第19話 俺と栞、転生の真実
『私の声、ずっと聞こえてたんだ……確か去年は気づいてなかったはずだけどな……?』
「……去年?」
謎めいた言葉に戸惑いながら、俺は彼女に問いかけた。
「なぁ、教えてくれよ、一体どういうことなんだ?この世界に連れてきたのは君なのかい……?」
俺の問いを受けて、その声は少しのあいだ黙り込んだ。
そして――、
『ねぇ……私たち、会わない?』
「そ、そうだね。会おう……!」
『二年生の、誰もいない教室で……』
こうして俺は遂に声の主と会うことになっ
た。
* * *
学校に着いた俺は、いつも通っている教室へと向かった。見慣れたはずの廊下なのに胸の奥がざわついて落ち着かない。
理由は分かっている。この先で誰が待ち受けているのかあらかた予想はついているからだ。
教室の扉の前で足が止まる。
それでも逃げるわけにはいかなかった。
そして扉を開けると――そこには、やはり彼女がいた。
花咲栞。
栞は教室の奥で静かに佇んでいた。何度も見てきたはずの綺麗なその顔がなぜか今日は妙に不気味に見えた。
「……やっぱり君だったんだ」
「……えぇ」
俺たちは人気のない教室で向かい合って椅子に腰を下ろす。そして、黙ってただ互いの存在を確かめるように見つめ合った。
すると、栞が静かに口を開いた。
「……ごめんね、今まで黙ってて。アナタの言う通りこの世界に京一郎くんを連れてきたのは私よ」
「……う、うん……」
「話すと長くなるけどね。実はもう三年前からアナタはこの世界に転生したり、元の世界に戻ったりを繰り返してるんだよ」
頭が急に追いつかなくなる。
栞が何を言っているのか、すぐには理解できなかった。
もし彼女の言うことが本当ならなぜ俺は三年間もこの世界に連れてこられたり、元の世界に帰ったりしているんだ。
しかも、以前この世界で過ごした記憶はまったく残っていない。
「ど、どうして俺を……この世界に……?」
問いかけると、栞はわずかに顔を赤らめ、視線を伏せたまま答えた。
「……そんなの、決まってるじゃない」
そして、栞は絞り出すように言った。
「アナタのことが……
三十年前から、ずっと好きだったから……」
衝撃だった。
俺が栞に一目惚れしたあの日から、ゲームの中の彼女も俺のことを想っていたなんて。
けれどその事実を受け止めた瞬間、胸の奥から別の感情が一気に込み上げてきた。
罪悪感だ。
俺は今日、海野さんとキスをしてしまった。
あの時は……声の存在に振り回され、栞への気持ちが冷めかけていた。
だからといって、許されるはずがない。
自分で選んで、踏み越えた。
――俺は、なんてクズなんだ。
「そ、そうなんだ……。それで、三年前からっていうのは……どういうことなんだ?」
「うん。話すと長くなるけどね……」
そう前置きして彼女は語り始めた。
「アナタを初めてこの世界に連れてきたのは三年前、最初はね……うまくいってたのよ?」
「最初は……?」
「うん、でも最終的にアナタは翡翠さんを選んだの」
「……え?」
耳を疑った。
三年前、この世界で過ごした俺の記憶がないから断言できるわけじゃないけれど、あの頃の俺はきっと浮気なんてしなかったはずだ。
ただ一人、花咲栞を想っていたはずだ。
すると、栞は俯いたままぽつりと泣き出した。
「……ごめんね。私って……愛が重すぎるのかもしれない……」
「え……?」
「それでね……京一郎くんにいつも負担をかけて最後は……捨てられるの」
声は震え、言葉の端が滲んでいく。
涙が机の上に静かに落ちた。
「私、色々と自暴自棄になって……今年は、あえて私からは近づかなかったの」
「みんなが、最初からアナタに好意を抱くようにしたの」
「な、なんで……?」
「愛を確かめたかったの、他の女に誘惑されても、それでも最後には、私のもとへ辿り着いてくれるかどうか……」
――そう言われて、今までの出来事が頭の中で一本に繋がった。
不自然なほど俺に向けられる好意。
妙に都合のいい出来事の連続。
確かに、筋は通っている。
だが――
(どうしてだ? なぜ彼女だけがこの世界の設定をいじれるんだ?)
俺の胸に新たな疑問が静かに芽生えていたが、そんなこんな考えていると栞はそっと席を立ち俺の目の前まで近づいてきた。
次の瞬間――
彼女は優しく、そして強く俺を抱きしめてきた。
「し、栞……!」
「一年ぶりよ……アナタに、こうして抱きつくのは……」
胸が高鳴る。
三十年間、ただ憧れ続けてきたあの子が――今、俺を抱きしめているなんて。
「色々……気になることもあるかもしれないけど……今はこうさせて……」
栞の吐息が、耳元にかかる。
「……私、絶対に変わるから……だから、海野さんには悪いけど……もう一度だけ……リセットさせて……?」
「……え?」
「愛してるよ……京一郎くん……」
栞のその言葉を最後に、視界が完全に真っ黒になった。経験したことがないはずなのになぜか「初めてではない」と感じてしまうこの感覚。
音も、空気も、体の輪郭さえ消えていく。まるで世界そのものが“電源を落とされた”かのように。
落ちていく。
抗うこともできず、ただ――
深い闇へと。
* * *
「京一郎くん! 学校、着いたよ! 早く起きないと!」
「……え?」
俺は海野さんに起こされて目を開けると、そこはバスの中だった。どうやらさっきまで眠っていたらしい。
――変な夢を見ていた気がする。
ぼんやりした頭のまま窓の外を見ると、修学旅行を終えたバスはすでに学校へ戻ってきていた。
……おかしい。
みんなと修学旅行を過ごしたはずなのにその間の記憶はうっすらとしか残っていない。
何をして、誰と話して、どんな時間を過ごしたのか思い出そうとしても霧がかかってはっきりとは思い出せなかった。
色々とモヤモヤは残るが、とにかく俺はバスを降りて辺りを見渡した。
……なぜだろう。
ほんの少し前までここに来ていた気がするが勘違いだろう、そう自分に言い聞かせたその時だった。
不意に、誰かがこちらへ近づいてくる。
――なんとそれは、栞だった。
「し、栞!?」
思わず声が裏返る。こんな、ステータスの低い俺に彼女のほうから近づいてくるなんてありえない。
すると、栞は俺のすぐそばまで来てそっと身を寄せ――耳元で、囁いた。
「浮気、リセットしておいたから………」
「……浮気?」
何を言っているのか分からなかった。
分からなかったが――とにかく。
多分彼女とのフラグが立った、そう思った瞬間俺は一人で有頂天になる。
(やったぜ!!)
だが、その直後だった。胸の奥にほんの小さな引っかかりが残る。
(う、浮気って何……?)
だけど栞から話しかけてくれたことが純粋に嬉しかった俺は「まあいいか」とその違和感を軽い感覚で流してしまった。
何かとても大事なことを、全部忘れてしまっている気もしたが――それもきっと気のせいだろう。
そして、俺は疲れ切った体を引きずるようにそのまま家へ帰った。
――つづく
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あとがき
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修学旅行編、ここまでお付き合いいただきありがとうございました!
少しシリアスな展開が続きましたが、ここからは雰囲気を変えて気楽に読める日常編に入ります。
それぞれのヒロイン達との少しドキッとする場面も今後増やしていく予定ですので、引き続き楽しんでいただけたら嬉しいです!




