第35話 偽りの祭典と、地下水道の誓い
建国記念祭、最終日。
王都は、まるで、巨大な、宝石箱を、ひっくり返したかのように、きらびやかな、狂騒に、満ちていた。
空には、色とりどりの、旗が、はためき、家々の窓からは、花吹雪が、舞い散る。
メインストリートを、練り歩く、華麗な、パレードの、音楽隊が、奏でる、高らかな、ファンファーレ。沿道を、埋め尽くす、民衆の、割れんばかりの、歓声。
その、全てが、この国の、栄光と、平和を、祝福していた。
「……見事な、ものですわね」
パレードの、喧騒を、見下ろす、裏通りの、建物の屋根の上で、私は、ぽつり、と呟いた。
フード付きの、粗末な、旅装マントを、身に纏った、私の姿は、この、華やかな、祭りの、風景の中で、あまりにも、不釣り合いだった。
「クラウス団長が、国王陛下の、護衛任務に、入りました」
隣で、同じように、景色を、眺めていた、レオンハルト様が、低い声で、告げる。
「これより、一時間。彼の、目は、完全に、我々から、離れる」
「……ええ。わたくしたちにとっては、十分すぎる、時間ですわ」
私たちは、顔を、見合わせた。
その、目には、同じ、色の、覚悟が、宿っていた。
「参りましょうか、レオンハルト様」
私は、フードを、深く、被り直した。
「わたくしたちの、本当の、お祭りに」
†
王都の、地下には、蜘蛛の巣のように、古い、上水道が、張り巡らされている。
今はもう、使われていない、忘れ去られた、闇の、迷宮。
私たちは、マンホールの、重い、鉄の蓋を、こじ開け、その、冷たく、湿った、暗闇へと、身を、投じた。
「……うわ」
かびと、澱んだ、水の匂いが、鼻を、つく。
私は、小さな、声にならない、悲鳴を上げた。
RTA走者としての、知識は、あっても、本物の、下水道に、入るのは、初めての、経験だ。
「足元に、お気をつけて、アイナ様」
先に、降りていた、レオンハルト様が、私に、手を、差し伸べてくれる。
私は、その、無骨で、大きな手を、躊躇いがちに、取った。
彼に、引き上げられる、その、一瞬、私たちの、身体が、触れ合い、彼の、温かさが、じわり、と伝わってくる。
「……っ」
私の、心臓が、また、不規則に、跳ねた。
こんな、極限状況だというのに。
私たちは、私が、小さな、光の魔法で、作り出した、光球を、頼りに、闇の、中を、進んだ。
壁からは、絶えず、水滴が、滴り落ち、私たちの、足音が、不気味に、反響する。
それは、まるで、世界の、胃袋の中を、進んでいるような、心細い、道のりだった。
しばらく、進んだ、その時。
私たちの、行く手を、瓦礫の山が、塞いでいた。
「……地図とは、違いますわね」
「ああ。経年劣化で、崩れたか」
レオンハルト様が、瓦礫を、押し退けようと、試みるが、びくとも、しない。
万事休すか、と、私が、思った、その瞬間。
私は、気づいた。
瓦礫の山の、隅。壁との、間に、人間一人が、ようやく、通れるほどの、僅かな、隙間が、あることに。
「……ふふ」
私は、思わず、笑ってしまった。
「どうかなさいましたか?」
「いえ。昔、わたくしが、やりこんだ、ゲームにも、こういう場所が、ありましたの。NPCが、認識できなくて、通り抜けられない、壁の、隙間。プレイヤーだけが、知っている、秘密の、抜け道。……まさか、現実でも、お目にかかれるとは」
「……」
彼は、呆れたような、顔で、私を見ていた。
そして、その、隙間を、先に、通り抜けると、もう一度、私に、手を、差し伸べた。
「……時々、お前の、その、頭の中が、この、下水道よりも、よほど、複雑怪奇に、思えるな」
「あら、褒め言葉として、受け取っておきますわ」
軽口を、叩き合いながら、私たちは、再び、前へと、進んだ。
その、ほんの、短い、やり取りが、この、冷たい、闇の中で、どれほど、私の、心を、温めてくれたことか。
私たちは、開けた、空間に、出た。
少しだけ、休憩を、取る。
光球の、青白い光が、彼の、真剣な、横顔を、照らし出していた。
彼は、何か、迷うように、何度か、口を、開きかけ、そして、閉じた。
やがて、意を決したように、私に、問いかけた。
「……アイナ様」
「はい」
「あなた様の、その、“救う”という、言葉は、時々、私には、恐ろしく、聞こえる」
その、あまりにも、唐突な、言葉に、私は、息を、呑んだ。
「まるで、ご自身が、最後の、一片の、燃えカスになるまで、全てを、焼き尽くす、炎のように、見える時がある。……あなた様は、ご自身のことを、どう、お考えなのですか」
私は、答えられなかった。
彼の、瞳は、私の、魂の、一番、奥深くを、見透かしているようだった。
推しを、救うためなら、自分が、どうなっても、いい。
そう、本気で、思っていた、かつての、自分を、見抜かれている。
「……わたくしは」
私が、ようやく、絞り出した、言葉を、彼は、静かに、遮った。
「……いい。今は、まだ、答えなくて、いい」
彼は、そう言うと、立ち上がった。
「だが、一つだけ、覚えておいて、いただきたい。私は、もう、あなたに、ただ、守られるだけの、存在ではない。……あなたの、相棒だ。……そして、相棒を、見捨てて、クリアできる、ゲームなど、私は、知らない」
彼の、その、不器用な、言葉が、私の、胸の、一番、奥に、突き刺さった。
†
私たちは、ついに、目的地へと、たどり着いた。
古びた、しかし、威厳のある、鉄の扉。
その、中央には、王家の、紋章が、刻まれている。
王家の、地下霊廟へと、続く、隠された、入り口だ。
「……よし」
私は、ヴァレリウス老から、預かった、設計図を、広げた。
「この扉は、簡単な、物理錠のはず。レオンハルト様の、力なら……」
私が、言い終える前に、レオンハルト様が、はっと、息を、呑んだ。
「……アイナ様、お待ちを」
「……え?」
見ると、鉄の扉の、表面が、うっすらと、青白い、光を、放っていた。
それは、ヴァレリウス老の、設計図には、なかった、もの。
新しく、そして、極めて、強力な、魔法の、防壁。
「……嘘、でしょ」
私は、その、魔力の、波長に、見覚えがあった。
それは、あの、夜会で、私を、尋問した、近衛騎士団長、クラウスの、魔力。
私は、絶望に、目を見開いた。
「……気づかれて、いた……!?」
私たちの、完璧な、潜入作戦は、敵の、たった一枚の、罠によって、完全に、袋小路へと、追い詰められてしまったのだ。
背後からは、追っ手の、足音が、聞こえてくる、気がした。




