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ALF  作者: 由城 要
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第1章3 地下書庫にて


 鳩時計ならぬ烏時計がガァという間抜けた声で鳴く。その頃にはレオナもルークも夕食を済ませ、世間話などに花を咲かせていた。あまり山を降りていかないというレオナに街の話や、最近の王都の様子を説明する。

 ルークの話を聞きながら、レオナはこの少年の思考能力の高さに感心していた。王都で挙がっている政治や貿易の問題もよく理解しているように思える。洞察力がある、ということも会話の中から見いだした。

 それに、未知の知識を得るのが面白いらしい。


「あ、そういえば、さっき言ってた『セカンド・サイト』ってなんですか?」


 トリクと呼ばれていた妖精が本を両脇に挟み、頭に一冊載せ、部屋から部屋へと行き来している。レオナに片づけるまで夕食抜きを言い渡されたトリクは、先程から恨めしそうにこちらを眺めつつ、本の片づけに徹していた。

 それを笑顔で眺めていたレオナが振り返る。


「ああ……『セカンド・サイト』というのは、『見える』能力のことよ。妖精や、精霊、幽霊や、神様…色々ね」

「……あ、そうか、だから僕にもメニカさんやトリクさんが見えるんですね」


 納得したように頷くルークに最後の本を頭に載せていたトリクが顔をこちらに向けた。本を落とさない絶妙のバランスを保ち、ビシっと指を差す。


『そこの少年、「トリクさん」じゃなくて「トリク様」と呼べ』

「あ、はい」

「……ルーク、あんなのは別に呼び捨てでもいいわ」


 ここぞとばかりに口を挟むトリクを一瞥し、ルークを諭したレオナは烏時計の針を見た。丁度部屋を去ろうとしていた小妖精に言う。


「トリク、終わったらルークを部屋に案内してあげなさい。今日は疲れただろうから」

『お、それじゃ少年。これを戻すついでに連れてってやる』


 こっち来い、と手招きするトリクに、ルークは椅子を引いて立ち上がった。おやすみなさい、と頭を下げ、トリクの後を追う。部屋を出る寸前、振り返りルークの名を呼んだレオナが微笑んで問いかける。


「明日、一度街の方に降りてみるから……案内をお願いするわ。いいかしら?」


 振り返ったルークも笑顔を返して頷いた。


「はい!」





「……えっと、書庫ってここ?」


 廊下の灯りの影になって薄気味悪く突き当たりに存在する1つの扉。トリクが行き来していたため、開け放しとなった部屋の奥は真っ暗で何も見えない状態だった。廊下から差し込む光で見受けられるのは、階段のようなものが、下まで続いていることぐらいである。

 ルークの声にトリクが羽根を止めた。落下しないのが不思議だが、どうやら羽根は前進するためにあるものらしい。


『こっから下だ、下。地下に書庫があんだよ』


 そう言うと灯りもなしにトリクは暗闇の中に潜り込んでいく。すると数秒も経たないうちに階段が赤い炎に照らされた。正確にはそれは炎ではなく、トリク自身の体が光を放っていた。


「あ……!」


 赤い髪が一層真紅に輝き、その容貌はまるで火のように辺りを明るく照らす。


『修道士のランタンって知ってっか?俺様はその種族だからよ』


 手招きするトリクに安心してルークは階段に足をかけた。空気の流れが全くない地下へと続く螺旋状の階段はまるで何処かの城のようにも思える。

 足下を照らしながらゆっくりと階段を下っていくトリクに尋ねてみた。


「それって森とかで人を迷わせる火魂のことだよね?あれって妖精がやってることなの?」

『まーな。俺様はそんなガキ臭ぇことしねーけど」


 と手を振ってみせるトリク。ルークは動くたびに揺れる光を見つめながら、ふと足を止めた。眼下に広がる広い空間。地下なので窓はないが、これほど大きな書庫を見たのは、隣町の図書館以来かもしれない。


「うわぁ……。凄い広い書庫……」

『マトモな本そろってりゃ、まだ良いんだけどな〜……』


 螺旋の終わりまで辿り着いたトリクは、本棚と本棚の間を照らすように浮遊し始めた。光を追って1つ1つの本棚を眺めるルークは背表紙を眺めつつ、また感嘆の声を漏らす。


「『世界の占術』、『3大魔術』、『商業の歴史』……色々な本があるんだね」

『婆の趣味のもんをピンからキリまでな。ここなんか見てみろよ、「王都殺人事件下町旅情⑬〜東の大海に沈んだ殺意と女の情熱〜」……何のこっちゃ』


 ジャンル別に分けられた本棚の間を縫うように歩き回りながら、トリクは1つの本棚の前で羽根を止めた。頭に載せていた本を手に取り、本棚の一番端へと浮遊していく。灯りの移動と共に後をついていくルークもまた、その本棚の奥へと歩いていく。


『これは、ここか…よし、片付け終了』


 間の空いた場所に埋め込むように本を押し入れ、腕をまわしつつ振り返る。


『さ〜て、さっさと部屋行って、夕飯を……』


 トリクが振り返ると、ルークは一定箇所に留まっている光を使って、一冊の本に目を通していた。真剣に文字の羅列を眺めているルークに、トリクは本を覗き込む。光が一層強まって、文字がはっきりと光に照らし出された。


『……なんだ、妖精の国の地図か』

「そういえばレオナさんも言ってたけど、妖精の国って……?」


 肩に乗っていたトリクに尋ねると、トリクはこちらを見上げて指を差した。人に自分の知識を披露するのが楽しいのか、自慢気に胸を張って答える。


『この世界にあるのは、人間の国だけじゃない。妖精の国もあれば、巨人の国だってある。……と、まぁ、それはいいとして』


 言葉を切ったトリクはご満悦のように空中を飛び回る。天井近くから照らされたせいか、書庫全体に修道士のランタンの灯りが行き渡った。


『妖精の国ってのは、俺達妖精の故郷みたいなもんだな。人間が集落をつくるのと同じ。……ただ、人間の世界にそれは存在しない。異空間とかいうやつだ』

「じゃあ、妖精にとっては人間の国が異空間になるんだね」

『ピンポン、その通り。けど人間と妖精とで全く違うのは、妖精は人間が見えるってことだな』


 本棚の上からこちらを照らすトリク。ルークはその光で手元の文字を見つめた。地図のような絵の傍らに、補足のようなものが書き込まれている。


『ま、食べるモン食べて、寝るときは寝て……人間も妖精も同じことして暮らしてるけどな』

「へぇ……あ、じゃあトリク。ここに書かれてるこれは……お城?」


 天井からの灯りに照らし出された1つの印。誰かが手書きで書き加えたかのようにそこには赤い走り書きがしてある。文字の形をしているが、崩されたように走り書きされていて、ルークにはとても読めない。


『あー、中央のやつだろ?そりゃ、王の城だ。もっとも、妖精の国にはご大層な貴族の屋敷もあるんだけどな。あれは半分城だ、城。馬鹿デカいしなー』

「城……って、これくらい?」


 と本棚を指差すルークに、トリクが天井から落下した。床ギリギリの所で衝突を回避すると、浮かび上がってまたルークの目の前に浮上してくる。急に目の前に来た灯りに、ルークは眩しそうに目を細めた。


『馬鹿言うな、俺様サイズじゃねぇっての!妖精は小妖精だけじゃないんだぞ』


 本棚に書物を戻したルークに、トリクは階段へと後戻りしながら怒ったように光を強めた。あまりの眩しさにルークは一定距離を置いてその後をついていく。


『人間くらいの大きさの奴らだっているんだ、俺様は小妖精だからこれくらいの身長だけどな。これでも小妖精ん中じゃ足も長くて、長身で、スマートでハンサムで……』

「人間くらいの大きさ?」


 階段に足を掛けつつそう問いかけるルークに、紅の光は振り返って溜息を吐いた。


『お前今、美青年の主張を流したな……』

「へ?」


 トリクは呆れ返ったような表情を向けて、光の強さを適当に変える。足下が照らされるようになったルークはトリクの隣を歩きながら、螺旋の階段を登った。


『ま、そうゆう奴らはあんまり人間の国には来ないんだけどな』

「そうなの?」


 問いかけるルークに、トリクは大袈裟に溜息をついてみせる。


『お前な……。妖精がそこら辺にぽこぽこぽこぽこぽこぽこいたらセカンド・サイトの奴には 見えるだろ?見たことあるか?』


 トリクの呆れた表情を目の前にして、ルークは首を横に振った。


「ううん。僕、妖精見たのトリク達が初めてだから」

『だろ?ま、お前、妖精の中で一番の美青年の俺様を最初に見たのは幸運だな。なんてったって俺様は足が長くて、長身で、スマートで、モテモテで……』

「あ、出口!」


 廊下の灯りの元へと駆け出すルーク。自慢気に美青年の主張を繰り返していたトリクは、また途中で会話を流され、不満を爆発させて叫んだ。


『……だからルーク!俺様の主張を流すなーっ!!』


 あとでレオナから煩いとお叱りをくらったのは言うまでもない。





 客人用の部屋は1階の乱雑な状況とは異なり、最低限の家具に囲まれた質素な部屋だった。蜘蛛の巣が張っていることくらいは覚悟していたルークだったが、どうやらメニカが夕食後に片付けをしておいてくれたらしい。ベットとテーブル、そして棚。相変わらず、理解不能な書物が並んでいたけれど、それはルークの好奇心をかき立てた。

 ベットの横に位置する窓にはカーテンがされていて、捲ると光1つない暗闇があたりを覆っていた。見上げた空で朧気な月が雲に隠れようとしている。


『そんじゃ、俺様はさっさと夕飯食いに行くからな』

「あ、うん。ありがとう」


 トリクは小さな手でドアノブを引っ張り、扉を閉める。その様子を見守って、ルークはまた部屋の隅々を見渡した。そして先程から目に付いていた本棚の、一冊の書物を手にする。


「なんだろ……読めない」


 本棚は本の大きさにあわせて5つの段があった。その中で、丁度ルークの目の前に位置する棚に、1つだけ他と違う本が並べられている。

 魔術、占術、歴史、地理……と資料のような書物の中、一冊だけ他とは異なる題名が目をひいた。その文字の崩し方はどこか先程書庫で見た妖精の国の地図に書かれていた文字と似ている。


「……妖精の国の本なのかな……?」


 ルークは複雑な模様の描かれた表紙を開き、一枚、また一枚と捲っていく。読める文字が出てくることなど期待していなかったが、その中に書かれている内容がとても気になって仕方がなかった。

 理解不可能な文字の羅列はその並び方から何かの文章と、その説明のようなものだろうということまでは分かったが、それが何について書いてある本なのかは理解出来なかった。


「……て……め、ご……。ゆ、ゆれ?……やっぱり読めないや」


 ルークは首を傾げながらそれを本棚に押し込むと、灯りを消し、ベットに潜り込んだ。寝転がりながらカーテンに手を伸ばすと、雲間から半分だけ顔を出した月の白い光が部屋の中に差し込んでくる。


「……おやすみなさい」


 そう言うとルークは毛布を肩まで引っ張り、目を閉じる。山脈を歩いてきた疲れか、睡魔が襲ってくるのは早かった。眠気に思考が沈む間際、ルークの頭の中にあの理解不能な文字が浮かぶ。

 けれどそれに何の答えを見いだすこともなく、ルークは眠りに堕ちた。街の喧噪から遠ざかった辺境は虫の音と風に揺れる木々の葉擦れの音しか聞こえず、彼の眠りはゆっくりと深まっていった。





天の目の如く光揺れ

幾許清き風は吹く

千の護りと証をもって

汝 扉の鍵とせん



氷雨の降りし国なれば

亡者行き交う、刻苦の地



紅ひ薫る、誘いの地

心その場に 許すべからず



真の未知を望みしものは

答えよ、扉を開くため



鍵を唄うは 眠りの精

子よ、この言が鍵なれば


忘るることなく 汝の中に



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