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第3話 童貞、危機三発

(まずいまずいまずいまずい!!!!!)


 頭の中で警報が鳴り響いていた。


 俺はベッドの端に追い詰められ、目の前では桜がニヤニヤと笑っている。

 制服の上着は床に落ち、スカートも半分まで脱げている。


 苺柄のブラとパンツだけ――つまり、ほぼ裸。


「えへへ〜♡先輩ってさぁ……本っっっ当に可愛いよね♡」


 桜が柔らかい身体を押しつけ、俺の体の上に跨ってくる。

 肌が触れるたび、全身がビクンと跳ねる。


(ちょっ……待て……!)


 40年間、女性経験ゼロ。

 免疫ゼロ。

 抵抗力、風邪の赤ちゃんレベル。


 その俺に、こんな本編にはなかったR18イベントをいきなりぶつけてくるなんて――


 殺す気か!?!


「先輩♡顔真っ赤〜♡」


 桜が唇を近づけてくる。

 俺のすぐ目の前、ゼロ距離。


 いい匂い。

 柔らかそうな唇。

 鼻にかかる甘い吐息。


(ヤバい!!!!!全てがヤバすぎる!!!!!)


 すると、俺の息子が栞を裏切るかのように――


(おいッ!!立つなッッ!!!空気読め俺のバ下半身!!!!)


「……あ♡」


 桜の手が、ピタリと止まった。


「先輩……♡」


 妖艶な囁き声。


「やっぱり私のこと……ちゃーんと女として意識してくれてるんだ……♡」


(違う違う違う!!!身体の反射!!バグ!!バグみたいなもんだから!!)


(ま、まずい……!!俺の中の天使と悪魔のバトルが……悪魔優勢!!!)


 桜の吐息が、首元をくすぐる。


(でも、なんか……妙に心地いい……!?)


 40年間、女っ気ゼロの人生。

 この誘惑……耐性がない俺には甘い毒すぎる。


「さ、桜……!!」


 声が震える。

 それを合図だと思ったのか、桜の目がきらりと輝いた。


「はーい♡ やっと素直になってくれたんだね、先輩♡」


 桜は腕にしっかりとしがみついて、

 そのまま上目遣いで迫ってくる。


(キスくらいなら……栞には……バレないし……いやいやいやいや!!!)


 悪魔が囁く。

 天使が泣く。

 欲望が踊る。


 理性:瀕死


「先輩?目閉じてもいいよ♡」


「あ、あのな、桜ッ…俺は……!!」


 桜の顔が近づく――

 本当に、触れそうな距離。


(終わったぁぁぁぁぁぁ!!

 栞ぃぃぃぃ!!!許してくれえええ!!)


 ――そのとき。


「桜ちゃ〜ん?もう夜遅いし、帰ったほうがいいんじゃない〜?」


 母の声が階下から響き渡った。


 時間が止まる。


 桜の動きが、ピタリと止まった。


「………………」


 沈黙。

 からの――


「チッ」


 聞こえた。

 絶対いま舌打ちした。

 天使の顔して悪魔の舌打ちした。


(お母さん……!あなたが今だけは女神に見える!!)


 桜はゆっくりと俺から離れ――

 むすっとほっぺを膨らませた。


「先輩……今日はこれで帰ってあげる♡

 でも……」


 ぎゅっと俺の制服の胸元を掴む。


「次こそは……絶対逃がさないから♡」


 にっこり。

 ゾッとするほど綺麗な笑顔。


(やべぇ……タマ狙われてるのと同じ重みの言葉なんだが!?)


「じゃあ、また明日ね♡大好きだよ、先輩♡」


 桜はひらひらと手を振りながら階段を降りていく。


 ドアが閉まる音。


 ――静寂。


(………………助かったぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!)


 ベッドに倒れ込み、魂が口から抜けた。


 ◆ストレス -1

 ◆精神力 +5(瀕死からの回復)

 ◆危険度:継続(桜)


(耐えた……俺は耐えた……!!童貞だけど俺はやりおおしたのだ!!!)


 しかし――


(次はない)


 本能が告げている。

 もう一回襲われたら俺の理性は間違いなく爆発する。


「栞に会いたい……助けて……」


 夜ご飯を食べに階段を降りた途端、リビングの中央で母が仁王立ちしていた。

 照明の真下。影が床に長く伸びている。


「あらアンタ、桜ちゃん送っていかなかったの?」


「……うん」


 短い返事。

 その瞬間、母の顔がみるみる険しくなった。


「今からでも行きなさい!

 女の子を夜道に一人で帰すなんて危ないでしょうが!!」


(うるせえ!!こっちは俺のタマタマが狙われてんだよ!!!)


 だが俺は反論する気力もなく、

 とりあえず靴を履いて玄関を出た。


 扉が閉じ、家の明かりが背中から消える。


 夜の空気は冷たい。

 冬の終わり、春の始まり。

 その間にある、少し肌寒い温度。


(はぁ……なんで俺がこんなことに)


 街灯が点々と並び、アスファルトの道がまっすぐ暗闇へ続いているだけ。


 風が木の葉を揺らす音。

 遠くで犬の鳴き声。


(桜はもうとっくにどっか行ったろ……)


 行くアテもなく、

 俺はフラフラと夜道を彷徨う。


 この住宅街はゲームの中でもよく見かけた静かな場所だ。

 少し大きな公園がある。

 ブランコが風でわずかに揺れ、ギィ…と小さな音を立てる。


(時間でも潰すか……お母さんの目をごまかすために)


 空を見上げると、満月。

 月明かりが街全体を淡く照らしていた。


(明日こそ、栞に会えるよな……)


 そのとき――


「いてっ!!」


 前方で、ドサッと何かが倒れる音。

 反射的にそちらへ目を向ける。


 月明かりに照らされ――

 道に転んでいる少女の姿が浮かび上がった。


 水色のポニーテール。

 太ももまで泥がついている。

 見覚えのある制服。


(え……海野さん!?)


 顔を上げたその子は、驚いたようにこちらを見た。


「京一郎くん……?」


 そう、今日の授業で教科書を貸す事になり隣同士になったあの――爆乳おバカ娘

『海野 渚』


「だ、大丈夫か!?」


 思わず駆け寄ってしまった。

 それが――危険な罠だとも知らずに。


 差し出した手を、海野さんは嬉しそうに取る。


「えへへ……ありがと京一郎くん♡」


 そのままぐいっと立ち上がらせる。


 ――ボインッッ♡


(……ちょっ……近っ!!)


 視界いっぱいに、

 彼女の――爆乳。


 しかも汗だくなのか、

 シャツがほんのりと透けている。


 街灯がわずかに照らし、

 布の向こうの影が形を主張してくる。


(桜の次は悪意ゼロの誘惑かよ……!!

 このゲームは一体何考えてんだよこれ!!!)


 俺は必死に視線を上へ向ける。

 が、徐々に視線が下に向いてしまう。


「転んじゃってさぁ〜、いてて……たまたま京一郎くんがいて助かったよぉ♡」


「そ、そうか、よかったな……!」


 声が裏返る。

 足が震える。

 理性、ピンチ。


(くそ……桜は攻めてくるタイプだったが……

 海野さんは……素でエロい……!!!)


 汗に濡れたシャツをペタペタと叩き、泥を払いながらゆっくりと前屈みになる。

 汗で光る豊満な胸の谷間が、息がかかるほどの距離に広がり――理性が音を立てて崩れていく。


(まずい…これ以上海野さんといると栞一筋な筈の俺の心が彼女に揺れてしまう……!!!)


「と、とにかく俺帰るわ!それじゃ!」


 全力で背を向ける。

 逃げるような足取り。


 しかし――


「えぇ〜!?せっかく会えたのに……もう帰っちゃうのぉ……?」


「えっと……!」


 寂しげな声に思わず足が止まる。

 夜風が首元を冷やした。


 海野さんは月明かりに照らされて、少し悲しそうな顔をしていた。


「ねぇ……ちょっとだけでいいの。

 あそこのベンチで5分だけ……5分だけでいいから話したいの…だめぇ??」


 そう言って、

 上目遣い。


 破壊力 MAX。


(やめろぉぉぉぉぉぉ!!!その上目遣いは男をダメにするやつぅぅぅぅぅ!!!)


 膝が、ガクッ。


(腰が……砕ける……童貞の柔すぎるフィジカルじゃ支えきれねぇッッ!!!)


「わ、わかった!!!」


 気づけば返事していた。


 その瞬間――海野の顔がパァッと明るくなる。


「ほんと!?やったぁ〜♡」


 跳ねるように近づいてくる海野。

 少しツンとする汗の匂いと女の子特有の甘い香りが混じって鼻をくすぐる。


(ちょっ……近い近い近い……桜の次はこっちかよ!!栞ルート遠ざかりすぎ問題!!!)


 だが断れなかった。


 俺は――

 危険な領域へと足を踏み入れてしまった。


(まずい……ここはヤバい場所だ……

 夜の公園 × 女の子 × 二人きりは完全にイベント発生フラグ!!)


 心臓がバクバクとうるさい。

 呼吸が定まらない。

 喉が乾く。


 隣には……海野 渚。


 昼間とは全く違う表情で、

 微笑みながら俺を見つめていた。


「あのね……」


 ぽつりと呟く声。

 その声は静かで、

 夜の空気に溶けてしまいそうなほど柔らかかった。


「京一郎くんは一目惚れって信じる…?」


「――ええぇぇぇ!?!?」


 控えめに言って、世界が裏返った。


(も、もしかしていきなり告白イベント!?

 いやいやいや!!!俺は今、栞ルート目指してるんだって!!!

 よりによってこんなタイミングで!?)


 脳内がフリーズに近い暴走状態に陥る。


 しかし、海野は続ける。


「えへへ、今の何でもない。

 忘れていいよ♡」


(……ギリギリ回避した……!!)


 胸を撫でおろす。

 海野が言葉ひとつ踏み外せば

 ルートが爆発していたところだ。


 だが――


(なんでだろう……?胸が……少し、痛い)


 安心したはずなのに

 なぜか寂しさが残っていた。


「ごめんね京一郎くん!

 私、汗だくだから……におったよね!?」


「そ、そんなことないよ!」


 焦って否定する俺。

 海野は恥ずかしそうに頬を赤らめる。


「話してくれてありがとう。

 じゃあ……また明日学校でね!」


 そう言って、海野は夜の闇へ駆けていった。


「また、明日な…」


 俺は海野に別れの挨拶を済ますと、

 初めてまともに呼吸ができた気がした。


(危なかった……栞ルートが転生2日目にして早速終わるところだった…)


 心臓はまだバクバクしている。

 汗も引かない。

 童貞のHPは常に赤ゲージ。


 夜の空気が冷たくて、ようやく現実に戻ってくる。


(……今日はもう、何も起きないよな?)


 そう願いながら、俺は家路についた。


 家へ続く一本道は、月の光でぼんやり照らされている。

 足取りは軽いけど、心だけは少し重く感じるような――そんな不思議な感覚だった。


(とにかく寝よう。考えるのは明日だ……)


 玄関を静かに開け、靴を脱ぎ、

 部屋に入るなり布団に突っ伏す。


 今日だけで寿命は三年縮んだ。

 理性ゲージは残り0.5。


 目を閉じると同時に――


 俺の意識は闇に落ちた。


 翌朝。


(……最悪だぁぁぁぁぁぁ!!!!!)


 気づいた時にはもう遅かった。

 爆睡しすぎて目覚まし時計のアラーム音なんて聞こえなかった。


 俺は布団から飛び起き、秒速で制服に着替えると階段を転げるように降りた。


(朝飯はパス!洗顔も歯磨きもパス!容姿ステータスが下がるが仕方ねぇ…!!)


 ◆ストレス +23

 ◆精神力 -11

 ◆容姿 -48


(うん!仕方ねぇ!)


 玄関を飛び出し、全力ダッシュ。

 息も絶え絶えに学校にたどり着いたのは――始業チャイムの、0.3秒前だった。


(……間に合った……!俺、今日も朝から頑張った!!)


 その後の授業は眠気との死闘だったが、なんとか午前を生き延びた。


(ふぁ……昼飯……)


 机をトントン叩きながら、カバンの中を探る。


(弁当……どこだ?)


 ……ない。


(お、おい……ウソだろ……)


 朝のドタバタで……弁当を忘れた。


(しゃあねぇ……売店でパンでも……)


 ポケットに手を突っ込む。


(小銭……)


 ……ない。


(札……)


 ……ない。


(金……ゼロ……!?)


 軽く気絶した。


(なんでだよ……俺、今日朝から頑張ったのにツイてなさすぎだろ……!)


 昼前、腹の虫が抗議のシュプレヒコールを始めたその瞬間。


「きょーちゃん♡」


 背後からふわっと甘い声。


 振り向くと――

 昨日、バスケ部に勧誘してきたぶりっこヒロイン『翡翠 すい』がニコニコして立っていた。


「な、なんだよキョーちゃんって!!」


「えへへ♡昨日ね、他の子から聞いたの〜

 あなた、乾 京一郎っていうのね?

 だからキョーちゃん♡」


 唖然。

 俺の脳が一瞬バグった。


「えへへ♡ねぇねぇ、さっきからお腹が鳴ってるけど〜まさかお弁当、忘れてきちゃったのぉ?」


「ま、まぁな……」


「…だったら私が作ってきたお弁当、あげちゃうの♡」


「えー!?いいのー!!」


「うんいいよ〜♡さっそく、屋上で食べましょう♡」


 翡翠さんが俺の腕を掴み、引っ張っていく。


(そういや……こいつ、ゲームでは——

 主人公に愛妻弁当を作ってくれるヒロインで有名だったな)


 しかも人気投票、一位。

 俺の栞を差し置いて。


(……まぁ、こういう家庭的な攻め方が人気出る理由なんだろうな)


 そんなことを考えながら、俺は翡翠さんに連れられ――危険な屋上デートへと足を踏み入れるのだった。

 翡翠さんが作ったお弁当に何が入っているのかも知らずに――


 ――屋上。


 俺たちは二人肩を並べて屋上のベンチに座り、翡翠さん手作りの弁当を広げた。


 綺麗に詰められた彩り。

 美味しそうな匂い。

 料理スキルも高いとか、どんだけハイスペックなんだよ。


「いただきます……」


 ひと口、もぐもぐ。


(……うまっ!!?)


 思わず目を見開くレベル。

 味付けも見た目も完璧。

 だが――ほんの少し気になることがある。


(味が……濃い?なんだこれ……何かを……隠してる?)


 そんな俺の心境を見透かしたように、翡翠さんがにっこり微笑む。


「ねぇ〜キョーちゃん?

 すいちゃんのお弁当、美味しい?」


「あ、ああ!めちゃくちゃ美味しい!!」


 本音だ。疑いようのない。


「えへへ♡すいちゃんねぇ?今日のお弁当に隠し味入れちゃったの♡」


「へぇ……何入れてんだ?」


「知りたい?♡」


(あれ……?不安が増したんだけど……)


「な、何入ってるの……?」


「…………すいちゃんの……想い♡」


(あ、やべ。こいつもフラグ立った)


 脳内で警報鳴りっぱなし。


(どうする俺!!栞ルートへの道が閉ざされてしまう!!)


 すると、翡翠さんがそっと俺に寄り添い――

 甘い声で囁いた。


「ねぇ……昨日会った時からね……

 胸のざわつきが、ずっと治らないの……♡

 ねぇキョーちゃん……お願い……

 バスケ部、入ってよ♡」


(うん!!恋愛の告白じゃなくて部活の勧誘!!そういう意味!!そうに決まってる!!!)


 俺は全力で、

 好意を感じない方へ脳内変換した。


「わかった。……でもまずは見学したいな」


「えっ!?部活入ってくれるの〜!?すいちゃん、嬉しいの♡」


「いや、見学だけだからな!?」


「今日の放課後、体育館で待ってるからね♡」


 翡翠さんは軽い足取りで扉へ向かい、そのままスタコラさっさと階段を下りていった。


(ふぅ……昨日の桜や海野さんより、全然あっさりしてたな)


 俺はフェンスにもたれ、空を見上げる。

 青空に太陽が溶け、まぶしくて目を細めた。


(でも……なんであんなに必死なんだ?

 部員不足ってだけじゃなさそうだが……)


 今はまだ何も知らない。

 ただの昼休み。

 ただの勧誘。


 でも――


 後で思い知ることになる。


 翡翠すいは、これから俺に粘着してくるサブヒロイン7人の中で──

 一番ヤベー『ど変態』だということを。



 ──つづく

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