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第37話 世界の筋書き(システム)と、魂(バグ)の対話

 世界が、消えた。 色も、音も、光さえもない、絶対的な、虚無。 まるで、冷たい水の中に、深く、深く、沈んでいくような、感覚。 肉体の、かせが、外れ、意識だけが、無限の、闇に、漂っている。


(……どこ? わたくしは……?)


 死んだ? いや、違う。 これは、死ではない。もっと、別の、何か。 この、感覚には、覚えがある。 電源が、落ちる、寸前の、古い、コンピュータの、画面。 全ての、データが、シャットダウンしていく、あの、静寂。


『――検知シマシタ』


 闇の中に、声が、響いた。 それは、声ではなかった。 私の、意識の、一番、深い場所に、直接、刻み込まれる、冷たい、情報の、羅列。 ヴァレリウス老でも、レオンハルト様でも、アルバート王子でもない。 誰でもない、何者でもない、ただ、そこに、“在る”、絶対的な、ルール


 目の前の、闇が、割れた。 無数の、青白い、光の線が、縦横無尽に、走り始める。 それは、まるで、巨大な、蜘蛛の巣。 いや、違う。 これは、プログラムの、コード。 この世界を、構築し、運営し、そして、支配している、神の、設計図。 私は、今、この世界の、“裏側”に、引きずり込まれたのだ。


『筋書キ(シナリオ)ノ、強制力フォースヲ、逸脱スル、存在バグ』 『個体名:アイナ・フォン・ルーメル(ノ、魂)』 『貴方ヲ、危険因子ト、認定。直チニ、調律ヲ、開始シマス』


 光の線が、私という、異物バグを、取り囲み、その、形を、変えようと、脈動する。 私の、記憶、思考、感情。その、全てを、解析し、無力化し、そして、この世界の、ルールに、従うよう、書き換えようと、している。


(――ふざけないで!)


 私は、叫んだ。声は、出ない。だが、私の、魂が、叫んでいた。 「調律ですって!? あなたが、勝手に、作り出した、悲劇の、筋書き(シナリオ)に、わたくしを、組み込むというの!?」


『秩序ノ、維持ノタメ、必要ナ、措置デス』 システムは、淡々と、答える。 『物語ハ、美シク、終ワルベキ。犠牲ナクシテ、秩序ハ、生マレヌ。ソレガ、コノ世界ノ、基本法則ルール


「犠牲!?」 私は、怒りに、震えた。 「レオンハルト様の、あの、苦しみを! 千年もの間、彼の、一族が、流してきた、血と、涙を! あなたは、ただの、美しい、物語の、一行で、済ませるつもり!?」


『彼ハ、“悲劇ノ英雄”トイウ、役割ロールヲ、与エラレマシタ。彼ノ、犠牲ガ、王国ノ、安定ヲ、保証スル。ソレハ、完璧ナ、均衡バランスデス』


「完璧ですって……?」 私は、笑い出したくなった。 あまりの、傲慢さに。 あまりにも、一方的な、神の、論理に。


『異邦ノ、魂ヨ。貴様ハ、セーブデータノ、外デ、何ヲ、夢見ル?』 システムが、私に、最終通告を、突きつける。 『筋書キ(シナリオ)ニ、従イナサイ。サスレバ、貴様ニモ、ソノ世界デノ、安寧ヲ、与エマショウ』


 光の、線が、私の、魂の、核心に、触れようと、迫ってくる。 もう、時間がない。 ここで、屈すれば、私は、私でなくなり、レオンハルト様は、永遠に、呪いから、解放されない。


(――ああ、そう)


 私は、目を、閉じた。 そして、この、傲慢な、システムに、最後の、答えを、叩きつけてやることに、決めた。


「確かに、わたくしは、バグでしょうね」 私は、言った。 あなたの、完璧な、筋書き(シナリオ)を、メチャクチャにする、招かれざる、エラーだ。


「でも、教えてあげるわ、システムさん」 私は、目を見開いた。 その、瞳には、RTA走者としての、冷徹な、光と、一人の、人間としての、燃えるような、怒りが、宿っていた。


「その、あなたの、言う、完璧な、秩序ルールが、人の、心を、踏みにじり、壊していく、ものだというのなら――!」


「――わたくしは、喜んで、その、バグ(・・)で、あり続けてやるわ!」


 私の、魂が、爆発した。 金色の、光が、青白い、コードの、束縛を、内側から、焼き切っていく。 ルールで、縛れない、たった一つの、もの。 理不尽に、抗う、人間の、意志の力。


『―――ッ!? 認識不能! 理解不能! 制御不能!』 システムが、初めて、狼狽の、声を、上げた。 光の、線が、ちりぢりになり、空間そのものが、崩壊を、始めていく。


『警告! 警告! システム、不安定!』 『再構築リビルドヲ、中断! 強制的ニ、対象ヲ、現実座標ヘ、射出シマス!』


 闇が、遠ざかっていく。 その、崩壊していく、コードの、世界の中で、私は、確かに、聞いた。 現実の、世界から、私を、呼び戻そうとする、たった一つの、声を。


「――アイナッ!!」


 彼の、悲痛なまでの、叫び声。 それが、私を、繋ぎ止める、唯一の、いかりだった。


 †


「――はっ!」 私は、息を、吸い込んだ。 冷たい、石の、匂い。湿った、空気。 目の前には、レオンハルト様の、顔があった。 その、アクアマリンの瞳が、見たこともないほど、見開かれ、私の、両肩を、掴む、その手は、小刻みに、震えていた。


「……アイナ様! しっかりなさってください! アイナ様!」 「……レオン、ハルト、さま……?」


 私の、声は、掠れていた。 見回すと、あの、青白い、魔法障壁は、粉々に、砕け散り、目の前には、固く、閉ざされていたはずの、霊廟の、鉄の扉が、ゆっくりと、開いていく、ところだった。


「……よかった……」 彼が、心の底から、安堵したように、息を、吐いた。 そして、私を、抱きしめたいのを、必死で、堪えるかのように、その、拳を、強く、握りしめた。


「……あなた様が、急に、意識を、失われた。……私が、何度、呼んでも、応えず……。私は、てっきり……」


「……ご心配を、おかけしましたわね」 私は、まだ、震える、足で、立ち上がった。 「どうやら、わたくし、この、世界の、ラスボスに、一発、殴りかまして、きた、みたいですの」


「……は?」 きょとんと、する、彼に、私は、悪戯っぽく、笑ってみせた。


 追っ手の、足音は、もう、間近に、迫っている。 だが、もう、恐れは、なかった。 私たちの、前には、道が、開かれたのだから。


「さあ、参りましょう、レオンハルト様」 私は、開かれた、霊廟の、暗い、深淵を、見つめた。 「わたくしたちの、本当の、エンディングを、その手で、掴み取りに」

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