第17話 嫌な予感、不安がよぎる
――修学旅行最終日。
俺たちは大阪へ向かっていた――が、俺の気持ちはどん底だった。
そう、謹慎が確定したからだ。
落ち込んでいる俺の横で、海野さんがそっと声をかけてくれる。
「で、でも……京一郎くんは悪くないよ……」
「……あ、ありがとう、海野さん……」
彼女の優しさが胸に染みる。
***
やがて一行は大阪城に到着した。
城を見上げながら、ふと思う。
(もしこれが今のご時世だったら……USJとか行けたんだろうなぁ)
だけど、このゲームの世界は1994年。あの超有名なパケモンですらまだ発売されていない時代なんだぜ。
(まあ……これもこれで悪くないか)
そんなふうに、自分をゆっくり納得させながら歩いた。
すると――なんと栞がこちらへ駆け寄ってきた。
この世界に来たばかりの頃なら素直に嬉しいシチュエーションだったのに、今はなぜか心が晴れない。
「京一郎くん……昨日はごめんね……私のせいで……」
俯きながらそう言う彼女に、俺は慌てて首を横に振る。
「だ、大丈夫だよ! 気にしないで!」
そのあと、気づけば俺と栞は二人で大阪城を回ることになっていた。
観光客の流れに合わせて歩きながら、ふと彼女の横顔に目が留まる。
……綺麗だ。
ずっと画面越しに見てきたのに、実際に目の前でこうも近くで見るとこんなにも胸がドキドキするなんて。
だけど、自分の気持ちが今一体どこに向いているのか、わからなくなりそうだった。
栞との距離は近い、肩が触れそうなくらい並んで歩いているのに心の距離だけはどうしようもなく遠かった。
あの“声”の一件があってから、俺は彼女を前みたいに信頼できなくなっている。
(……もしかして、この世界に俺を連れてきたのは栞なんじゃないか?)
そんな馬鹿げた推測すら、頭をよぎってしまう、疑いたくなんてない。だけど、胸の奥にこびりついた不安が勝手に形になっていく。
俺は耐えられず、つい彼女に探りを入れてしまった。
今思えば――ここから俺の平和なラブコメは終焉へ向かい始めたのかもしれない。
「ねぇ……あの……聞きたいことがあるんだけど」
「どうしたの?」
栞は優しい声で俺に聞き返す。だけど俺の心は震えている、それでも聞かなきゃいけなかった。
「……もしかして、君がこの世界に……俺を連れてきたのかい?」
俺が言葉を吐き出した瞬間。
栞の表情が、明らかに引きつった。
その一瞬で、胸の奥にあった不安や伏線のような“もや”がカチッ……と音を立てて一つに繋がっていく。
(やっぱり……?栞が……?)
でも――もしそうだとして、理由がまったくわからない。
俺がこの世界に来たのは偶然じゃなくて、誰かの意思で連れてこられたのか?そして、その“誰か”が栞だとしたら……一体、なんのために?
俺は息を飲んだまま、彼女の次の言葉を待つしかなかった。
「京一郎くん、大丈夫……? おかしくなっちゃったの?」
「お、おかしくなんかないさ!」
即答した俺とは対照的に、栞は笑って誤魔化そうとしている――けれど、その笑みは明らかに不自然だった。
今思えば、この世界に来てからずっと“おかしい”ことだらけだ。
他のヒロインたちは、出会った瞬間から俺を溺愛してくる。まるで“最初からそう決められていた”みたいに。
そして栞――彼女に近づこうとすればするほど必ず他のヒロインが邪魔をして距離が離れる、偶然にしては出来すぎている。
(まるで……誰かが操作しているみたいだ)
背筋が冷たくなっていく。
そう、まるで――栞自身が、この世界を操っているかのように。
目の前の栞は、笑っている。けれど、その笑みの奥にある“何か”が、どうしても見えなかった。
すると栞は――まるで独り言のように、小さく呟いた。
「……またリセットしなきゃ」
「…………え?」
聞き返した瞬間、心臓がきゅっと縮む。
理解が追いつかない。意味がわからない。
だけど――本能だけがヤバいと告げていた。
次の瞬間。
視界が、完全に真っ黒になった。
音も、空気も、体の感覚も消える。まるで世界そのものが“電源を落とされた”ように。
落ちていく。
深い底へ――。
***
桜も散った今日この頃。俺はひとり、重たい荷物を持ってウキウキしながら駅へと向かっていった。
理由はひとつ。
実は今日から修学旅行なんだ。
まさか、人生で四度目の修学旅行が来るなんて思ってもみなかった。
ちなみに行き先は京都らしい。
実を言うと――おじさんは京都出身だから高校の修学旅行は東京だったんだよね。
でもこのゲーム世界の舞台は関東。
だから行き先が京都になるのは、まあ仕方ない。
「金閣寺だの銀閣寺だの、ガキの頃からずっと連れてこられて見飽きたっての」
そう思いながらも内心ワクワクが止まらなかった………。
――だけど同時に、胸の奥にじわりと広がる不安感は一体なんなんだろう。
まるで“何か大事なもの”を忘れてしまっているような……そんな得体の知れない感覚だけが、ずっと抜けない。
理由はわからない、思い出そうとしても霧のように指の間からこぼれていく。
俺はそのもやを抱えたまま、ひとまず駅へ向かった。
周りでは、通勤客や学生がいつも通りの足取りで行き交っている。なのに俺だけまるでこの流れの中に一人だけ取り残されているような感覚がしていた。
そして――雑踏のざわめきの中に、ふいに混じった。
また、あの声が聞こえてきた。
『これで三回目だよ、京一郎くん』
――つづく




