第2章2 孤児院
快晴の青空に前日と変わりはない。ただ変化を問うとすれば、秋の気配が近づき、蒼天の空はいつもより高く、吹く風は涼風へと変わりつつあることだ。秋の装いが山から海へと下り、ふと見上げれば街道の木々も山吹に染まりつつある。
秋が近づけば街の活気もまた変わる。旬な物を先取りするように争う市場や、冬を前にして薪等といったものは飛ぶように売れる。ついこの間までの夏の様子を思い出しながら、ルークは1つ深呼吸をした。振り向いて後ろを歩くレオナに問う。
「レオナさん、行きたい場所とかありますか?」
今日は珍しく、傍らにトリクの姿はない。出かけるときに不幸にもリカとリナに見つかってしまった為、今日は家で留守番だ。
「そうね……。失踪者の詳しい話が聞けるところで、出来れば子供が沢山いそうな場所かしら?」
「あ、それなら、丁度いい場所がありますよ!」
嬉しそうな表情のルークにレオナは笑顔を返した。どうやら、昨夜は何も変わったことは無かったらしい。一安心したレオナだったが、まだ気は抜けなかった。
気配は消えていない。今日も朝からまとわりつくような視線を感じ、目覚めたのだ。気分の悪いことこの上ない。とりあえずレオナはルークから目を離さないように、と彼の隣を歩きながら、彼の言う丁度いい場所に向かって歩き始めた。
「ここはかなり大きな街だけど……町長はどうやって決めているの?」
レオナは人通りの激しい大通りを見回しながらルークに尋ねた。ルークは人にぶつからないよう、気を遣いながら歩みを進める。
「あ、選挙があるんですよ。住居区、工業区、商業区の区長さん達を集めて……あ、こっちです」
道を右折し、少し細い路地へと入る。石畳の商業区は裏に入れば小さな石造りの家々が立ち並んでいた。窓から突きだした洗濯物の竿が生活感を漂わせている。反対側の家の窓からは植物に水を与える女性が見える。
ふとこちらに気付き手を振る様子にルークは笑って頭を下げた。レオナは辺りを見回しながら言う。
「それじゃあ1つの区に数人の区長がいるのね」
「あ、はい。区長さん達が代表して選挙するんですよ。選挙、って言っても王都みたいなしっかりしたものじゃなくて、街の中で推薦された人の中から選ぶんで……」
石畳の道を真っ直ぐに歩いていくと、階段が見えてきた。階段の両脇にも家が建ち並んでいる。山の中で暮らしていたレオナにとってはそれがとても妙な風景に思えて仕方なかった。
「それじゃあ、今の町長は人望が厚いのね」
足をかけ、一歩一歩上へと歩いていく。ルークは照れたように頬をかきながら、レオナから視線を逸らした。
「そ、そんなことないですよ。父さんが言うには、父さんの父さん……お爺ちゃんが町長をしていたから煽て上げられたらしくて」
どうやらここら辺の地形は小さな丘のようなものだったらしい。全部上まで登りきると、眼下に街の様子が広がる。海が近い分だけ、前日に見た風景より綺麗に思えた。海岸のさざ波まで見ることが出来る。海を近くで見たことがないレオナは関心したように、その風景に見入っていた。
その様子を嬉しそうに眺めていたルークは、ふと後ろから掛かった声に現実に引き戻される。
「あー!ルーク兄ちゃんだー!!」
「え……?……わぁっ!」
状況を把握しきれないうちに、ルークは足下に衝撃をうけた。遠くから助走をつけて飛びかかられたので、バランスを崩して後ろに転倒する。すると今度は沢山の子供達がルークの周りを覆うように抱きついてきた。
「いたた……ちょ、ちょっと、皆、待って……」
「おや、ここ数日こっちに来なかったもんだから、心配していたんだよ、皆ね」
後ろから聞こえてきた声にレオナとルークの視線が向かう。数人の子供達に囲まれながらこちらを見て微笑む1人の女性。白髪混じりの肩までの髪、そして笑い皺がレオナには印象的に見える。
「ルーシーおばさん!」
抱きついてくる子供達をなだめ、やっと身を起こしたルークが途端に言った。知り合いかと尋ねようとした瞬間、ルーシーの視線がレオナの方へと向いた。
「……おやおや、まぁまぁ……」
なにやら口元を押さえて驚いている様子に、レオナは首を傾げる。見ると幾人もの子供達の視線もこちらに向けられていた。それも何か笑いを堪えるような笑顔。両手で口元を押さえている子もいる。首を傾げるレオナに慌ててルークは弁解しようとした。だが、それより先に子供達の歓声があがる。
「ルーク兄ちゃんがカノジョ連れてきたーっ!!」
「カノジョ、カノジョー!」
「えっ、ちょ、ちょっと待って、レオナさん、僕より年上……」
ルークの弁解も適わず、トドメにルーシーの微笑みと一言。
「年上なんて……ルークも大人になったのねぇ……」
項垂れるルークとレオナの間を円を描くように子供達が叫び回っている。大体そうやって冷やかしてくるのは男の子中心だった。女の子達はルーシーの隣や後ろから見慣れない客人を覗き見ている。
どうしたものかと顔を見合わせるルークとレオナ。
「……ところでルーク。ここは、学校か何か?」
先に口を開いたのはレオナだった。ルーシーの立つ横には門があり、奥にはルークの家より大きな建物が見える。庭には滑り台や砂場といった公園のようなものが見受けられる。
返答しようとしたルーク。しかしそれより先に口を開いたのはルーシーだった。
「ここは『孤児院』。捨てられた子供の面倒を見る場所と言えば分かるかしらね」
微笑んでそう言う初老の女性にレオナは思い出したように周りを駆け回る子供達を見つめる。何だかよく分からない期待の視線がいくつもこちらを見上げてきた。
「ここ、僕がいた孤児院なんですよ。7歳くらいの時に父さん達に引き取られたんですけど」
「ああ……それで子供達がこんなにいるわけね」
レオナはそういうといつの間にか自分の隣でスカートの端を掴んでいる男の子の頭を撫でた。ルークの妹達とさほど変わらない年齢に見える。するとまた子供達は何か面白いものを見つけたように孤児院の方へと走っていってしまった。女の子とレオナが頭を撫でた男の子がその場に残る。
レオナは顔を見上げて、こちらを見ているルーシーに言った。
「失踪事件の依頼を受けてこちらに来た、レオナ・ディルと言います」
そう言って頭を下げると、彼女は驚いたような表情を見せる。それはレオナがルークの『彼女』だと思いこんでいたせいばかりではない。
「あら…それじゃあ、貴女が魔女?」
口元を抑えたままそう聞き返すルーシーにレオナは頷いて、そして思い出したように弁解した。魔女、という言葉に怖がったのか、女の子達がルーシーの影に隠れようとしている。
「魔女というよりは魔術師に近いと思います。それに……まだ弟子なので」
怖がる女の子達を宥めるルーク。それを横目にレオナはそう言った。ルーシーはそれを見て微笑む。
「弟子でも依頼を引き受けてくれたのは嬉しいわ……私の所は子供達ばかりだからね、不安で。そういえば、自己紹介してなかったわね。私はルーシー・ファルデンス」
よろしく、と差しのべられた手をレオナも握り返した。その様子に安心したのか、女の子達も段々とレオナに寄ってくるようになる。
魔女や魔法といった類はどうやら女の子達の方が興味があるらしい。
「……お姉ちゃん、魔法使いなの?」
活発そうなショートカットの女の子が1人寄ってきて、レオナを見上げる。レオナはしゃがみ込んで視線の高さをその子に合わせると、優しく微笑んで頷いた。
「そう。怖い?」
左手で頭を撫でてあげると緊張したような空気が和らぎ、彼女は笑った。レオナの首に抱きついて言う。
「……ううん、全然!」
その様子を見つめていたルークは、ルーシーと顔を見合わせ微笑んだ。女の子達の幾人かがルークの手を引く。中に行こうと誘っているようだった。
「レオナさん。中で話を聞きましょう」
ルークがそう言うと、レオナは頷いて立ち上がった。撫でていた手をとって、女の子が手を引く。引っ張られるようにして門をくぐったレオナはふと、先刻自分のスカートを掴んでいた男の子を振り返る。
ぽつんと取り残されたその子に、レオナは手を差し出した。
「一緒に行かない?」
そう言うと、男の子は一瞬不思議そうにこちらを見上げ、そして笑ってその手をとった。孤児院のひときわ大きな歓声が、レオナを迎えてくれる。
☆
海から吹き付ける涼風は少し強いが、今の時期には丁度いい。部屋から部屋へと通り抜ける風はレオナ達が通された場所にも心地よい涼しさを与えていた。椅子に座ったレオナとルークに女の子達が運んできた飲み物が出される。
「それで……どこから話せばいいのかしらねぇ……」
テーブルの反対側に腰掛けたルーシーが窓の外で遊ぶ子供達を見つめながら、そう言った。レオナは持ってきた報告書を片手に、1つの資料に目を止める。
「確か、ライトという少年ですね。山へ遊びにいった途中でいなくなったと書いてあります」
ルークは山、という言葉を聞いて首を傾げた。ルーシーに視線を向け、疑問を問う。
「おばさん、山って山の散歩コースのこと?」
「確か……そうだったと思うんだけれど……」
曖昧ながらも頷くルーシー。ルークは首を傾げるレオナに、山の散歩コースについて説明を始めた。
山の散歩コースというのは、一ヶ月に2回程行く決められた散歩のコースらしい。海辺と山道で2つあるのだが、どうやらその少年は山道の散歩している時にいなくなったのだ。
「ああ、そうそう、確かライトがはしゃいで1人で先に行ってしまったんだったねぇ」
飲み物に続いてお茶菓子を持ってきた女の子にルーシーはそう言った。先程の子供達より歳も幾分か上に見える女の子だ。ルークと5つも離れていないかもしれない。
女の子は一瞬首を傾げて、そうそうと首を横に振った。金髪を肩まで伸ばした、痩せ形の少女だ。
「たしかライトが曲がり道の向こうまで行ったんじゃないっけ?ほら、あの奥へ行く方と、街に出る方と。間違うかも知れないって思って、追いかけたんだけど姿が見あたらなかったんじゃない?」
「それじゃあ、その時その子は1人だったってわけね」
確認のためそう言うと少女はこちらを振り向き、頷いた。どうやらその散歩に同行していたらしい。レオナはそれを聞いて、持ってきた小さな簡易地図をテーブルの上に広げた。ルークにそのコースの場所を聞く。
「えっと……たしか商業区の裏手だったから……」
ルークのなぞる道に印をつけながら、レオナはふと、とある場所で手を止めた。地図の上に1つだけ大きな空白を見つけたためだ。公園か何かかと思ったが、商業区の裏にそれはあり得ない。レオナは視線をルーシーに向け、疑問を口にした。
「ここは何ですか?」
「え?ああ……そこは丘。山から降りてくる時に見えなかったかしら」
「丘……」
レオナは前日、街へ降りるときに足を止めたあの風景を思いおこした。住居区と商業区の裏手の丘……1つだけ心当たりがある。確か昨日もあの辺りで子供達が遊んでいるのを見かけた。
何かを思いだしたようにレオナはルークに視線を向けた。
「ルーク。昨日言っていた雑貨屋の子供ってどこで失踪したか覚えてる?」
「へ?……えと、……あ」
ルークもまた思い出したように地図に見入った。今まで追ってきた散歩コース、その中で奥へ行く道に入れば、確実に『丘』へと辿り着く。そして、雑貨屋の三男坊が失踪したのも、ルークの記憶が正しければこの丘。
「そういえば雑貨屋の子だけじゃなくて、他の子もこの周辺で失踪した例が多いんですよ。昨日レオナさんに言われて調べてみたんですけど」
ルークは自分のポケットに入れていた小さな紙を取り出し、そこに書いていた累計を読み上げていく。場所にばらつきはあるが、それは大体その丘の近くで起こっている。
「ケイン、ハンス、マリー、あとファンも……」
「待って……ルーク、それって殆ど男の子じゃない?」
失踪者の名前を地図に書き留めていたレオナが、その手を止める。そして失踪者の名前を確認していくと、確かに女の子の名前は少ない。するとルークが傍らにいた少女に言う。
「マリーって確か、髪短い子だったよね?男の子みたいな感じで……」
すると暑そうに金髪を弄っていた少女は頷いた。
「うん。私男の子と間違っちゃった覚えあるから」
「それに確か、他の女の子達もだったような……」
名前を1つ1つ見つめて、確認していくルーク。
「どうゆうこと……?」
その言葉を聞いたレオナは首を傾げ、顔を顰めた。今の情報を纏めると、失踪するのは丘の近くにいる男の子か、男の子に似た女の子。それと噂によれば、茶髪という要点も混じってくる。
頭を押さえながら、レオナは地図を見つめた。
「……年齢はバラバラよね、ルーク」
「あ、はい。小さい子が5歳から、大きい子が…ファンだから…14、15くらいまでです」
差し出されたお茶を飲もうとしていたルークは急に話を振られ、カップを両手に持ったまま考えるように天井を見上げる。どうやら、それが彼の癖らしい。
「まぁ、ゆっくり考えて下さいな。……そういえば、ルークは本当に色々な人と知り合いねぇ。ファン君、かしら?」
ルークはまだ冷めない紅茶に息を吹きかけながら、ルーシーの顔を見返し頷いた。頬をかきながら紅茶に口をつける。
「ファンは区も一緒だし……それに知り合いが多いのは父さんが町長だからじゃないかな」
「そういえば、お父さんは元気?」
2人の会話を聞いていたレオナはお茶菓子の1つを食べながら、もう一度地図に視線を落とした。名前と区、年齢と特徴…その全てを眺めながら首を傾げる。心の中で1つの疑問を自身に問いかける。
(まさか……)
一瞬、また絡みつくような視線を感じてレオナは窓の外に視線を向けた。外には無邪気にハシャギまわる子供達の様子が見えた。向こうの木々の間から顔を覗かせる海岸、そして小波の音が耳を擽り、悪戯に背筋を逆撫でしてゆく。張るような緊張感に、レオナは隣に座っているルークに視線を戻した。
気付いている様子はない。いや、ついこの間初めて妖精を見たと言っている人間に、その視線を感じろとまでは言わないが……。
ふと、こちらを見つめて何かを考え込んでいるレオナに、ルークは首を傾げた。
「……?どうしたんですか?レオナさん」
その声に我に返ったレオナは、ルークの顔を見返して首を左右に振った。少し疲れたように笑い返して、椅子を立つ。
「……なんでもないわ。ところで、その丘の所に行ってみたいんだけど」
案内を請われ、ルークは微笑んで頷いた。ルーシーと傍らの少女に軽く頭を下げ、先に外へと向かったレオナの後を追う。その様子に気付いたのか、子供達の何人かが玄関の方へと集まって、手を振ってくれた。
レオナはまだ混乱する頭の中を無理矢理押しとどめて、子供達に笑い返した。外に出ると涼風が彼女の1つに纏めた髪を揺らす。まとわりつくのは潮の混じった風だけではなかったけれど、レオナとルークは子供達に手を振られ、孤児院を後にした。




