1章 知らない君の顔
「おーい、立花、立花律」
バスを待っていると後ろから、昔から知ってる声が聞こえてきた。
「あぁ、カコか」
カコが横に、一緒に並ぶ。
「何、残念そうにしているの?」
俺の態度が気に入らないのか、頬を膨らませるカコ。その態度が面白くて、思わずクスッと笑ってしまった。
「悪い。悪い。カコは部活か?」
カコは何事もなかったように頷いた。
「そうだよ。もうすぐ引退だしね。作品を終わらせないといけないんだよ」
毎年引退前に、作品を必ず一つ仕上げる事になっていると、言っていた事を思い出した。
「美術部も大変だな」
ん?引退前?
「そうか、もうそんな時期か」
言われて辺りを見渡すと赤や黄色、鮮やかな葉が地面に落ち始めている。
「律は?」
「俺は友達と話してたらこんな時間になった」
カコが腕組みをして目を細める。
「また井伊君達?律のことだから、みんなに合わせてたら、帰るって言い出せなかった落ちでしょう?」
彼女が言っていることが、正解すぎて何も言い返せない。目線を外すと落ち葉が、俺の目の前にひらりと通り過ぎて、地面に羽のようにそっと落ちた。
「綺麗だね」
「そうだな」
少し冷たくなってきた風が、木々を揺らし紅葉した葉を優しく撫でる。
「あ、バスがきたよ」
いつもより少し遅いせいか、バスはあまり乗っていなかったので、好きな後ろの席が空いていた。カコも横に座る。
バスが進みだすと、共に落ち葉が風にのり過ぎ去っていく。
「ねぇ、律」
横に座っているカコの方を向いた。
「どうした?」
カコがバスの天井を向きながら話しかけてきた。
「高校卒業したらどうするの?」
あぁ、その事か。そろそろ大学に出願しないといけない時期だしな。そういえば良く話すのに、将来の話なんてカコとした事がなかったな。
「俺は近くの、適当に受かりそうな所に行こうと思っているよ」
「そうなんだ」
いつもより声が小さい気がしたので、カコの方を向いたがいつもと変わらない様子で、何を考えているのかわからない。
「そういうカコはどこ行くんだ?」
「…」
あれ?すぐ答えが返ってくると思ったんだけどな。
「カコ?」
「ゴメン。ゴメン。私も律と同じ感じかな」
そこでバスが一度止まる音がする。
「あ、買い物を頼まれてたんだった。ゴメン、私ここで降りるね」
いつも同じバス停で降りるが、カコは一つ前のバス停で慌てて降りていった。
「なんか歯切れが悪かったな」
風に吹かれた黄色い波がカコの後ろ姿を隠した。
次のバス停でいつものように降りると、冷たい風がビュっと吹いて、思わず首をすくめてしまった。
帰り道の公園で、小学生くらいの元気な声が聞こえてきた。
「カコと仲良くなったのもこんな時期だったな」。
小学四年生だった頃、夏の終わりに良く遊んでいた友人が急に引っ越していなくなった。
まだセミの音がうるさく友人もいなくなって、何もする気も起きず、ずっと家でゲームをしていた。
ゲームも飽きた頃、近所にカコが引っ越してきた。初めはあまり気にならず、カコも大人しい性格だったせいか、学校でもしばらく一人で本を読んでいた。
赤や黄色の葉が降り注いでいたあの日、カコは一人で公園で走り回っていた。あんなカコは学校で見たことがなかった。俺は興味を惹かれて話しかけてみたんだよな。
「ねぇ、何しているの?」
急に声かけられ彼女は、目を見開いて振り向いた。
「同じクラスの立花だけど」
彼女は不思議そうな顔で、こちらを見ていた。
「楽しそうだから何しているの?」
もう一度、俺は同じ質問をした。
黄色い落ち葉が俺達の間をひらりと落ちたのを、今でも覚えている。
落ち葉が通りすぎると彼女は力一杯の笑顔で笑っていた。
「落ち葉が多いと、いつもと違う世界にいるようじゃない?」
それまで、俺は落ち葉なんて邪魔なものだと思っていたから、変なやつだなと思ってしまった。
「ねぇ、君も一緒に走ろうよ」
カコは俺の腕をぐいっと引っ張った。
「何するんだよ」
「いいから。いいから」
カコに引っ張られて何歩か足が出ると、かさ、ガザ、かさ、と葉っぱのいろんな音が足から聞こえた。
「どう?」
カコは首を横に傾けた。今まで気にしてこなかったが確かに楽しかった。
「まぁ、悪くはないかな」
カコは満足げな顔をして、それから俺達は仲良くなった。
あれから九年か、これからもカコと一緒に笑えたらいいな。
でもさっきのカコの態度って、今まで見たことなかった。なんか逃げてるような感じだったな。
日が沈みかけている。時計を見るともう六時だった。
次の日、昨日のカコの態度が気になって、放課後にクラスに行こうとすると後ろから声を掛けられた。
「立花、今日は用事か?」
「井伊か、そんな所だ」
井伊は困った顔をする。
「昨日みたいに勉強みてくれよ」
「昨日は勉強とか行ってずっと話してたろ」
井伊は唇を尖らせた。
「そんな事言わなくてもいいじゃないか」
「はい。はい。明日また見てやるから今日は良いだろう」
井伊は親指を立てる。
「約束だからな」
バイバイと行ってみんなのもとに戻っていった。この調子だと今日も話して終わりだろう。
少し遅くなってしまったが、カコのクラスを覗いてみる。
「さすがに居ないか」
部室にいるかもと行って見ると、カコはまっすぐにキャンバスに向かって、何かを描いていた。
「邪魔したら悪いな」
あの顔、子供の頃と変わらないな。また今度でいいか。俺は気づかれないように後にした。
青春の一コマを描いてみました。
律とカコの関係性が変わるのか?変わらないのか?
最後まで見守っていただけると幸いです
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