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第30話 英雄の剣と、運命の盾

 闘技場を揺るかす、割れんばかりの、大歓声。

 その中心に、白銀の騎士が、静かに、立っていた。

 彼の対戦相手は、今大会を圧倒的な力で勝ち上がってきた、隣国の軍事アカデミーの、若きチャンピオン。その手には、勝者の証である、儀礼剣“英雄の剣”が、誇らしげに握られている。


「……始まったな」

 私の隣で、ヴァレリウス老が、低い声で、呟いた。

 私は、答えなかった。ただ、レースの扇子を握りしめる、自分の指先が、白くなっているのを、感じていた。


 カンッ!という、甲高い金属音と共に、試合が始まった。

 序盤は、圧倒的だった。

 レオンハルト様の剣技は、まるで、流麗な、舞のようだった。

 チャンピオンが、繰り出す、炎の剣も、氷の槍も、彼は、最小限の動きで、いなし、受け流し、時には、あざ笑うかのように、弾き返す。

 その姿は、まさしく、王国最強の騎士。

 観客席は、彼の、その神がかり的な強さに、熱狂していた。


「……強い」

 私が、思わず、呟くと、老人が、静かに、言った。

「ああ。じゃが、それでは、いかんのじゃ」


「ええ、分かっていますわ」

 そう。私たちの筋書き(シナリオ)では、彼が、勝ってしまっては、いけないのだ。


 試合が、中盤に差し掛かった頃。

 明らかに、戦況が、変わり始めた。

 レオンハルト様の動きが、目に見えて、鈍くなったのだ。

 呼吸が、荒くなり、あれほど、正確無比だった剣筋が、わずかに、乱れ始める。


「どうした、サー・レオンハルト! それが、王国最強の騎士の実力か!」

 好機と見たチャンピオンが、猛攻を仕掛ける。

 レオンハルト様は、防戦一方。その白銀の鎧に、いくつもの、浅い傷が、刻まれていった。


「……始まったわね」

 私は、扇子を持つ手に、さらに、力を込めた。

「彼の、最高の、そして、最も、苦しい、演技が」


「……ああ」

 老人が、固唾を呑む。

「じゃが、本当に、大丈夫なのか。あれは、ただの、演技には、見えぬが……」


 その言葉に、私の心臓が、どきり、と鳴った。

 そうだ。いくら、手練れの彼でも、一歩、間違えれば。

 あの、鋭い剣先が、本当に、彼の、命を……。


 その時だった。

 誰かが、空を、指差して、叫んだ。

「見ろ! 星が……!」


 見上げると、夕焼けの、赤と、紫のグラデーションに染まった空に、最初の、一番星が、流れた。

 それを、皮切りに、一つ、また一つと、光の筋が、走り始める。

 百年に一度の、大流星群。

 天の時が、来たのだ。


「アイナ様!」

 ヴァレリウス老の、声が、飛ぶ。

「世界の、魔力が、満ちておる! 今じゃ! 今しか、ないぞ!」


 私は、頷いた。

 闘技場では、戦いが、まさに、クライマックスを、迎えようとしていた。


「これで、終わりだぁっ!」

 チャンピオンが、雄叫びを上げる。

 彼は、勝利を確信し、その手に持つ、“英雄の剣”に、ありったけの魔力を、注ぎ込んでいた。

 剣が、眩いほどの、光を、放つ。


 対するレオンハルト様は、片膝をつき、肩で、大きく、息をしていた。

 満身創痍。

 誰の目にも、彼の敗北は、明らかだった。


(――今よ)


 私は、立ち上がった。

 そして、観覧席の、手すりに、両手を、置く。

 目を、閉じる。

 全ての、意識を、集中させる。


 私の魂よ。

 この世界のことわりに、縛られぬ、異邦の魂よ。

 今こそ、その、真の力を、示しなさい。


(――観測せよ)


 闘技場全体の、魔力の流れを。

(――理解せよ)

 レオンハルト様の鎧が、持つ、生命力変換の、魔術回路を。

(――そして、掌握せよ)

 “英雄の剣”が、放つ、膨大な、魔力の奔流を。


 私の意識が、肉体を、離れ、世界そのものと、同化していく。

 見える。

 全てが、魔力の“線”として、見える。


 闘技場で、チャンピオンが、最後の一撃を、放った。

 光の奔流と化した、“英雄の剣”が、レオンハルト様の、無防備な胸元へと、吸い込まれていく。

 観客席から、悲鳴が、上がる。


 だが、私の心は、静かだった。

 完璧な、タイミング。

 千年に一度の、奇跡の、瞬間。


 私は、目を見開いた。

 そして、この世界の、ルールを、ハッキングする、たった一つの、命令コマンドを、叫んだ。


「――接続コネクト!!」


 私の、魂のちからが、二つの“器”を、繋ぐ。

 レオンハルト様の鎧と、“英雄の剣”の、魔力回路を、強制的に、直結させる。


 筋書き(シナリオ)を、書き換える、時だ。

 悲劇の儀式を、希望の奇跡へと。


 さあ、始まるわよ、アリスティア・ヴァレリウス。

 あなたの、千年の呪いを、この、異邦の魂が、今、ここで、完璧に、乗っ取ってみせる!

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