性悪スキル【嫌がらせ】で婚約破棄された聖女様。実はコミュニケーション最強スキルだったので、逆境に負けず頑張ります!
初の異世界恋愛作品です。
本当は長編予定だったのですが、あまりに難産だったため、一旦短編に編集してみました。
よろしくお願いします。
「レイヴン・ヴァンキッシュ様の授かったスキルは――【嫌がらせ】です!」
荘厳な神殿に響く神官の言葉。
その内容に令嬢レイヴンの思考が一瞬停止する。
(い……嫌がらせ? なんですのその陰湿な印象のスキル名は?)
困惑するレイヴンは、冷静を装いながら神官に尋ねる。
「そ、そのスキルは、いったいどのようなものなのですか?」
「わ、分かりません。これまでに聞いたこともないスキルなので……」
スキル名を告げた神官にとっても【嫌がらせ】というスキルには覚えがないらしい。
その状況に、ザワザワと周囲からざわめきが聞こえ始めた。
「い、嫌がらせ? 何なんだその不穏なスキルは……?」
「スキルというのは精霊の祝福のはず……なのに何でそんな……?」
「これじゃ聖女じゃなく悪女じゃないか……」
「レイヴン様……どうして……?」
観衆から聞こえてくるネガティブな声に、レイヴンは心臓がキュッと縮んだような錯覚を覚えた。
(どうしてですって? そんなのわたくしが教えて欲しいですわ!)
黒髪は精霊の祝福を受けた証であり、16歳の誕生日になると特別なスキルを与えられる――。
そんな言い伝えのある黒髪を持つ彼女は、生まれてすぐに教会から聖女候補と認定された。
(それ以来わたくしは完璧な貴族令嬢になることを心がけてきましたわ。だと言うのに――)
聖女として慣例に習い王太子と婚約、『将来は王妃となり、この国を守るのがお前の定めだ』と言い聞かされ育てられてきた彼女。
生来の努力家だった彼女はその言いつけを守り、教養や礼儀作法、魔術の勉強など、聖女にふさわしい人間になれるよう、これまでの16年間必死に努力を積み重ねてきたのだが……。
(――なのにその努力の先にあったのが【嫌がらせ】? まるで悪役令嬢のようなスキルじゃありませんの? こんなの不本意にもほどがありますわ!)
理不尽な状況に内心でクレームを叫ぶレイヴン。
その瞬間――ガンッと後頭部を殴られたような痛みが走った。
身に覚えのない記憶が一気に押し寄せ、情報の波に脳が揺らされ、視界が歪み、意識が遠くなってゆく。
そして――世界が暗転し、レイヴンの意識は追憶の渦に飲み込まれていった。
――――――
――――
――
夢を見ていた。
小さな私に向かって母が言った。
「人の嫌がる事を進んでやりましょう」
人の嫌がる事?
意地悪するの?
そう聞くと母は笑って「そうじゃない」と言う。
どうやら「人に意地悪しよう」という意味ではなく「人がやりたがらない事を代わりにやってあげよう」という意味らしい。
「そうやって人のために頑張ってると、自分も幸せになれるんだよ」
そう言う母は、いつも幸せそうに笑っている人だった。
* * *
「ねぇ聞いた? レイヴン様の噂」
「授与されたスキルが【嫌がらせ】なんですって」
「じゃあ呼び名は『嫌がらせの聖女』? なんて不名誉な」
「もうそれ聖女じゃないよね?」
登校路を進むレイヴンの耳に、周りの噂話が聞こえてくる。
(批判は予想しておりましたけれど、やっぱりいい気分はしませんわね)
ふてくされながら校舎に向かうレイブン。
と、そこへ――。
「アッハッハ! 聞いたぞレイヴン!」
高笑いしながら現れた青年。
イケメンだが軽薄な薄笑いが彼の印象を下げている。
エバークラウン王家を象徴する金髪が目立つその人物こそ、王太子にしてレイヴンの婚約者であるクリフォード第一王子だ。
「いつもお高く留まっていたお前が、まさか『嫌がらせの聖女』なんて恥ずかしい称号で呼ばれるようになるとはな! 聖女候補だからといい気になっていたせいだぞ!」
突然やって来てレイヴンを一方的に罵り始めたクリフォード。
確かに『嫌がらせの聖女』と呼ばれ始めてはいるが、それ以外の批判内容はレイヴンの身に覚えのない事ばかり。
王太子の婚約者として必要なマナーや知識を必死に学び、生来の真面目さから優秀な結果を出してきたレイヴン。
クリフォード王子にはそんな彼女が、生意気でお高く留まっていると見えていたらしい。
「……おはようございます、クリフォード様」
レイヴンは暴言をスルーし、頭を下げて挨拶を返した。
クリフォードからの嫌味などいつもの事なのだろう。
気にせず落ち着いた様子の彼女に、眉間にしわを寄せ苛立ちを見せるクリフォード。
「フン、相変わらず可愛げのない態度だなレイヴン! だがそれも今日までだ! 【嫌がらせ】などというハズレスキルを授与された貴様に、王太子妃の立場はふさわしくない!」
そう言うとクリフォードは大きく両手を振り上げ、周囲のやじ馬たちに向かって仰々しく語りだす。
「聞け皆の者! ここに歴代最も恥ずべき聖女が誕生した! 『嫌がらせの聖女』などと、なんと不名誉な称号である事か! 私はこのような者を我が王族の末席に加えるなどあってはならないと考える! よって――!」
芝居がかった仕草でクリフォードは周囲に表明する。
「この我――クリフォード・エンバークラウン王太子と聖女レイヴン・ヴァンキッシュの婚約破棄をここに宣言する!」
――おおっ!
王太子の唐突な発表にざわつく人々。
何事かと人も集まり、群衆はさらに増えていく。
婚約者から向けられる悪意を受けながら、レイヴンは考えを巡らせる。
(想像通りのゲスい行動ですわね。でも流石に婚約破棄を言い出すとは思いませんでした。勝手に聖女との縁を切って大丈夫なのでしょうか? 切られた側の人間ながら心配になりますわね……)
いくらハズレスキルを授かったとはいえ聖女は聖女。
勝手に婚約破棄なんかして怒られないのかしらと、レイヴンは被害者ながら心配になってしまう。
そう思案し黙り込んでいるレイヴンに対して、クリフォードは勝ち誇ったような笑みを見せる。
「どうだレイヴン? 己の至らなさを思い知ったか? まぁ頭を地面にこすりつけて謝るなら、今ならまだ婚約破棄を取り下げてやるが……どうする?」
明らかにマウントを取りに来ているクリフォードの発言に、レイヴンは「なるほど」と得心がいった様子。
(つまりこの婚約者様は、そもそも婚約破棄なんて考えてないのですわね)
だたただ気に食わないレイヴンを謝らせたかっただけ。
彼女に『嫌がらせの聖女』なんてろくでもない称号がついちゃった今が、彼にとってマウントチャンスだと思ったのだろう。
(ホントに嫌な奴ですわ、このポンコツ王子。でしたら……)
レイヴンはこっそりとスキル【嫌がらせ】を起動させる。
――――――――――――――――――――
クリフォード・エンバークラウンに【嫌がらせ】を使用しますか?
はい いいえ
――――――――――――――――――――
現れたスキルウィンドウの『はい』を迷わず押す。
――――――――――――――――――――
クリフォード・エンバークラウンに最も効果的な嫌がらせを提案します。
彼は今までの経験から、責めれば貴女が謝って来るだろうと確信しています。
なので婚約破棄を笑顔で受け入れましょう!
心の底から婚約破棄を喜んでいると伝えましょう!
何を言われても折れずに自分の気持ちを押し通すことが大事です。
――――――――――――――――――――
(スキル名の通り、本当に嫌がらせの方法が分かるだけのスキルですのね。それにしても……はぁ……)
スキルから提案された嫌がらせ方法が、予想通り過ぎてため息が出るレイヴン。
(まぁ、それはそうですわよね。クリフォード様はそういう人間ですもの)
彼女から見たクリフォードという男は、一言で言えば楽天家だ。
王族として甘やかされて育ったからか、根拠のない自信にあふれ、世の中全て自分の思い通りに進むと思っている我儘な子供のような人間。
婚約者とはいえ立場の弱いレイヴンからすれば、迷惑この上ない人物だ。
(かれこれ10年の付き合いになりますし、クリフォード様の事は大抵解っているつもりですけれど……)
レイヴンが婚約者だと彼を紹介されたのが6歳の時。
それからの10年は、レイヴンにとっては苦難の日々だった。
自分では何も努力をせず、精進して成果を出している彼女を妬み、理不尽な怒りをぶつけてくる婚約者。
彼から一方的に責められては、弱い立場で謝罪するしかない日常。
今回もクリフォードは、きっと深く考えてはいないのだろう。
レイヴンを好き放題に罵っておけば、いつものように折れて謝って来ると思ってるのだろう。
(……でもまぁその考えは間違ってないかしら。昨日までのわたくしでしたら)
生まれた時からこの世界の常識で育ち、身分や性別などのしがらみの中で生きてきたレイヴンであれば――。
この国で最も偉い王族から言われたら、地位の低い自分が折れるしかない。
夫となる相手に言われたら、妻である自分は従うしかない。
それがこの世界の常識だと諦めていただろう。
(ですが――今の私にあるのはレイヴンとしての人生だけではありません。前世の記憶を思い出し、日本人としての価値観も取り戻しておりますもの)
ハズレスキルの【嫌がらせ】を授与されたあの日、レイヴンは前世の記憶を思い出していた。
日本という極めて民主的な国で生まれ――。
ポリコレやコンプラといった価値観が全盛の時代に育ち――。
社会から過剰なほどの平等主義を教えられ――。
数々のインフルエンサーから「自分らしく生きよう!」と教わって――。
そんな様々な価値観に影響されて生きてきた、Z世代の日本人という前世を持つ彼女。
この世界の常識だから我慢しろだなんて、今の彼女には通用しない。
(これ以上理不尽なルールには従いません。相手が王子だからって引き下がってられないですわ!)
レイヴンはそう決意すると、強い意志で相手を見据える。
彼女の変化に少し気圧されつつも、それでも横柄な態度は崩さないクリフォード。
「お、おい、聞いているのかレイヴン⁉ 私は謝れと言っているんだ! 婚約破棄を取りやめて欲しいだろう? だったら頭を下げて許しを請え!」
王子が聖女に謝罪を迫る展開に、この先彼女がどうなるのか、周囲に集まった人間たちも好奇の目で見守っている。
「さぁ謝罪しろ、レイヴン!」
高圧的なスタンスは崩さないクリフォードに、レイヴンはとびきりの笑顔を見せた。
「――お断りですわ!」
その瞬間――空気が止まったような気がした。
予想外の返答に見物人たちは息を呑み、クリフォードは言葉に詰まる。
「なっ、なんだと⁉」
信じられないものを見たように目を見開き、あからさまな動揺を見せるクリフォード。
「レ、レイヴン、お前何を――⁉ わ、私が許してやると言っているんだぞ⁉ 早く頭を下げないか! 本当に婚約破棄になってもいいのか⁉」
「ええ、もちろん。清々しますわ」
「なぁっ――⁉」
これまでとは違うレイヴンの態度に、周囲にも不穏な空気が流れ出す。
「婚約破棄、謹んでお受けいたします。王太子の立場で、これだけの群衆の前で婚約破棄を宣言したんですもの。今さら取り消せるとは思わないで下さいね」
「お、おま――!」
「今日も放課後に登城予定ですので、陛下にはわたくしの方から報告させていただきますわ」
「ちょっまっ――!」
「それではごきげんよう、クリフォード様」
軽くカテーシーをして見せると、そのまま踵を返すレイヴン。
(それにしてもこの【嫌がらせ】というスキル、意外と使えるかもしれませんね。相手が嫌がる事が分かるって、言い換えれば『人物鑑定』のような効果とも言えますもの)
そんな事を考えながら彼女が立ち去ろうとすると――。
「き、貴様は本当にそれでいいのか――⁉」
――クリフォードが必死の形相で呼び止めた。
「レイヴン、お前はこれまで王太子妃になるべく、妃教育に邁進してきたはずだ! 婚約破棄になるという事は、その努力がすべて無駄になるという事! よく考えろレイヴン、お前は本当にそれでいいのか⁉」
「…………」
クリフォードの主張に、思わず足を止めるレイヴン。
(なるほど、的確に私の嫌がるところをついてきますわね。流石は10年の付き合い、私がポンコツ王子を理解してるくらいには、相手も私の事を知ってるという事でしょうか)
そもそもレイヴンとはどういう人間なのか――。
異世界に転生してからの16年間、彼女は聖女候補として生きてきた。
常に聖女らしく、正しく、清らかであれと言われ続けてきた。
そういった制約だらけの環境で育つと、人は失敗を恐れるようになる。
正当付けされた事を忠実にこなそうとする、責任感の強い人間に成長する。
そんな彼女を一言で現すと――完璧主義の努力家といったところだろう。
彼女のその性質は、妃教育が始まってからは特に顕著に現れ、教えられたことを完璧にこなす、それだけを指針に生きているようだった。
今の彼女から王太子の婚約者という立場を奪うのは、これまでの人生の努力と成果をすべて否定するに等しい。
(だからこそクリフォード王子は婚約破棄なんて言い出したんでしょうね)
婚約破棄をすれば、レイヴンがやってきた今までの努力を全て無駄にできる。
彼女が生きてきた環境を取り上げ、今まで経験したことのない状況に追い込むことができる。
完璧主義者が一番嫌うのは、そんな『指針の無いシチュエーション』だ。
(それにわたくしが耐えられないと思って婚約破棄なんて提案を……。ほんっとに性格悪いですわ、このポンコツ王子)
こちらを睨みつけてくるクリフォードに目をやる。
彼女がクリフォードの性悪さに辟易していると、彼はさらに突っかかって来た。
「お、おいレイヴン、何とか言ったらどうなんだ!」
「では僭越ながら……」
コホンと小さく咳ばらいをし、レイヴンはポンコツ王子に向き直る。
「クリフォード様は、何か勘違いをされているのではありませんか?」
「か、勘違いだと?」
「確かにこれまで努力してきた16年が、全て無駄になってしまう事には忸怩たる思いを感じますわ。ですが……高く積みあがったものを突き崩すのは、それはそれでまた快感なのですわよ?」
「は? 何だ、何を言っている?」
「ですからクリフォード様、つまりはですね――」
一般的に完璧主義者とは、こだわりが強くルールにうるさいイメージと共に『道徳的で責任感の強い人間』という一面も兼ね備えていることが多い。
そして――そんな真面目な性格だからこそ、逆に規則や秩序を破った時に、人一倍快感を感じる性質も持ち合わせているのだ。
例えば――普段は規律正しく生きていて、たまに羽目を外すのが一番のストレス解消法――そういう人が完璧主義者には多い。
そして時々、その羽目を外し過ぎてしまったりすると、いつもの行動からは考えられないほど、とんでもないことをやらかしてしまう事もある。
そんなときによく言われがちなのが「まさかあの人が……」という定型文。
今のレイヴンもまさにそんな気分だ。
だから――。
「つまり――婚約解消上等! クソ王子の思い通りになってたまるか! って事ですわ」
「なっ、なあっ――⁉」
「……ご理解いただけましたか? それでは失礼いたします」
言いたいことを言い切ったレイヴンは、再びクリフォードに背を向けて歩き始めた。
その背中にクリフォードは怒声を浴びせる。
「ふ、ふざけるなレイヴン! この俺様に捨てられて、一人でやっていけると思ってるのか⁉ 絶対後悔することになるぞ!」
「……ご心配なく、クリフォード様」
振り返ることなくレイヴンが言い捨てる。
「わたくし、これからは男に頼る古いヒロインじゃなく、今どきの強くて自立したヒロインを目指すつもりですので」
そして今度こそ、その場から立ち去るレイヴン。
未来へ向かって歩くその足取りは軽い。
(今まで人生を費やしてきた妃教育から降りることになってしまいましたが、嘆いていても仕方あえいませんわ。代わりに何か目標をきめないといけないですわね)
ふと、前世の記憶が頭をよぎる。
かつて日本という国で生きていた頃の、幸せそうな母親の笑顔――。
『人の嫌がる事を進んでやりましょう』
そうやって人のために生きていれば、幸せになれると母は言っていた。
(だったらわたくしも人のために生きてみようかしら? 前世の母のように、胸を張って幸せだと言える人生を送りたいもの)
そして自分の明日を想像する。
(今まで聖女として生きてきて、出来なかった事がいっぱいありますわ。今からでも遅くない、青春はこれからですもの)
期待に胸を膨らませ、レイヴンは前を向いて歩いていく。
ハズレスキルだからと卑下することなく、彼女はこれから何があっても自分を貫こうと決意するのであった。




