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第6話 RTA走者、監視対象にジョブチェンジ

 王宮からの帰りの馬車の中は、息が詰まるほどの沈黙に満たされていた。

 向かいの席に座るレオンハルト様は、まるで石像のように微動だにせず、窓の外を流れる景色を眺めている。その横顔は、ゲームのスチルで見たどの表情よりも、硬く、そして美しかった。


(……気まずい! 気まずすぎるわよ、この状況!)


 私は平静を装い、肘掛けに頬杖をついて、必死に平静を装う。

 しかし、心の中は台風だ。

 RTA走者としての私が、警報を鳴らしている。『警戒レベルMAX! 監視対象接近! 全計画の即時中断を推奨!』

 そして、ただのファンである私が、歓喜の悲鳴を上げている。『公式からの供給過多! 推しが! 推しが目の前に! 睫毛の一本一本まで解像度4Kで見える!』


「……窮屈ではありませんか、サー・ナイト」

 沈黙に耐えきれず、つい、嫌味な口調で話しかけてしまった。悪役令嬢としての、ほとんど反射的な行動だった。

「わたくし、か弱い殿方をいきなり襲ったりはいたしませんことよ?」


 レオンハルト様は、ゆっくりと視線を私に向けた。そのアクアマリンの瞳には、何の感情も浮かんでいない。

「これは陛下の御下命にして、私の任務です、アイナ嬢。いかなる時も、職務を全うするだけです」


 その声は、馬車の振動よりも、私の心を揺さぶった。

 温度のない、完璧にプロフェッショナルな返答。

 そうだ、彼は今、「レオンハルト様」ではない。「監視役の騎士」なのだ。

 私の胸が、チクリと痛んだ。それが、自分の計画が頓挫したことへの焦りなのか、それとも別の何かなのか、判別がつかなかった。


 †


 学園に馬車が到着すると、そこに新たな地獄が待っていた。

 レオンハルト様が、騎士の礼法に則り、私に手を差し伸べてエスコートする。

 その瞬間、学園の正面玄関にいた生徒たちの視線が、一斉に私たちに突き刺さった。


「きゃっ、レオンハルト様!?」

「なぜ、アイナ様とご一緒に……?」

「見なさいよ、あの方、王宮の馬車でお戻りになったわ」

「まさか、例の試験の件で……!?」


 好奇、羨望、嫉妬、そして恐怖。

 様々な感情が渦巻く囁き声の集中砲火を浴びながら、私は背筋を伸ばして歩く。

 半歩後ろを、寸分の隙もなく歩くレオンハルト様。その存在が、噂にさらなる拍車をかけていることは、言うまでもない。


(最悪だわ……! これじゃ、ただの『聖女候補』から、『近衛騎士団副団長と懇意な、謎の要注意人物』にクラスチェンジじゃない!)


 断罪フラグどころか、誰も触れてはいけないラスボスのような扱いだ。

 これでは、悪役令嬢としてのヘイト(敵意)稼ぎが、根本から不可能になってしまう。


 そして、運命の教室の前。

 私は足を止め、監視役に振り返った。


「ここまでご苦労様でした、サー・ナイト。わたくし、これから歴史学の講義ですので。扉の前でお待ちになっててくださる?」

 そう、いくら監視役とはいえ、授業の最中まで入ってくるわけがない。教室は、生徒と教師だけの聖域なのだから。


 しかし、レオンハルト様は、その涼やかな顔を一切崩さなかった。


「勅命は『24時間体制での監視』。これには、講義も含まれます」

「……は?」


「わたくしは、あなた様の学業の邪魔をするつもりはありません。ただ、この眼が届く範囲に、いさせていただくだけです」


 彼はそう言うと、ごく自然な動作で、私のために教室の扉を開いた。

 その瞬間、教室内の全生徒の視線が、入り口に立つ私と、その後ろに控えるレオンハルト様に釘付けになった。


「な……」

「レオンハルト、様……?」


 教鞭を握っていた老教授でさえ、驚きに目を見開いている。


 私は、まるで公開処刑を待つ罪人のように、自分の席へと歩いた。

 レオンハルト様は、音もなく教室に入ると、最後列の壁際に直立不動で仁王立ちした。誰がどう見ても、授業を受ける態度ではない。完璧な、監視役のポジションだ。


 私は、自分の席に座り、震える手で教科書を開いた。

 背中に感じる、絶対的な存在感。

 私の髪が風で揺れる音も、私がペンを走らせる音も、全て彼に把握されている。


(……無理)


 絶望感が、全身を支配した。


(こんな状況で、どうやって次の計画を練れっていうのよ!?)


 悪役令嬢としての演技も、ゲーマーとしての分析も、何もかもが、あの美しい監視者の前では無意味に思えた。

 私の推し救済RTAは、完全に詰んだ。

 これは、ゲームじゃない。


 ――最高難易度の、護衛エスコート付き監獄生活だ。

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