勇者さま、再走です
異世界。
武器と魔法のファンタジー。
魔物に魔王。
そして、勇者。
数多ある世界。ここもまた、そんなひとつ。
そこで1つの物語が終わりを迎えようとしていた。
「お、終わった…!」
燐光を放つ幅広の剣を手に、歓喜の声をあげる。全身泥まみれで擦り切れたボロボロの装備、ピカピカ真っさらなマント。
消滅しゆく魔王を見送って、大きく息を吐いた。
「っあー!長かった!ほんっまに長かった!」
地に倒れ伏す仲間たちが身を起こしながら訝し気に彼を見る。
同じく満身創痍の彼らもはじめて見る、喜色満面といった様子の勇者。普段の冷静沈着にして無口でクールな彼からは考えられない言動。
「な、なにを…」
「勇者さま…?」
「はあ~!最高の解放感ッ!今ならマジでなんでも出来るわ!あ、あの王さんぶっ飛ばしに行こかな。オレほんまアイツ上から過ぎて嫌いやねん!」
「…え」
「ほんませいせいするわ。これで爵位やるから死ぬまで働けとか言いよったらマジでブチコロ案件やで。知らんけど」
毛先の白い黒髪、切れ長の黒い目、長身。
この世界の統一王国に召喚されたこの世界の希望、誉れ高き勇者さま。…だったはずの。
「でえ?魔王ぶっ殺したし死人も離脱もない。これでしまいでええんやろ?」
不思議な言葉をつらつら並べ立てていた勇者が、ふっと空を見上げて問いかける。
いったい、誰に。
そんな疑問が生まれた時、ふわりと天から降り立つ白い光の塊。
「…」
神々しい光をまとった白絹のごとき少女。
にこりと微笑んで。
「残念ですが…」
「はあ?!またあかんのかい!ほんまええ加減にせえよ…」
「こちらも勇者さまのご希望をかなえる為ですので」
「あ゛~、クソが。これで「やっぱり叶えられませんでした」~なんてゆうたらどつくぞ」
「それはありません」
「はん。せやったらええわ。さっさと次行くで」
「はい」
まるで旧知の仲のように、ポンポンと会話を続ける2人。
いや、まるでも何も2人は間違いなく見知った仲なのだろう。
「では」
混乱と疲労で上手く状況を飲み込めないままに2人は進む。
「勇者さま、再走です」
少女が天に手をかざし、勇者が少女の傍に片膝をついて剣を掲げる。
少女が降臨したときよりもずっとまばゆい光が降り注いだ。
カザマはごく一般的な大学生である。
関西に生まれ育ち、家族はやさしい両親と病弱な妹。思春期でも過剰にグレることなく、順風満帆。
それが崩れたのは、とある秋の日だった。
「…え。うそやろ」
両親から告げられた、妹の余命宣告。
もともと気管支が弱く伏せがちだったけれど、それでも普通に学校に通って友達もいる可愛い可愛い妹。
こじらせた風邪のために近隣のかかりつけではなく少し大きな国立病院に行き、そこで発覚した世界でも報告の少ない難病。
「で、でも!そんなんもっと大きな病院の先生に診てもらうとか!あ、あれやん!セカンドオピニオンとかゆう…」
「それでも、無理なの」
「なんで…」
「発症が、幼いせいで、もう、全身に…!」
「は…」
泣き崩れる母、悔し気に拳を握りしめ震える父。
カザマの世界がガラガラと崩れ落ちていく音が聞こえた。
それからカザマは大学の傍ら、入院する妹の見舞いを欠かさず続けた。本当は大学も辞めてしまいたかったけれど、両親や病床の妹が辞めないでといったから。
友人には軽く事情の説明をして、空いた時間はすべて妹のために使った。髪を染めに行く時間も惜しかった。せめて残された時間を、妹にとって最高のものにしたかった。
そんなある日、講義を終えてさっさと帰ろうとリュックを背負った時。1人の少女が話しかけてきた。
全身真っ白で小柄。
見覚えがないどころか大学生とも思えない無機質な美貌に眉をしかめたカザマに、少女は言った。
「妹さまを助けたくはありませんか」
疑問符すらない、平坦な声。
不快感に思わず声を荒げようとして、はっと我に返った。
いくら相手の態度が心の柔い部分に無遠慮に踏み込むような無粋さがあったとしても少女相手につっかかるような言動が、妹に対して誇れる兄の姿とは言えないから。
ではない。
成人したとはいえまだまだ学生気分の大学生たちの中にいて、こんなに目立つ少女に誰も意識を向けていないことに気が付いたからだった。
「…お前、なに?」
「使いです」
「オレに何をさせたいん」
「勇者です」
「勇者ァ?くだんな」
変わらず平坦で、動揺もない。
意味の分からない話だけれど、少女の嘘やからかいとは思えなかった。
「それがどう妹を助けることになんねん」
「世界は完璧なストーリーを求めています。それを提供できたなら、どんな奇跡も叶えます」
「…ふうん」
事実っぽいな、とカザマは思った。
心底意味不明だし、要は本物の人間を人形にした面白い物語を見たいという悪趣味極まりない話なのだと分かった。
けれど。
「ええで。乗ったわ」
だからこそ信ぴょう性があると思った。
にこりともせず、少女は頷いた。
「それでは」
「ああ、ちょい待ち。なあ、それってこっちの時間とかどないなるん。勇者やって戻ってきたら100年経ってました~、とか浦島太郎みたいなん困んで」
「希望の時間に戻します」
「ほなええわ」
「それでは」
「おん」
少女が手を広げる。
内側から発光するように光があふれて。
次の瞬間には2人はその場から消えていた。気づく者は誰もいない。気にする者も誰もいない。
そうしてカザマは使い古された陳腐なストーリーをなぞるように「勇者さま」をこなした。
はじめての魔王討伐は右も左も分からず敗走したり仲間が途中離脱したりと散々で、やっとの思いで魔王を倒すも泥まみれ血まみれ。
それでも「勇者さま」の条件は達成しただろうと息を吐いた時、空から少女が現れた。
「勇者さま」
「言われた通りやったやろ。ほなこっちの願いも叶えてもらおか」
「今回の勇者さまの働きですと…出会った当初の時間軸、妹さまは半身不随になりますが一命は取り留めます。それでよろしいですか」
「はあ!?ええわけあるか!」
命が助かったとしても、そんな代償を幼い妹に抱えさせるなんてありえない。カザマは吠えた。
「では、やり直しますか?」
少女は無機質なままに言う。
「…やり直して、もっとええ結果になれば妹を完治させられるんやな」
「勇者さまの働き次第ですが」
「やり直しても罰はないねんな」
「はい」
「…ほな、次や」
次こそ必ず。
「それでは。勇者さま、再走です」
その言葉と共にまた光に目がくらんだ。
何度繰り返しただろう。
勇者さまの物語は、統一王国の大広間から始まる。
「おお勇者よ…」
ブクブク超えて醜い、過剰なまでにきらびやかに着飾った偉そうなおっさんこと王さまに上から目線で命令されて着の身着のまま旅が始まる。
「ふうん。アンタが勇者さま、ねえ?」
「お嬢さま。こちらへ」
用意されたのは支度金でも勇者の剣でもなく。
気位ばかり高い、貴族のご令嬢の魔法使いとその召使い。
「坊主はまだまだひょろっちいなあ」
うさん臭くてなれなれしい槍使い。
性格こそ合わないがガタイの良さや立ち回りはそこから学んだ。
「あ、あの…」
「僕の婚約者に手を出すなよッ!」
旅先の神殿で無理矢理仲間に入れさせられた、おどおどびくびくした治癒士の少女とその護衛。
はじめは妹を思い出して気になったけれどウジウジと動きも悪くネガティブでうっとおしいのですぐそんな気もなくなった。あと自称婚約者の護衛がウザい。
「…ふひひ」
そしていつの間にか入り込んでいた無口な盾使い。
いつも行く先々で出くわして、なんやかんや共に行動した。たまにニヤついてるのがキモイ。
こんな意味の分からないメンバーを抱えて、何度も何度も何度も何度も何度も何度も。
世界とやらが満足する物語を、何度走っただろう。
ついにはすべてのイベントも戦闘も完全に把握して、最速かつ最効率でこなせるようになった。魔王は強いけれど、それでも致命傷どころか中傷さえ負わないで倒せるまでに。
「これでどうや?」
「妹さまはほぼ五体満足。少し病弱で髪の毛が白くなる程度です」
「あかん。次や」
「今回は」
「早く進めすぎたせいで王国に魔物が侵入してしまいました。妹さまは寝たきりです」
「次」
「魔物は根絶やし。魔王は倒した」
「治癒士の心が折れました。妹さまは声を失います」
「論外」
何度も何度も何度も何度も何度も何度も。
お嬢さまの政略結婚を阻止し、召使いの解雇を踏みとどまらせ、槍使いが女に引っ掛かって刺されるのを庇い、貧弱治癒士のメンタルを保護し、思い込みの激しい護衛を上手く操縦する。
カザマの気分はもう勇者というよりも、もはや何らかのカウンセラーだ。
けれどそれも全て可愛い妹の、大切な両親の、そして自分のため。
何回目か数えてすらいない再走のはて。
ようやっと、全員が心身ともに最高潮で万全。魔王も危うげなく倒して、文字通り完璧なハッピーエンドを迎えた、はずだった。
「や、やったわ…」
「立派です。お嬢さま…!」
「すごい、わ、わたしたち…」
「魔王を…」
「倒した~!!」
はしゃぐ仲間たち。
剣を天に向け、雄々しく立つ勇者。
「勇者さま」
降り立つ無垢なる少女。
「おん。これで文句あらへんやろ」
やっと終われると、解放感と達成感に思わず笑みがこぼれる勇者カザマ。
彼の顔が引きつるのは、そのすぐあと。
「報酬としてご両親の事故死を永久回避させるので、もう一度見たい、と」
「っはあああぁああああ!?!?」
「それでは」
「なんっやねん、ソレ!まだ隠しとったんか!クソが!!これが最後やぞ!ええな!?」
「はい」
「勇者さま、再走です」
作中の関西弁について:作者は生粋の関西人ですが、神戸・大阪・京都が入り混じっています。そういうことです。




