第36話 鉄壁の罠と、ゲーマーの逆説
ジジ……ッ、と。 青白い、魔法の障壁が、まるで、私たちの絶望を、嘲笑うかのように、不気味な、火花を、散らした。 地下水道の、冷たい、湿った空気が、肌に、張り付く。 遠くから、反響してくる、地上の、祭りの喧騒が、今はもう、私たちの、敗北を、告げる、カウントダウンのように、聞こえた。
「……くそっ!」 レオンハルト様が、忌々しげに、吐き捨てた。 そして、ためらうことなく、白銀に輝く、その、拳を、障壁へと、叩きつけた。 ドゴォォン!という、轟音と共に、地下道が、震える。 だが、障壁は、微動だにしない。むしろ、彼の、力を、吸い取ったかのように、一層、輝きを、増した。
「無駄ですわ、レオンハルト様!」 私は、叫んだ。 「これは、力で、破れる、類のものじゃない! クラウス団長の、執念が、込められた、完璧な、“拒絶”の、術式です!」
「だが、しかし!」 彼は、なおも、食い下がろうとする。その、焦燥に、駆られた、横顔。
その時だった。 私たちが、通ってきた、通路の、奥から。 カツ、カツ、カツ……と。 複数の、重い、足音が、ゆっくりと、しかし、確実に、こちらへと、近づいてくるのが、聞こえた。
「……追っ手、か」 レオンハルト様の、声が、絶望に、沈む。 「……万事、休す、か」
彼は、私を、見た。 その、アクアマリンの瞳に、悲壮な、光が、宿る。 そして、彼は、この、最悪の状況で、私が、最も、聞きたくなかった、言葉を、口にした。
「……アイナ様」 彼は、剣の、柄を、握りしめ、私の、前に、立ちはだかった。 「私が、ここを、食い止めます。その、隙に、あなた様だけでも、あの、崩れた、瓦礫の、隙間から……」
「――ふざけないで!」
私の、怒声が、彼の、言葉を、遮った。 私は、彼の、前に、躍り出た。その、瞳を、まっすぐに、睨みつける。
「あなた様は、この期に及んで、まだ、そんな、陳腐な、悲劇の、主人公を、演じるつもりですの!?」 「……!」
「忘れたとは、言わせませんわよ、サー・ナイト!『相棒を、見捨てて、クリアできる、ゲームなど、私は、知らない』! ……それは、どこの、どなたが、おっしゃった、言葉でしたかしら!?」 私の、言葉が、ナイフのように、彼に、突き刺さる。 彼は、はっと、息を、呑んだ。
そうだ。 諦めるのは、まだ、早い。 ゲームオーバーの、テロップが、流れる、その、最後の、瞬間まで。 プレイヤーは、コントローラーを、手放しては、いけないのだ。
私は、もう一度、忌々しい、青白い、障壁を、睨みつけた。 (……待って) 私の、ゲーマーとしての、脳が、猛烈な、速度で、回転を、始める。
(おかしい) (この、障壁、完璧すぎるわ)
「レオンハルト様」 私は、彼に、問いかけた。 「クラウス団長は、わたくしたちの、“対の呪い”という、話を、信じていましたか?」
「……いや。彼は、最後まで、懐疑的だった。我らを、ただの、危険な、狂言師だと……」
「――それよ!」 私は、手を、打った。 全ての、ピースが、はまった。
「クラウス団長は、わたくしたちの、話を、信じなかった。だから、この障壁は、“二人で一つの、呪い”を、防ぐための、設計には、なっていない!」 私は、障壁に、手を、かざした。 その、魔力の、流れを、“観測”する。
「これは、二つの、個別の、脅威を、防ぐための、罠。……一つは、あなた様の、暴走する、魔力。そして、もう一つは、あなた様を、操る、わたくしという、“魔女”の、精神干渉!」 「……何が、言いたい」
「つまり、この障壁は、“レオンハルト様”と、“わたくし”を、別々の、存在として、認識している!」 私は、笑った。 勝利を、確信した、笑みだ。
「そして、クラウス団長は、知らない。わたくしの、魂が、この世界の、理の、外側にある、規格外の、存在だということを!」
私は、レオンハルト様に、向き直った。 「レオンハルト様。あなた様の、呪いを、抑え込んでください。……いいえ、あなた様の、本当の、魂の力を、解放して。この、障壁に、全力で、ぶつけるのです!」 「……!」
「この障壁は、あなた様の、“呪い”には、反応する。けれど、呪いから、解放された、あなた様の、“本当の、力”には、対応していないはず!」
彼は、一瞬、戸惑った。 だが、すぐに、私の、意図を、理解した。 彼は、頷くと、障壁の、前に、立ち、目を、閉じた。 彼の、全身から、呪いではない、清浄で、強大な、白銀の、オーラが、立ち昇る。
「そして」 私は、彼の、隣に、並び立った。 「この障壁は、わたくしの、“魔術”は、防げても……」
私は、自分の、胸に、手を、当てた。 この、世界の、理の外側から来た、異邦の、魂。 この、世界そのものを、ハッキングできる、唯一の、“鍵”。
「――わたくしの、“魂”そのものは、防げない!」
私は、障壁に、手を、突き出した。 レオンハルト様の、白銀の、オーラと、私の、金色の、魂の光が、交差する。 障壁が、悲鳴を、上げた。 二つの、規格外の、力が、クラウスの、完璧な、術式を、内側から、食い破っていく。
『―――検知シマシタ』
その、瞬間だった。 私の、頭の中に、直接、声が、響いた。 それは、男でも、女でもない。老いても、若くも、ない。 ただ、冷たく、無機質な、“システム”の、声。
『筋書キ(シナリオ)ノ、強制力ヲ、逸脱スル、存在ヲ、確認』
「……え……?」
目の前の、景色が、ぐにゃり、と歪んだ。 レオンハルト様の、驚愕の、顔も、青白い、障壁も、全てが、ノイズのように、乱れていく。 私の、意識が、急速に、どこか、別の、場所へと、引きずり込まれていく。
『警告:直チニ、世界ノ、調律ヲ、開始シマス』
「……アイナッ!!」
私の、手を、掴もうと、伸ばされた、レオンハルト様の、悲痛な、叫び声を、最後に。 私の、世界は、完全に、暗転した。




