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深山つつじの思い出(祖母の一周忌に寄せて)

掲載日:2026/04/29

今、我が家の周りは”深山つつじ”がきれいに咲いています。一部実話を交えながら、短編小説を書いてみたので。ぞひご一読ください。

新緑の道を、祖母の一周忌のために実家へ向かっていた。

国道から少し山道に入ると近道になる。軽自動車の我が家の車なら、細い道でも問題なく走れる。


山道に入り、満開の深山つつじが目に入った瞬間、祖母と最後に会った日のことが、昨日のことのように蘇った。


祖母は昨年の四月、九十九歳で他界した。年明けに急に腹部の痛みを訴え、そのまま入院した。胆嚢の近くに癌ができ、胆液を送る管を圧迫していたらしい。手術で取り除くこともできたが、年齢を考えると耐えられないだろうと判断された。


そうして祖母は約三か月間、実家の近くの総合病院に入院し、私は毎週のように見舞いに通った。

ちょうど今頃の季節だっただろうか。

見舞いに向かう途中、この山道で深山つつじを見つけ、一枝折って病室に持っていった。祖母はたいそう喜び、深山つつじの思い出を語ってくれた。


私がまだ小学校に上がる前のこと。深山つつじが咲く季節、一家そろって“椎茸の駒打ち”のため、お弁当を持って原木を伏せ込む山へ行ったという。

大人が目を離したすきに、私は兄たちと川の方へ下りてしまい、呼んでも返事がないので親たちは慌てて探し回った。すると川の方から、深山つつじの枝を得意げに掲げた私を先頭に、兄弟三人が上ってきたのだそうだ。


そんな記憶はすっかり忘れていたが、祖母は「まるであの時の深山つつじみたいだね」と懐かしそうに目を細めた。


「あと半年で百歳だよ。百歳まで頑張ろうよ」と私が言うと、

祖母は「私はもう十分長生きしたから、もういいよ」と笑った。

「何か食べたいものはない?来週持ってくるよ」と聞くと、「もう食べたいものもないよ」とまた笑い、静かに目を閉じた。

会話をするのも辛いほど弱っていたのかもしれない。


そんな祖母を見ながら、私は子供の頃の記憶を思い返していた。

生家は専業農家で、私が小学校から帰る頃、両親はまだ畑にいた。だからランドセルを背負ったまま、祖父母の住む“離れ”へ向かった。

「ただいま」と言うと、「来たか、お帰り」と、編み物や裁縫の手を止め、祖母はいつも笑顔で迎えてくれた。学校での出来事を聞いてくれたのも、いつも祖母だった。


そんなことを思い出しながら祖母を見ると、いつの間にか目を開けており、うつろなまなざしで天井を見つめ、ぽろぽろと涙を流していた。

「おばあちゃん、大丈夫?どこか痛いの?」と聞くと、まばたきもせず天井を見たまま、

「私は、生まれて来て嬉しかった」

とだけつぶやき、また涙を流した。


その姿を見て、私も涙があふれ、ただ祖母の手をそっと握りしめた。

数日後、祖母は急に息を引き取り、あの日が最期の対面となった。


あの涙は、一体何の涙だったのだろう。

時折思い出しては、自問してきた。


祖母はとても穏やかな人で、怒った姿を一度も見たことがなかった。

葬儀の時、兄からこんな話を聞いた。


兄がまだ小学生になる前、近所の友達とおやつを食べていた時のこと。兄は飴玉を落としてしまい、ふざけて祖母にその飴玉を差し出した。祖母は嬉しそうに口に入れて舐め始めた。それを見た兄の友達が「あっ、このおばあさん、地面に落ちた飴玉を食べた!」と囃し立てると、祖母は怒るどころか「おばあは、良助(兄の名前)がくれたものなら、なんだって嬉しいよ」と笑ったという。


いかにも祖母らしい話だ。

この出来事を兄の友達は“心の傷”のように鮮明に覚えていて、校長先生になった今でも、毎年教員に向けて「相手に過ちを気づかせるのは“叱ること”や“怒りの反応”ではない」と、この話を語っているらしい。


葬儀では、あちこちからすすり泣く声が聞こえた。きっと“悲しみの涙”だろう。

もちろん私も涙を流したが、悲しみの涙ではなかった。

あれは“感動の涙”だったのではないか。


そして、あの日祖母が流した涙も、きっと同じ“感動の涙”だったのだと思う。

大正・昭和・平成と、戦争も激動の時代も生き抜いてきた祖母。辛いことも悲しいことも数え切れないほどあっただろう。それでもすべてを抱きしめるように、「生まれて来て嬉しかった」と言った。

それは喜びでも悲しみでもない、人生そのものを肯定する“感動の涙”だったに違いない。


そんなことを思い返しているうちに、田んぼの向こうに懐かしい生家が見えてきた。

さきほど山道で深山つつじを一枝、拝借してきた。

この枝を墓前に供え、思い出の中の祖母に語りかけてみたい。


そして私も祖母のように、“感動の涙”の中で、笑顔のまま息を引き取りたいと願いながら、残りの人生を送っているのだ。

最近、「嬉しい涙」「悲しい(痛みの)涙」のほかに「感動の涙」というものがあるような気がしています。私自身、嬉しくもなく・悲しくもないのに、感動したときに涙を流します。そんな「感動の涙」についても、文章にしてみたいと考えました。

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