにすんのよっ! 」

 マリスは暴れて、サンダガーの顔を押しのけた。


「人が寝てる間に、なんてことを……! 卑怯者っ! 」


「こらっ! バタバタ暴れんな! お前に生命エネルギーを注いでやってるんじゃ

ねーか」


「生命エネルギー……? 」

 マリスは、とりあえず、手を止めた。


「そうだ。ヤナの攻撃をまともにくらったお前の精神は、大きなダメージを受け、

マジで危ないところだったんだぞ。この巫女のねーちゃんの身体ん中で、お前の精神

のみが死んじまったら、お前の方こそ、廃人になっちまうんだぜ。知らなかったのか

よ? 」


 サンダガーの見下ろすマリスの顔面が、蒼白になっていく。


「……し、知らなかった……」

「けっ。まったく、そんなこったろうと思ったぜ」

 彼は、呆れた顔で、肩をすくめた。


「待ってろ、もうちょっとで、全快だ」

 サンダガーの顔が、近付く。


「ちょ、ちょ、ちょっと待って! 」

「ああ? なんだよ」

 彼は、怪訝そうに、顔を歪めた。


「生命エネルギーって、……あの、そういうやり方しかできないの? 回復魔法みた

いに、てのひらから光線出すとか……」


「なんでだよ」


 首を傾げるサンダガーに、マリスの顔は、ボッと赤くなり、キッと、彼を睨みつけ

た。


「なんでもなにも、あなたねー、この微妙なお年頃の女の子に向かって、もうちょっ

と気の利いたやり方考えといてくれないわけ? 」


「これが一番手っ取り早いんだよ。生死をさまよってる人間を、じっくり回復して、

どーすんだよ。死んじまうじゃねーか」


「そっ、それは、そーだけど……なんか、これじゃあ、まるで……キスしてるみたい

じゃないの……」


 サンダガーは、じっとマリスを見下ろすと、突然笑い出した。


「神が、そんな俗っぽいことするかよ。はーははは! 」


(だって、あなた、そーとー俗っぽいじゃないのさ)

 マリスは、呆れた目で、神を見据えた。


「今のお前は本体じゃなく精神なんだから、特に、こうするしかねーんだよ。実際に

口づけてるわけじゃねーんだから、なにも、そう意識することはねーだろ」


「そ、それはそうなんだけど、……不本意な男から、そういうことされるのは、どう

も気が進まないし、……だいいち、精神に口づけられてるなんて、もっとイヤな響き

だわ」


 そう言われても、サンダガーは、気にもせず続ける。


「これはな、お前にも使える能力なんだぜ。もし、誰かが死にそうになった時、そい

つを助けたければ、お前の生命エネルギーを、そいつに注いでやればいいんだ。自分

の生命力を減らしてでも、助けたかったら、使ってみな。そういう風に念じるだけで、

相手に伝わるはずだからよ。俺様は、生命力あふれる神様だから、その加護を受けて

いるお前にも、出来ることなんだぜ。どうだ? いいこと知っただろ? 」


「……そんな都合のいいこと、ほんとに……」


「できるさ。だから、お前が、巫女のねーちゃん助けたかったら、その能力を使えば

いいんだ。ぐっすり眠れば、お前の減った分の生命エネルギーは、元に戻るんだから、

心配することはねえ。ただし、注ぎ過ぎには注意しろよ。自分の生命まで危険になり

兼ねないからな」


「でも、クレアが廃人になっちゃったら、生命力を分けても……」


「大丈夫だ。身体のすべての機能が復活するからな。廃人だったとしても、ちゃんと

目を覚まして復活するはずだぜ。ただし、今回の場合は、ねーちゃんに巣食ってる

ヤナを倒さないことには、復活しても、『ヤナとして』復活しちまうけどな」


「そう。わかったわ。じゃあ、さっさと、あいつを倒さなくちゃ」

 マリスは、サンダガーの腕の中で、起き上がる。


「だから、回復してやってるんだろ、お前を」


 サンダガーは、マリスの肩を押し、彼女の身体を自分の腕の中に押し戻すと、唇を

重ねた。


 暖かいエネルギーが、彼の唇を通して、彼女の全身に行き渡る。

 精神のみではあっても、身体のきかなかった部分が、軽くなっていき、痛みも、

けだるさもなくなっていくのがわかる。


「……ねえ、サンダガー」

「黙ってろ」


「……怒ってないの? 」

「なにがだよ」


「……あたしが、ベアトリスの辺境に迷い込んじゃった時、そこの次元の歪みから

脱出しようとして、あなたを煽てて騙したことがあったわ。あれ以来、怒って、

もう出て来てくれないかと思った。でも、あなたは、こうやって、あたしを助けて

くれてるし、クレアのことだって心配してくれてる」


「俺は神なんだぜ。そんな細けえこと、いちいち根に持つかよ」


「……そう……」


「いいから、もう黙ってろ。回復に時間かかるぞ」

「うん……」


 マリスは目を閉じ、あとは、獣神に身を任せた。


 しばらくして、マリスの精神は復活したのだった。


「じゃ、行くか」

「えっ? 」


 マリスは驚いて、サンダガーを見上げた。


「行くか、って……? 」


「もちろん、俺様も、一緒についてってやるに決まってんだろ」


「あなたが? なんで? 」


「なんでえ、その疑り深い目は。お前ひとりじゃ、あのヤナは倒せねえ。だから、

俺様が、手伝ってやるのよ」


「手伝うって……わーっ! だめだってば! ここは、クレアの精神の中なのよ! 

あんたみたいに、山ひとつ(こそ)げとっちゃうような大雑把(おおざっぱ)な技、

こんなところで使ったりしたら、それこそ、クレアの精神が、破壊されちゃうじゃな

いの! 」


「けっ、あの巫女のねーちゃんの精神なんか、前から、ぶっ壊れてんじゃねーかよ」

 サンダガーは、腕を組んで、悪態をついた。


「なんてことを……! そりゃあ、クレアは、潔癖で真面目なあまり、時々おかしな

ことを言うかも知れないけど、精神に異常をきたしてんのは、あんたの方だってば、

カミサマ! 」


「とにかく、ついてこい、マリス」

 獣神は、いきない走り出した。


「ま、待ってよ! 」

 マリスは、慌てて後を追った。



「ヤナ! 」

 サンダガーの声に、白い装束の巫女ヤナが、振り返る。


『誰です? お前は』


 マリスは、足をすべらせそうになった。


「てめえ、巫女のくせに、神である俺様を知らないのかよ? 」


 そういうサンダガーは、たいして気分を害してはいないようで、両腕を組み、仁王

立ちになった。


「俺様は、何を隠そう、ゴールド・メタル・ビーストの化身、獣神サンダガー様だ!

どーだ、恐れ入ったかー! はーっははは! 」


(はっ、恥ずかしいヤツっ! こんなところに来てまで)

 マリスは、呆れながら、獣神を見上げている。


『獣神ですって!? 汚らわしい獣の神が、いったい、どうして、こんなところに! 』


「それを言うなら、てめえもだろ? 女神モラこそは、ジャグの作ったまがいものの

神、邪神に違いねえっ! 」


『なんですって! なんということをいうのです! 』


 ヤナの身体は、また大きく揺れ出した。


 サンダガーは、調子づいた。

「お前たちの種族では神だと崇めていてもなあ、俺様は、本家本元のカミサマだぜ! 

ホンモノは出来が違うのよ、出来が! はーっははは! 」


『うそです! モラ様は、作り物なんかではありません! 』

 ヤナの身体が、ぐにゃぐにゃと揺れていく。


「だったら、なんだって、そんなに動揺してるんだよ? おめえが、モラ様の第一の

巫女なんだったら、呼んでみろよ、ご主人様をよ。ちゃんと待っててやるからよ」


 ヤナの身体は、ますます揺れ、形をとどめるのも難しく、蒸気のようにゆらめく

ばかりであった。


『おお! モラ様! あなた様を崇拝し、死しても尚、あなた様を信仰している使途

ヤナを、お救いください! そして、どうか、この不届きな邪神に、天罰を! 』


 だが、何かが起こる様子はない。


『この邪神は、恐れ多くも、あなた様を、まがいものなどと呼んだのです! 

モラ様! 』


 ヤナが両手を天に向かい、掲げるが、やはり何も起こらない。


「ふん、やはりな。ヤナよ、教えてやろうか、モラの末路を、そして、真実を」


 マリスは、サンダガーに注目した。


「モラは、邪神ゆえに、他の女神たちによって、一〇〇年以上前に、倒されてんだよ。

女神たちの戒律を守ることが出来れば、神として認めてもらえるかどうかの瀬戸際だ

ったが、所詮は邪神。邪の心を捨て切れなかった。そればかりか、ある女神の座を

乗っ取ろうとしたため、返り討ちにされ、滅ぼされた。


 それから一〇〇年たった今でも、あの魔界の王子を封印し続けられたのは、王子に

たいした魔力が残されていなかったことも大きいが、後は、お前の、モラに対する

信念のみだったわけだ。


 邪神であるモラ自身は、とっくに滅びてんだよ。それを、お前だって気付いていたはずだ。


 とっくに、モラの神託なんかは聞こえなくなってた。だが狂信的に信仰していた

お前は、真実を認めたくなくて、自己暗示をかけた。


 そんなのは、もはや、信仰心とは言えない。お前の、自分の間違いを認めたくない

ゆえの、自己満足にしか過ぎない。そんなお前は、巫女とは呼べねえよ」


 冷めた瞳を、ヤナに浴びせる。


 ヤナは、サンダガーに対して、憎悪を募らせていくのが、マリスから見ても充分

わかる。


 ヤナが怒りを隠せない目でサンダガーを睨むと、突然、クリスタルの塊を――マリ

スに放ったものよりも、さらに巨大なものを大量に、サンダガー目がけて、飛ばした

のだった。


 サンダガーの受けたダメージは、マリスにも及ぶ。マリスが防御のため、ダメもと

で両手を突き出すが、サンダガーが手で制し、クリスタルの塊を一睨みしただけで、

その巨大な塊は、ひゅんと空中で消えてしまったのだった。


「さーて、では、本家本元の神の力を見せてやるか! 」


 獣神は、片方のてのひらを、ヤナにかざす。


「待って! ここは、クレアの中よ! 」


 マリスは、必死にサンダガーの腕にしがみつくが、彼の腕を降ろすことはできず、

ぶら下がっているだけであった。


「そんなことはわかってるから、安心しろ」


 ピカッ! 


 サンダガーのてのひらから、金色の光が伸びていき、ヤナの身体を、いとも簡単に

突き抜けた。


『ぎゃーっ! 』


 煙のように揺れていたヤナの身体は、一瞬で、(ちり)のように舞った。


「まだまだだぜ。完全に消滅させねえと、巫女のねーちゃんに影響出ちまうからな」


 そう言うと、サンダガーは、もう一度、今度は大きな金色の丸い球を、同じところ

に向け、発射させた。


 マリスが出したものよりも強く、美しく輝き、大きさも、何倍もあった。


 ヤナの断末魔の叫びが響いたが、塵と化した身体も、金色のボールも、一瞬にして

場から、なくなっていた。


「これで、ヤナは消滅した。さ、巫女のねーちゃんを探すぜ」

「え、ええ」


 消滅――撃退でも、成仏でもなく、消滅であった。


 マリスが苦労したヤナを、サンダガーは簡単に倒し、今回は、いつものようにやり

過ぎなかったのは、クレアの精神の中だということを、配慮してのことだろうと、

マリスは、少しだけ、彼を見直した。



 その後、二人は、くまなく探しまわったのだが、クレアの意志らしきものは、なか

なか見付けられずにいた。


「どうしよう、クレア、見つかんない……」

「大分、存在が『薄くなっちまった』だろうし、ヤナのヤツによって、随分、深い

ところまで、沈められちまったのかも知れねえな」


「クレアー! クレアー! 」


 マリスが呼びかけながら、うねりの中を歩き回るが、進めば進むほど見つかる様子

もない。ぽたぽたと涙が彼女の頬を伝っていく。


「せっかく、ここまできたのに、クレアを助けることが出来ないの? このままじゃ、

ヤナは倒しても、クレアが廃人に……! 」


 はたはたと、マリスの頬を、涙がとめどなく流れていく。


「おーい、巫女のねーちゃんやーい。どこだー? 」


 キッ! と、マリスは、横目で、サンダガーを睨んだ。


(こいつ、邪悪な顔とはいえ美形の神のくせに、なんで、こんなに無神経なのかし

ら!? ヒトが、感傷的になってるってのに! )


 その時だった。


『……マリス……』


 微かに、聞き覚えのある声のような思念が、伝わって来る。


「クレア? クレアなの? 」

 マリスは、夢中で、声のする方を探した。


「こっちだ」

 サンダガーが走る後を、彼女も追う。


 急な斜面が現れた。


「こんなところがあったなんて」


 うねりの斜面を見上げているマリスに構わず、サンダガーが、崖になっている斜面

を、ふわっと舞い降りる。


 マリスも、そのように念じて、続いていく。念じるだけで、魔法でなくても、降り

ていくことができた。


「あそこだ! 」


 サンダガーの指差す先には、ほとんど透明の、両手ですくえるくらいでしかない、

小さな水溜りがあった。


「クレア……! 」


 マリスの心臓が、どくんと大きな音を立てた。


(まさか、もう手遅れなんて……! )


 獣神とともに、崖の底へと降り立ち、足元の水溜りを見下ろす。


「間違いねえ。これが、あの巫女のねーちゃんだぜ」

 サンダガーの声も、マリスには、心なしか、静かに聞こえる。


「クレア……! 」

 マリスは、脱力して、がくっと膝をついた。


「そんな……! 信じられない。こんな僅かな水溜りが……これが、クレアだなんて

……! 」


 マリスの頬を、また涙が伝う。


「さっき教えた生命エネルギーを注いでみろ」

 サンダガーが言う。


「注ぐったって、こんなのにどうやって」

「どこでもいいから、やってみろ」


 マリスは、はらはら泣きながら、水溜りの中央に、そうっと口をつけた。


 水ではなく、精神の塊であったのは間違いないと、感じられた。冷たくはあっても、

透明ゼリーのような、少し弾力が感じられる。


(生命エネルギーをクレアに……生命エネルギーをクレアに……! )

 マリスは、精一杯そう念じていた。


 しばらくすると、透明な塊は、大きく、ヒトの形へとなっていき、マリスの口づけ

ているあたりが、ちょうど顔のような輪郭が出来ていく。と同時に、青白く発光して

いったのだった。


 人間らしい形になった塊を、彼女は、両腕に抱え込んだ。


 それは、やがて、今の彼女のように半透明のヒトとなり、青白い発光も消えていく

と、クレアの姿になっていた。


「クレア! 」


 クレアの瞳が、うっすらと開いていく。


「……マリス……? 」


 か細いが、微かにそう言ったのがわかり、マリスは感激して声が出せず、代わりに、

彼女を抱きしめ、泣いていた。


「良かった、クレア、もとに戻って! 」

「マリス……私……」


 まだうつろな瞳の彼女を、再度、マリスは抱きしめた。


「マリス、ありがとう……助けてくれて」


 途切れ途切れの言葉に、マリスの頬は乾くことはない。


「ほらほら、そのくらいでやめといてやれ。このねーちゃんは、まだ『病み上がり』

なんだからよ。そんなに精神の部分に刺激を与えちゃいけねえぜ」


 サンダガーが、マリスの腕からクレアをそうっと抱きかかえると、その崖の斜面を

ゆっくりと浮かび上がっていった。マリスも続く。


「これで、ねーちゃんも自然に目を覚ますことができるだろう」


 ヤナと戦った、マリスが初めに辿り着いた場所まで戻り、半透明のクレアの身体を、

そこに寝かせ、サンダガーは言った。


「じゃ、俺たちも、そろそろ戻るぞ」


「クレアは、あのままで本当に大丈夫なの? 」


 うねりの地に寝かせている半透明の身体を、心配そうに、マリスが見つめている。


「大丈夫だ」


 そこへ、


『……クレア、……クレア……』


 マリスが、耳を澄ませる。


「これは、……ケイン!? ケインがクレアを呼んでるんだわ! 」

 嬉しそうに、天を見上げる。


「な? ちゃんと、呼びかけているモンもいるようだし、これで、ねーちゃんは、

廃人になることなく、目を覚ますだろう。さ、帰るぜ、マリス」


 マリスはサンダガーに手を引っ張られ、すうっと浮かんでいった。



 身体は、初めは動かなかった。かすんでいた景色も、徐々に、はっきり見えるよう

になっていく。なんだか騒がしい。なんだろう……? 


 マリスは、何度も、まばたきをした。


「気が付いたか」


 ヴァルドリューズの碧い瞳が、いつもと変わりなく、マリスを見下ろす。


(どことなく、やさしく見えるけど、気のせいかな? )


 彼に手伝ってもらったマリスは、ゆっくりと身体を起こし、座ったまま、ヴァルド

リューズを見上げた。


「ご苦労だったな。思ったよりも時間がかかったので、心配したぞ」


 「ほんとか~? 」と、疑いたくなるような平坦なセリフではあったが、マリスに

は、彼なりに心配してくれていたのだろうと、受け取れた。


 隣に寝ていたはずのクレアの身体が、そこにないことで、彼女が先に目を覚まし、

回復しているのだと、安心した。


「クレアは? 」

「あちらだ」


 ヴァルドリューズの指し示す方に、一行の男たちと、マリスの見知らぬ女の子、

クレアがいるのが見られた。


「良かった。クレア、ちゃんと立ってる」

 マリスが、安堵の笑顔になったところだった。


「きゃーっ! 悪魔ーっ! 」

「うわーっ! 」


 近付いていった魔界の王子ジュニアを突き飛ばすと、いきなり、クレアのてのひら

から、白い電撃が放たれた! 


 ジュニアは、ぶすぶす黒焦げになり、ぱたんと、倒れた。


「……なに、あれ……」


 マリスの口からは、呆然と、言葉がもれていた。


 死ぬ思いで戦ったマリスは復活したが、感動の再会など、そこにはありはしなかっ

た。



エピローグ


「マリスのおかげで、こうして戻ることが出来たの」

 クレアが、皆に、精神の中でのマリスの戦いを伝えた。


「そーだよ、すごい戦いだったんだぜ! マリーちゃんだって苦戦して、かなり危な

かったんだぜ。あの獣神が出て来なかったら、マリーちゃんこそ、廃人になっちまう

とこだったんだ! 」


 黒焦げから自然回復したジュニアが、威張るように腕を組んだ。


「そ、そんなに、大変だったのか!? 」


 ジュニアに術を解かれ、元通り男に戻ったケインは、今度は、自分の声に、内心

驚く。


 マリスは、腕を組み、横目でケインを見た。


「だいたいね、ケインたら、どこに行ってたのよ? クレアが大変な時に、側につい

てもあげずに。もっと仲間思いな人だと思ってたのに、白状なのね! 」


「そ、それは……、どうせ、俺がいても何も手伝えないなら、と思って、トアフ・

シティーの領主を倒しに……」


 マリスは目を見開いてから、ケインを正面から見据えた。


「あら、あたしたちが大変な思いをしている間に、自分は、そんなおいしいことして

たの? そっちだって、後で、あたしが退治してやろうと思ってたのに、せっかく

の暴れられるチャンスを、横取りしてくれちゃったってわけ? 」


「しょうがないだろ。マリスにあんなことした領主を、どうしても許せなかったんだ

から」


 ケインが、少しだけ頬を赤らめ、マリスから目を反らした。


 マリスが、目を丸くして、ケインを見直す。


「敵を討ってくれたの? ケインて——」

 ケインの頬が、ますます赤らむ。


「やっぱり、仲間思いだったのね? 」

 マリスが、嬉しそうに微笑んだ。


「いや、仲間思いって……ああ、まあ、そうかな」

 ケインはごにょごにょ口の中で言った。


「でも、正義を貫く勇者が、私情を挟んでいいのかしらねぇ? 仲間の仇を取るため

とはいえ、正義のための剣を使うなんて」


 マリスは、わざと意地悪く言った。

 ケインは、「うっ! 」と、言葉を詰まらせる。


「そうだぞ、ケイン。だいたい、お前は、あの剣の恐ろしさもロクに心得ず、いつも

簡単に使おうとしやがって! 魔族の俺様からみても、お前は充分危険人物だぞ! 」


 マリスの隣に寄って来たジュニアも、腕を組んで威張る。


「しかも、女になったら、あたしより可愛かったし」

「そ、そんなことないよ」

「あー、それは、俺様の美的センスのおかげだけどな」


 ケインが困っているのを充分確認してから、マリスは、ふっと瞳を和ませた。


「でも、……ありがと」


 困った顔のまま、頬を赤らめたまま、ケインは、微笑するマリスを前に、何も言え

ないでいた。


「えっ? マリーちゃん、もう説教終わりかよ!? ちょっと甘いんじゃないの!? 

またケインばっか依怙贔屓(えこひいき)しちゃってんの!? 」


 側でごちゃごちゃ言っているジュニアに取り合わず、マリスは、ヴァルドリューズ

の方に向いた。


「それで、結局は、どうだったの? 」


 ヴァルドリューズは、トアフ・シティーでのことを、ざっと皆に伝えた。


 怪し気な領主は、実は妖魔であり、それと組んでいた魔道士の塔お尋ね者のヤミ

魔道士ジャクスターが、魔物の死体を集め、加工し、売りさばいていたこと。


 そして、魔物の肉を食べて、魔物化した人間は多く、謎の変死を遂げたりしていた

が、中には、何の症状も現れない者もいた。


 その代わり、彼らは、それぞれある特殊な能力を身につけているというのだった。


 彼らは、ある闇の集団に引き取られていった。


 ヴァルドリューズがその組織のことを詳しく聞こうとすると、ジャクスターが自害

してしまったということだった。


「なんて非人道的な、恐ろしいことを……! 」

 クレアが、両手を口に当てる。


「まったく、ひでえことするやつらだぜ。で、その領主の城は、どうしたんだ? 」

「焼いた」

 カイルの質問に、ヴァルドリューズは、あっさりと答える。


「それじゃあ、きっと、今頃、トアフ・シティーは、大騒ぎになってるだろうな」

 カイルは、にやにや笑った。


「それで、マリスの方はどうだったんだ? サンダガーが出て来たって言ってたけど、

何で? 」


 はっと、マリスが、尋ねたケインを見る。


 サンダガーに抱えられ、口づけられた場面が甦る。


(……ま、サンダガーの、生命エネルギーの能力のことは、別に言わなくてもいいか

……)


 ケインの心配そうな顔を見ているうちに、マリスはそう判断し、巫女ヤナのこと、

女神モラの末路、サンダガーの圧倒的パワーによって、ヤナを消滅出来たことを、

さらっと説明するに留めた。


「……てことで、今度は、ちょっと街で資金繰りをしてから、次元の穴を探し、魔物

を退治していきましょう」


 マリスが、皆の顔を見回した。


「この世にはびこる悪を倒し、正義のために、みんなで力を合わせて、頑張りましょ

う! 」


 いつものごとく、クレアもにっこりと続いた。


「ジュニア、まずは、トアフ・シティーへ飛んでちょうだい。あそこがどうなったか

見届けてから、どこかの都市で、稼げそうなところを当たるのよ。じゃあ、お願いね」


「ちょっ、ちょっと待ってよ、マリーちゃん! こんな大勢を、俺ひとりで運べって

いうの!? 」

 ジュニアが慌てる。


「当たり前でしょう? ミュミュはひとりずつしか運べないし、ヴァルの魔力は、

なるべく減らしたくないんだから。さあ、やってちょうだい」

「ちぇーっ」


 ジュニアは、いやいや結界のような空間で、一行を包み込むと、姿を消した。


 彼らには、空間ごと移動しているのが、なんとなくわかったが、それは、すぐに

止まってしまった。


「だめだよ、マリーちゃん。マリーちゃんとあの女の子の『白のパワー』が強過ぎる

みたいで、これ以上無理だよ」


 マリスに睨まれ、魔界の王子が身をすくめる。


「あんたってば、いったいどんな役に立つっていうのかしらね! しょうがないわ。

ヴァル、お願い」


 ヴァルドリューズが結界を張り直す。


 その間、ジュニアは、よいしょっと肘を付き、横になっていた。

 それを見る限りでは、皆には、なんだかんだ言ってはサボっているのが見え見えだ

った。


「ああ、あんたはダメよ。自分で行けるでしょ? ヴァルの結界で行くのは、あたし

たちだけよ」


「ええーっ! 」

 ジュニアが不平一杯の声を上げた。


「ひどいよー! 俺、マリーちゃんが、ヤナと戦った時に、魔力使って中継してた

から、すっげえ疲れてんだぜ。ちょっとくらい休ませてくれたって……」


「いやなら、出て行けばいいじゃないの。これなら、いつでもお返しするわよ」

 マリスが、ジュニアの目の前に、黒い宝石ダーク・ストーンをちらつかせる。


「ううっ、なんてこった! どうして、俺様は、こんな悪女に惚れてしまったんだ

ろうか!? 」


(惚れたとは言っても、所詮は魔族だからか、惚れた女に、あまり誠実なようには

見えないけど……)

 ケインは、しょうもなさそうに、魔界の王子を見た。


 ジュニアが嘆きながら、ふいっとヴァルドリューズの結界から、出て行く。


 ようやく、彼らは、新しい目的地へと向かうことになったのだった。


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