無常堂夜話10【土地の祟りの物語】
樟葉と周が持ち込んできたのは、土地造成現場で起こる事案の解決だった。
神域の開発の裏にある土地の因縁や数々の不幸……その真相に迫った時、空たちが下した判断は?
起・不穏な依頼
そこは、古き良き時代を思い出させるような、さまざまな個人商店が軒を並べる広場。
見る人によっては、都会の下町を思い出すだろうし、あるいは『猫の恩返し』の『猫の事務所』がある広場を連想する人がいるかもしれない。
その中の1軒の外観は、コンクリートでできたような瓦、子どもの落書きがある古い板壁、歪んだガラスが嵌った木製の引き戸、日に焼けて色褪せた帆布製の庇というもので、その店には、玄関の横に『無常堂』と浮き彫りされた木製の看板が立っていた。
『無常堂』は基本的には骨董品店だが、『骨董』や『アンティーク』の範疇を超えたいろいろな品物が集まって来る。
ある日の午前中、軽快なエンジン音を響かせて1台の自動車が玄関先に停まり、中から一組の男女が降りて来た。どちらも20代前半のようだ。
女性は、薄いベージュのワイシャツに革のジャケット、茶色のコーデュロイ素材のタイトスカートにローヒールの黒いパンプスといういで立ち、男性は白いポロシャツの上からジーンズ地のジャケットを羽織り、ダメージ加工されたジーンズを穿いてスニーカー。頭には赤いバンダナを巻いている。
女性は自分が降りた後、男が助手席のドアを閉めて自動車に再び乗り込み、店の駐車場に入れるのをしり目に、ガタピシと音を立てる玄関の引き戸を開ける。
「やっほー、空さんいるー?」
女性が店の中に元気な声で呼びかけると、ちょうど入って右手、古書が並べられている書架の整理をしていた二十歳前後の女性が振り返って微笑んだ。
「あら、樟葉さんですか? お久しぶりですね。今日はどんな品物を持って来られたんですか?」
肩を越えるくらいまで伸ばした黒髪、留袖にエプロンという格好の女性は、鈴の音のような声で訊く。
樟葉は、その女性に、
「あ、いえ。今日は買取希望じゃなく、相談事をしに来たんです。空さんいますか?」
そう言うと、女性はニコニコと笑って店の奥に向かいながら、
「我が背は、今、月詠神社でお祓いをされています。先ほど出かけられたので、1時間ほどかかると思いますが。どうします、待ちますか?」
そう言って、座敷に上がってお茶の準備を始める。
樟葉は当てが外れたような顔で、
「はぁ、間が悪いわね……でも仕事じゃしょうがないわ。待たせてもらうことにします。瀬緒里さん、いいですか?」
そう言うと、瀬緒里はくすくす笑いながらうなずき、
「もちろんですよ。周さんもいらしているんでしょう? 呼んで来られては?」
そう言う。樟葉はびっくりもせずに、
「瀬緒里さん、アタシたちが来るのが判ってたんなら、空さんを引き留めてくれててもいいんじゃないですか?」
と、むくれ顔で言う。瀬緒里は温顔のまま首を振って言った。
「いくら私が神だといっても、樟葉さんたちが来ることまでは予見できません。
ただ、先ほど店の前で自動車のドアが開閉する音を聞いたのと、あなたがタイトスカートを穿いてらっしゃるので、いつものように400ccのオートバイではなく、周さんと一緒に来られたんだなと分かっただけです」
「……そ、そうなんだ。とにかく周を呼んできます」
店の外に歩き出す樟葉に、瀬緒里は微笑んで声をかけた。
「じゃ、お茶を準備しておきますね?」
空が帰ってきたのは、瀬緒里が言ったとおり1時間後だった。店の裏口から入ってきた空の気配を感じ、瀬緒里がやって来て言う。
「お疲れさまでした。樟葉さんと周さんが我が背をお待ちですよ。狩衣の後片付けは私がやっておきますので、我が背はお話を聞いて差し上げてください」
そう言うと、空の着物を脱がし始める。空は
「え、樟葉と周が? 分かった。瀬緒里さん、装束のことは頼みました」
急いで狩衣を脱ぎ捨て、水色のポロシャツにジーンズ、黒のブルゾンに着替えて、急いで8畳の客間に向かった。
瀬緒里は、空が脱ぎ散らかした装束を拾い上げ、衣桁に架けると丁寧にしわを伸ばす。そして不意に装束に顔をうずめると、
「……ああ、我が背の匂いです……幼い時の甘い香りに精悍さが加わった我が背の匂い。この匂いに包まれていると、脳がしびれて身体が融けてしまいそうな感じがします。
もう少し……もう少しこうしていても罰は当たりませんよね? というかそもそも罰は私たち神が下すものですし、妻が夫の匂いを独占するのは当然の権利ですし、私と空様はすでに月宮の皇子様も認められた仲ですもの、何の問題もございませんよね?」
などと近頃ますますこじらせているヤンデレぶりを発揮していた。
その頃、客間で樟葉と周の話を聞いていた空は、突然寒気に襲われて身体を震わせる。
「どうしたの空さん? 何か悪い気でも感じた?」
樟葉はそう言い、周はさりげなく周囲を見回す。
「……別に不穏な空気は感じない。俺のスケキヨもおとなしくしている。お祓いの後だから神経が高ぶっているんじゃないですか?」
周の言葉に、空は笑って答える。
「あ、ああ。ちょっと寒気がしただけだ。周の言うとおり、お祓い後だからまだ気が立っているんだろう。
ところで、話をもっと詳しく聞かせてくれないか? 特に二人がなぜ、その事象を祟りだと思うのか? 祟りだとすれば何が原因と思うかまで聞かせてくれればありがたいな」
空の言葉を聞いて、まずは周が話し出した。
「この案件は、最初俺が話を聞いた。依頼者の名刺はもらっているが、恐らく偽名と架空の役職だと思った。だから俺は何かの罠を疑った」
そう言いながら、周は空に名刺を差し出す。『株式会社円田開発 企画開発部主任 埋井扶公』とある。
「調べてみたら、円田開発って、樹恩建設株式会社の100パーセント子会社で、樹恩建設のヤバい仕事を引き受けているみたい」
樟葉が口を挟む。空の顔に疑問の色が浮かんだのを見て、樟葉は察しよく続ける。
「うん、『ヤバい』ってのは3種類あってね? 一つは『ヤ』の字が付く人たちが関わっている案件を請け負う場合。もう一つは住民が反対している開発計画を強引に進める場合。
そして最後の三つめは、霊的にヤバい場所に関する案件を請け負う場合ね」
「今回の案件は、二つ目と三つめが関わっている。廃神社を含む神域を、保養型リゾート施設にする開発計画だそうだ。もちろん、地元の住民は大反対している」
周の言葉に続けて、樟葉がせせら笑って言う。
「このご時世で、大型リゾートなんて成功する見込みは少ないのにね?
でもまぁ、『古民家型ペンション』や『校舎型文化施設』、『商店街型商業施設』なんてのは、当たればブームになるかもだけど」
話を聞いていた空は、一番気になることを質問する。
「住民が反対しているのなら、工事は遅れ気味なんだろう? 具体的にどんな事件が起こっているのかな?」
空は一通り話を聞き終えると、樟葉たちには、
「ぼくも独自に調べたいことがある。それが終わったら、この案件、受けるかどうかを知らせよう。そうだね、1週間もらってもいいか?
ひょっとしたら、調査に君たちの協力をお願いするかもしれない」
そう答えて帰らせた後、瀬緒里に相談する。
瀬緒里は、文机に向かっている空の横に、きちんと正座して口を開いた。
「……我が背は、このお話、受けるのを躊躇っておいでのようですね?」
空は、座椅子ごと瀬緒里に向き直ってうなずく。
「うん。そもそも廃されたとはいえ神社は残っている。しかも土地の者の話では、開発区域のほとんどが神社の神域だったとのことだ。
さらに神社の成立には呪いの物語が伝わっているし、地鎮祭もおざなりだったようだ。
特別ないわく因縁がなくても、しっかり地鎮祭をやっていたとしても、こんな土地を造成するのは工事関係者にとって不安が大きいものだ。
それなのに、こんな地雷のような土地に手を入れるのに、その潰れた開発というのはあまりにも不用意すぎる。事故や事件が多発しても仕方ない」
「円田開発ですよ、空様。我が背は『神域を開発する』ということそのものが、許されざる行為だと仰りたいんですね?」
瀬緒里が静かに訊くと意外にも空は頭を振り、
「いえ、神域であってもきちんと手順に従って祀り上げ、その地の神の許しを得ている場合には、神域の開発もやむを得ないと思っています。そうでないと、神域の数が多いこの国では、開発行為なんてできなくなりますからね」
そう言うと、瀬緒里を見つめ、微笑んで言う。
「こんな事態に陥らないように、月宮神社や水分神社の敷地は、ぼくの父が個人所有地にしているんだ。
瀬緒里さんの家から滝までは、梅林も含めて『無常堂』名義になっている。だから、あの里の核になる場所には誰も手を付けられない」
「空様……」
瀬緒里がホッとした、そして感謝の気持ちを込めた眼差しで空を見る。だが、空は一つうなずくと、
「……が、この案件を受けたくないというのは、ぼくの個人的な感想に過ぎません。
だから、この案件に関わる必要があるのか、関わったらいい結果が得られるのか、誰が救われるのかを調べる必要はあると思っています。
断るなら断るなりに、相手を納得させるだけの材料は必要ですからね」
そう言って、現地の宿を調べ始めた。
それから3日後、空たちは現地に向かっていた。運転は周、樟葉が助手席でナビをし、後席には空と瀬緒里が座っている。
「しかし、瀬緒里さんまで乗って来られるとは思いませんでした。たまーに俺たちも、移動に『縮地』を使いますが、神様だから、もっと凄い技で俺たち全員を瞬間移動させていただけるかと思っていましたよ」
周がそう言うと、樟葉は面白くなさそうな顔で、
「瀬緒里さん。別にアタシは空さんの隣に座ったりしないから、安心して神様らしい移動の仕方をしてくださればいいのに。
車での移動って、時間はかかるは、身体は痛くなるわで大変でしょう?」
そう訊くと、瀬緒里は澄ました顔で、
「私が乗ったことがあるのは、馬や馬車、機関車や乗り合い自動車くらいのもので、自家用車などという乗り物に乗ったことはございませんでした。
人間の世界で生きるからには、いろいろな経験もしたいし、知識も得たいと思っています。それに我が背と一緒なら、どんな旅でも楽しいものです」
そう言うと、座ったまま寝ている空の胸にしなだれかかり、樟葉を見てニコッと笑う瀬緒里だった。
樟葉はムッとしながら前を向くが、そんな樟葉を周は小声で慰めた。
「相手は神様だ。しかも空さんと瀬織川津媛様は、ずいぶん前から縁がつながっているって兄貴に聞いたことがある。
縁が結ばれた順で言えば、俺や樟葉は媛より後だ。敵いはしないさ」
樟葉はぶつぶつと小声でぼやいた。
「そりゃ、解ってるけどさぁ。わざわざアタシの目の前でいちゃつかなくてもいいじゃない? アタシだって三界師匠から直々に、空さんのお世話を頼まれているんだから。
なんか、すべてにおいて敵わない相手から、空さんに甘える場面を見せつけられたら、自分が惨めな負け犬みたいに思えちゃうよ。
瀬緒里さんも、人前では空さんとイチャイチャしないでほしいなぁ。デレデレしすぎているし、それを許している空さんも空さんだけどさ。尻に敷かれてない?」
「話によれば、川津媛様はとても奥手で、空さんが最初の婿取りだったらしい。
おまけに空さんが生まれる前から、その縁を知らされていたもんだから、空さんが大人になるのが待ちきれなくて、まだ小学校に上がる前からアプローチしていたってことだぜ? 恋の年季と本気度が違うわな」
周が言うと、樟葉は思わず本音を漏らす。自分の心を感じたまま言葉にするのは、樟葉の良いところでも悪いところでもある。
「え、さすがにそれって舞い上がりすぎじゃ? それに見た目二十歳のお姉さんが小学校低学年の男子とだなんて。それってショ〇コンじゃん、きも」
「聞こえていますよ?」
間髪入れず、後席から瀬緒里が樟葉に言う。相変わらず、空の胸に笑顔でしがみついている瀬緒里だが、眼は笑っていない。周は慌てて樟葉に頼んだ。
「樟葉、頼むから媛に謝ってくれ! 車の中で神力なんて使われたら堪んないよ。この車、まだローンが残っているんだよ」
樟葉はムッとして黙りこくっていたが、やがて
「すみませんでした川津媛様。シ〇タコンは言い過ぎでした。あちらに着いたらお詫びに甘いものでも奢りますから、機嫌を直してください」
そう言うと、瀬緒里はニコリと笑って、
「そうですか? では私は、『あずま団子』と『きんつば』なるものを所望いたします。よろしくお願いしますね?」
そう言うと、彼女もまた、すやすやと寝息を立てはじめた。
★ ★ ★ ★ ★
承・現場の偵察
空たちを乗せた自動車が、現場の所在する町に入った瞬間、それまで寝ていた空はハッと目を開け、
「周、ちょっと停めてくれ」
そう言う。その隣では瀬緒里が半眼になって虚空を見据えていた。
周も町に入った途端、鳥肌が立つ感覚を覚えていたため、すぐに路肩に停車する。
「……空さん、凄いですね。現場までまだ10キロ以上あるんですよ。それでこの感覚ですから、現場はどのくらい荒れているんでしょうね?」
バックミラー越しに周が空を見て言う。空は鋭い目で窓の外を見ていたが、
「邪気のおおもとは動けないようだ。ただ、邪気に共鳴する霊や妖が多いのも事実だ。
樟葉、宿までの道のりはどのくらいだ?」
樟葉に訊く。
「えーと、あと8キロってところですね」
空は、道路を走行する自動車を眺めている。この道路は主要地方道で、片側1車線ではあるものの交通量は多い。それに開発工事の関係かダンプトラックなど工事用車両も頻繁に行き来している。
「……工事は止まっているんじゃなかったのか?」
空がつぶやいた時、樟葉がフロントガラスの向こうを指さして言った。
「周、あれを見て。ちょっとヤバくない?」
周は樟葉が指さす方向を見ると、ヒュウッと口笛を吹いて答えた。
「へっ、真っ昼間から百鬼夜行かよ。『夜行』って言うからには夜に出てほしかったぜ。
空さん、どうします? 突っ切りますか、それともやっつけますか?」
すると、空に瀬緒里が言う。
「我が背よ、あの妖どもはおおもとの邪気に惹かれて出て来たモノたち。道行く者を驚かすだけで、それ以上の影響を与えることはできません。
力のあるモノはおおもとに取り込まれて、邪気をさらに強める役割を担っております。
ですから、まずは現場とその周囲に結界を張り、邪気に取り込まれる霊や妖をこれ以上増やさないようにすべきです」
「ではまず、現場に行ってみようか。どんな奴らが待っているかは分からないが、大怨霊や大妖怪の類だったら、いったん撤退しよう」
空がそう決断すると、周はニヤリと笑い。ハンドルを握り直す。
「よし、じゃ突破ってことですね? 空さん、瀬緒里さん、樟葉、シートベルトをしっかり締めてくださいよ!」
周は右ウインカーを上げると再び車道に出て、
ブオンッ!
アクセルをいっぱいに踏み込んで急加速させる。あっという間にスピードは制限速度を超え、百鬼夜行の横をすり抜けて町の中央部へと爆走を始めた。
「ここが、件の宅地開発現場ですよ」
爆走10分、周は百鬼夜行も、途中で出会った『人じゃないモノども』も振り切って、今回の事件の元凶だと思われる宅地開発の現場に到着する。
「……これだけの波動だから、もっと霊や妖たちがうじゃうじゃいるかと思っていたけれど、妙に静かね?」
助手席で樟葉がいぶかしげにつぶやくと、空はうなずいて言う。
「ああ、本当ならこれだけの波動を浴びた霊や妖たちは、否応なく叩き起こされるはずだ。
そして目覚めたモノたちは、自分の領分を守るため、この波動に突っ掛かってくる。
すると、おおもとの何かはそいつらを遠慮会釈なく取り込んでいく。だからこの辺りは霊や妖の真空地帯になっているんだ」
そう言うと、空は車を降りる。目の前に広がる風景は、木々が切り倒され、土地を大型重機で削ったり、下水管を通すために地面を大きく掘り下げたりと、今まさに突貫工事の真っ最中だった。重機だけでなく、ダンプやトラックなども仮設道路上を忙しく走り回り、資材や産業廃棄物を運んでいる。
だが空の眼には、これだけの広大な現場なのに、作業員がわずかしか見当たらないことが奇異に映った。
「あぁ~。こりゃ現場作業員がぜんぜん足りてねぇわ」
空の隣に立って、現場を眺めている周が、面白いものを見るような口調で言う。
「ぼくの目でも作業員が少ないなと思ったけれど、周が見てもやっぱりそう思うかい?」
空が訊くと、周はうなずいて、
「これだけの現場です。パース図にあった施設なんかを完成させるためには、まずは地質調査や区画割が必要です。それが終われば水道や下水路、ガス管、地下電線なんかを埋設し、そのあと道路を建造し、最後に区画の上に建物が立つんですが……」
そう言いながら現場を指さして、
「……が、できているのは作業や資材搬入のための仮設道路だけ。
下水管の本管埋設は結構な作業になりますし、それと並行して区画内の整理や水道、下水道、都市ガスや電線を埋設するには到底今いる人数じゃ間に合わないはずです。
それに、上物を造る会社は工期が迫っているのに、区画が出来ていないんじゃ作業にかかれないので気が気じゃないでしょう。
今頃は、円田開発の担当に、親会社である樹恩建設や他の事業体から、早く工事を進めろという催促の電話が鳴りっぱなしでしょうよ」
楽しそうに言って続ける。
「埋井ってクライアントの顔が引きつっていたのも、この状況なら納得です」
「で、周は何が主因だと思う?」
周は肩をすくめて答える。
「さて? もともとこの土地そのものが良くないうえに、御神木の伐採や井戸の埋め戻しは確実にやってますね。
それに、何かの封印を間違って解いているようだし、極めつけはなんか呪物が埋められているようです。こいつが『核』かな?」
いつしか樟葉も瀬緒里も、車を降りて現場を見ている。空はみんなを見て言った。
「よし、宿に行ってちょっと話し合いだ」
空たちは宿にチェックインすると、まずは空と周の部屋に集合する。ここで、それぞれが現場から読み取ったことを共有し、その後の方策を決めるのだ。
そして話し合いの結果、空たちは、先ほど周が言っていたような結論に達した。
つまり、
1.工事はほとんど進んでいない。進捗の遅れを見れば、現場で大きな事故や事件が起こっていることは確実。
2.土地に関する因縁が不明だが、内容によっては今回の件に関係があるはず。
3.井戸の埋め立て、神木の伐採が行われている可能性あり。
4.土地の要の場所に、ほぼ確実に何らかの呪物が埋められている。
……ということであり、空たちは『事故の実際』『地鎮祭の様子』『井戸埋め立て、神木伐採の有無』『土地の因縁』『着工前のトラブル』を手分けして調べることにした。
そのため、周はコンタクトを取ってきた埋井という円田開発の担当を呼び出した。
埋井氏は、周から連絡を受けると、空たちが指定した喫茶店にすっ飛んでやってきた。
「よかった。伏さん、受けていただけるんですね!?」
埋井氏は周の前に座ると、心底ほっとしたような顔でそう言う。だが、周はにべもなく首を横に振って答える。
「埋井さん、勘違いしないでほしいが、俺は狗神使いだ。今回のような込み入った事情がある案件は、俺だけじゃ手に負えない。
だから、この話をどうしても受けてほしいんなら、いくつか条件がある」
埋井氏は、周に訊き返す。
「条件とはいったい? 私どもはできるだけ内密に、かつ早急に処理していただきたいんですが」
「さっきも言ったとおり、この案件は俺一人でやっても絶対に失敗する。あの神域は手出しすべきじゃなかったし、手を出すならそれなりのやり方をすべきだった。
しかし、あの場所はもう穢れてしまっていて、近付く人間を飲み込み続けるだろう。
それくらいやばい案件だ。だから俺が選んだ助っ人を、必要な人数関わらせてほしい」
埋井氏は顔色を無くして少し考えていたが、こう答えた。
「……その方々は、口は堅いですか? 私どもも、いらぬ噂が広がったら、作業員を集めるのに苦労しますので」
「……実際、もう人集めには支障が出ているみたいだしな?
俺たちの仕事には、依頼内容や依頼主のことは秘密にするって暗黙の了解がある。ご懸念には及ばない」
そう答えると、安心したようにうなずく。
「条件はまだございますか?」
埋井氏が恐る恐ると言った感じで訊く。どんな無理難題を吹っ掛けられるかと心配している顔だ。だが、周は彼の顔色に頓着せずに条件を提示した。
「ああ。俺たちが現場作業員に話を聞くこと、質問には正直に話してもらえること、調査のために現場を動き回ることを許可してほしい。もちろん、工事の邪魔にはならないようにする」
「えっ?」
さすがにここまでの条件を出されるとは思っていなかったのか、埋井氏の顔が一瞬でひきつった。
「どうした? 法令違反など疚しいことをしているのでなければ、夜中に現場を調べたり、みんなの話を聞いたりすることに問題はないだろう?
むしろそれで問題の根幹がはっきりして、満足な結果に近付くと思うが?」
周がダメ押しのように言うと、埋井氏は頭を抱えていたが、
「その点については、現場監督に訊いてみないと分かりません。明日にでもお返事いたします。連絡はどうすればいいでしょうか?」
やっと顔を上げてそう言う。周はメモを取り出すと、さらさらとメールのアドレスを書き、埋井氏に手渡した。
「ここに送ってくれればいい」
次の日の朝、空と瀬緒里がロビーに降りてくると、すでに樟葉と周が待っていた。
「二人とも早いな。朝食は済んだかい?」
空が訊くと、樟葉がにっこりと笑って言う。
「おはよう空さん、瀬緒里さん。今朝早く、埋井さんから返事が来たわ」
「端的に言うと、こっちの要求を飲みました。背に腹は代えられないんでしょうね。
詳しくはさっさと朝飯を食べた後話しましょうか。今日は忙しくなりそうですから」
周はそう言うと、四人の先頭に立ってレストランに向かった。
四人は手早く食事を終えると、一旦空たちの部屋に戻る。周は樟葉の部屋から自分の荷物を持ってくると、タブレットを取り出し電源を入れた。
「俺の捨てアドに来たメールの内容はこれです」
周が画面をみんなに見せる。埋井氏の名で届いたメールを、樟葉が開いて見せる。
『ご提示の条件につきましては、次のとおりお答えいたします。
1.現場作業員への質問については、昼休みに全員を集めて話を聞く機会を設けます。1回で終わらない場合は、日勤帯の作業時間後に機会を設けます。
2.現場の確認については、監督の指示に従ってください。
3.なお、現場確認には、埋井が同行します。
当方はできるだけ早い事態の収束を希望しています。よろしくお力添えください』
「……ということです。現場作業員にはどうせ箝口令が敷かれているでしょうから、通り一遍の質問をして、現場確認に力を入れましょう」
周が言うと、樟葉は瀬緒里を見て言う。
「現場から上がったおじさんたちに話を聞いたらどうでしょう? 事件事故が起こってもまだ現場に残っているのは、責任感があるベテランです。
そういった人たちは、結構ゲンを担ぐもの。どれだけ箝口令が敷かれていても、気味悪さには勝てないと思うわ。
だからアタシと瀬緒里さんが、現場の状況に理解を示し、何をするのかを知らせてあげれば、案外正直に話をしてくれると思います」
それを聞いて、空はうなずいた。
「ぼくも樟葉に賛成だ。この案件の最善策は、ひょっとしたら何もしないことかもしれないが、それでも働いている人たちに気持ちの逃げ場は必要だろう。瀬緒里さん、お願いできますか?」
空の言葉に、瀬緒里はうなずく。
「分かりました。我が背たちはどうされますか?」
「ぼくはこの土地の因縁を探る。周は地鎮祭をした神主に会って、状況を聞き取ってくれないか?
だいたい、こんな神域やいわくがある土地のことは、土地の神社の神主や、お寺の住職ならたいていは知っているはずだ。
それなのに地鎮祭をしたってことが不思議なんだ。ぼくなら断るところだからね」
空が言うと、周はうなずいて言った。
「分かりました。その辺も含めて訊き込んできます」
★ ★ ★ ★ ★
転・現場検証と情報収集
周の話によると、神主や住職たちからの情報収集は案外うまくいったようだ。
なんでも、彼が神社に着くなり、鳥居を潜らぬうちから神主が血相を変えて駆けて来て、
「誰ですか、あなたは!? 境内に入るのは少し待ってください!」
そう、お願いとも非難ともつかぬ顔で叫んできたそうだ。
周はニヤリと笑ってバンダナを外して首にかけ、
「……悪い、ここは稲荷神社だったな? スケキヨたちは神域に入らないよう繋いでおくぜ。それならいいだろう?」
そう言うと、神主は鋭い目で周を睨み、
「……G県の山間の村に、狗神を扱う一族がまだ住んでいるとは聞いていたが……まさか君が?」
そう訊くと、周は笑ってあいさつした。
「ははは、狗神使いは俺がいた御犬集落だけじゃなく、まだ四国や九州にもいるぜ。
俺は伏周。今日はちょっと、あの造成地のことで訊きたいことがあるんだ」
すると神主は、暗い表情になり、
「……君がもし、円田開発から話を持ち掛けられたのなら、悪いことは言わない、断った方が身のためだ。私は仕方なく地鎮祭を引き受けたが、正直なところあれを鎮められるなんて思ってもいなかったし、実際に鎮まらなかった。
むしろ地鎮祭なんてしなかった方がまだマシだったとも思っている。下手に突いてしまったし、私もあれに目を付けられたかもしれない」
そう言う。周はうなずくと、
「……そんなこったろうと思った。もしよければ、神主さんが視たものを教えちゃくれないか? あの場所の周囲には俺の仲間が結界を張っていてな? 中にどんな奴が鎮座ましましているのか知りたがっているからさ」
すると神主は、
「……ここ一両日、妖の類が視られないのはそう言うことだったか……あの場所を封じるとは……」
感嘆するように言い、鳥居の外をじっと見つめて、
「……かなり格の高い狗神を連れているみたいだね? 分かった。君なら私の話を聞いても、無闇なことはしなさそうだ。こっちに来るといい」
そう言って、彼を社務所に案内してくれた。
「あの場所は、遠い昔は原生林だった。だが、鎌倉時代には人が入り、数軒の家が建った。
彼らは主に炭焼きと林業で生計を立てていたと、この神社の縁起にある」
神主はそう言いながら、古い書物と古地図を見せてくれる。土地の西側を川が縦断し、山手には神社、集落の真ん中には複数の井戸、周囲には石造物がいくつも描かれていた。
だが、周はその地図を見て、違和感を覚えた。
(なんだこの土地は。ここは人間がわざと忌地にしたとしか思えない)
そう考えている周に、神主は続けて言う。
「……あの場所が忌地になってしまったのは、戦国時代のことだ。北条氏康公が上杉謙信公と戦った時、たまたま戦場に近かった村は焼き滅ぼされてしまった。
村人たちには何の落ち度もなかったが、北条領の進撃路上にあるというだけで上杉軍に急襲された……郷土史にはそんな話が残っている」
「……でも、それ以降も人は住んでいたんでしょう? なぜ忌地などという話が?」
神主は、痛ましそうな顔で教えてくれる。
「あの土地が、他の地域の災いを身代わりになってすべて引き受けるような土地だからです。飢饉や天災、流行病の時、下流の集落は一切被害を受けませんでしたが、忌地はその度に何人かの犠牲者を出し、ついに流行病の時に村人は全員、死ぬか離村してしまいました。それでもまだ、あの土地は『悪しきもの』を吸い寄せ、吸い取り続けているんです」
周は古地図を見ながら訊いた。
「この土地の神社や、周囲の塞の神は、いつ頃、誰が建てたのか分かりますか?」
神主は首を振り、
「いえ。あの土地の神社については縁起も残っていません。
ただ、あそこに星が落ちて来て、その星が運んできた悪神と、土地神が戦ったのですが、村人の裏切りによって土地神が討たれたという伝承が残っています。
その土地神を祀る神社じゃないでしょうか?」
そう、伝承を教えてくれる。
(……星から落ちた悪神。村人の裏切りで悪神に負けた土地神……か。いよいよ根が深くなってきやがったぜ)
周はそう思い、最後に神主に訊いた。
「誰も祓おうとしなかったと仰いましたね? 地鎮祭の最中、見えたものは何ですか?」
神主は生気を失った笑顔で答えた。
「……異形の人面蜘でした。思い出したくもありません」
一方で、樟葉と瀬緒里の方も、現場作業員たちからいろいろな話を聞き取っていた。
埋井氏としては、会社の担当である自分が同席することで、現場の実情を隠したいという気持ちがあったんだろう。樟葉たちがこそこそと聞き回れば、それが現場の不気味さ……曰くや因縁を肯定するものとして受け止められかねない。
そんな噂の蔓延を防ぐために、現場作業員を集めて実質的に緘口令に近いような状況にすれば、現場には『案外噂ほどでもない』という雰囲気が生まれるかもしれない。
しかし、聞き取りは埋井氏の望んだ方向には動かなかった。
「昨年4月に着工して、地鎮祭が出来ずに半月ほど工事が始められませんでした。
昨年5月、工事開始早々、山上の社付近から山崩れが起き、作業区域のうち神域一帯を飲み込みました。現場事務所と監督所は神域外の高台にあったため人的被害はありませんでしたが、工事は一からやり直しになりました。
その際、重機や資材は一切が土砂で川に流されてしまいましたので、新たな資材の発注や機材のリースに1月かかり、このご時世で資材や機材がそろったのが7月の終盤でした。
そして8月初旬には、なぜか現場にばかりインフルエンザが流行り、人員が足りなくなって工事が進まず、やっと9月に木の伐採が終わりました。
そして10月には時ならぬ大雨で斜面が崩れ、この時は人的被害も出ています。これ以降、現場作業員が居つかず、後任者の確保にも苦労をしています。
11月に復旧作業が終わり、土地の開削が終わったのが12月中旬。同時期にやっと仮設道路が出来上がりました。
今年1月から、下水をはじめ地下埋設設備の作業を始めました。しかし人が足らず、しかもトレンチを掘っても頻繁に壁が崩落するので、矢板を打ち込みながら進めていますが、壁面が安定せずに工事が進められません。
最初の地質調査では、地盤には何ら問題がないとの結果でしたので、私どもも困惑しています」
現場監督は、埋井氏に頓着せず、かなり細かく現場の出来事を時系列で話してくれた。
樟葉が、現場監督にお礼を言って、全員に話しかける。
「恐らく、相当な人的被害も出ているのでしょうけれど、これだけいろいろなことが起こったって聞くと、やはり何らかの要因を考えてしまうわね。
みんなの中で、変わった出来事や不思議な体験をした人はいる? それと、辞めて行った人たちがどんなことを言っていたか、知っている人がいれば教えてほしいわ」
「工事に関係することだけとは限りません。兆しはいつも、日常の風景に紛れています。
ちょっとでも違和感を覚えたことがあれば、話していただけませんか?」
瀬緒里が静かな声で言うと、50代後半のいかにもベテランという感じの作業員が埋井氏を睨みつけて言った。
「埋井さん、あんた、どうして地鎮祭の時のできごとを教えていないんだ?」
「そ、それは……お年寄りの単なる暴言ですので。開発事業をやっていると、わざわざ地鎮祭の時に嫌がらせをする方もいらっしゃいますので」
埋井氏が汗を拭きながら釈明するが、現場監督は収まらない。
「あんな不気味な出来事は、俺たちが言わなくても話しておくべきだろう。元々この土地は触っちゃいけないと言われていた。あの出来事で、完全にやる気を失った作業員も多かったんだ」
そう言うと、地鎮祭の様子を話し出そうとした。しかしそれを埋井氏が止める。
「止めろ! 残った作業員の士気まで落とす気か!? その話は私がちゃんとお伝えしておく。何か別の件で話せることはないのか?」
埋井氏がかなりの剣幕で怒鳴ったので、現場監督も気を飲まれて口をつぐむ。その代わり、彼はしばらくしてこんなことを話し出した。
「……では、地鎮祭のことは埋井さんにお聞きください。俺は、直属の部下で頼りにしていた男たちがいなくなった時の話をします」
埋井氏も初耳だったのか、黙って現場監督の話に聞き入る。
「そいつらは、腕のいい重機オペレーターと左官でした。その二人が、今から1週間前の昼休み、俺を現場に呼び出したんです。
ちょうど下水の本管を埋めるためのトレンチを掘っていたんで、場所が場所だけに『ひょっとしたら埋蔵文化財でも掘り当てちまったか? そんなだったら、また工事をストップさせられるじゃないか』と思いながら呼び出された場所に急ぎました」
現場監督はそう言うと、胸のポケットから1枚の写真を取り出し、樟葉に渡しながら言った。
「……すると二人は、トレンチの前で穴を覗き込み、何か話し合っていたんです。
どうしたのかと聞いたら、オペレーターが穴を指さし、
『掘っていたら、あんなものが出てきました。これってやはり文化財的な何かでしょうか?』
そう聞いてきたので、穴を覗き込むと、確かにそこに、葛籠って言うんでしょうか? そんなものが埋まっていたんです」
樟葉は手渡された写真を見る。籐を編み込んだ箱の中に、古い鏡と錆びた剣、そして動物の牙らしきものが入っている。
「これは……」
樟葉が眉を寄せる。被写体は明らかに呪物の雰囲気をまとっていた。
現場監督は青い顔になった樟葉を見てため息をつき、
「はぁ、お嬢さんのその反応を見て、やはりあれはただのゴミじゃないって判りました」
そう言う。瀬緒里はチラと写真を一瞥し、現場監督に訊く。
「この品物、どうされました?」
現場監督は不安そうな顔をして答えた。
「……どうにもこうにも、俺たちじゃどうしようもないから、そのまま埋め戻しましたが。
でも、次の日にオペレーターが現場に来なくて、下宿に行ったら姿を消していました。彼の実家にも連絡を入れて、捜索願も出してもらっていますが、1週間経った今も行方不明です。
そして左官も3日前に姿を消しました。何の前触れもなく。もちろん彼も実家には戻っていません。奴には妻も子どももいたのに……」
そんな話を聞いて、樟葉と瀬緒里は引き上げて来た。
その日の夜、ぼくたちは再び部屋に集まって互いの情報を共有する。
「空さん、この土地の因縁は分かった? まぁ、それがなくても凄いことになってるけど」
周、樟葉と報告してくれた後、樟葉が訊いて来る。
ぼくはうなずいて、僕が知り得た情報を話した。
「あの土地が忌地になったのは、周が報告してくれたとおり人為的なものだ。ただし、それは伝承によるような、戦による狼藉が原因ではない」
「……それ以前から、あの土地は何か細工がされていた、ということですか?」
瀬緒里さんが訊いて来る。ぼくはうなずいた。
「あの土地に人が住み着いたのは鎌倉時代ではありません。平安時代の貴族の日記に、この辺りが有力貴族に寄進されていた記事があったのを思い出しましてね?
調べてみたところ、あの土地も寄進された荘園に含まれていたことが分かりました。1100年代に寄進されるほどの土地です、人が手を加えるようになってから少なくとも千年は経っているはずです」
ぼくの言葉に、瀬緒里さんがうなずく。
「……でしょうね。神社跡を見ましたが、そこに転がされていた石塔に、天慶の年号が入っていましたから……でも、郷土史の研究家が、何故それを見逃したのか、あるいは無視したのかは解りませんが」
「天慶……ということは、少なくとも900年代中頃には神社が成立していたことになりますね。ひょっとしたら地勢的に、平将門に関係があるんじゃありませんか?」
周が言う。確かにその線も関わっている可能性は高い。しかし問題は、忌地のそもそもの起こりだ。
「あの土地の下流にもいくつか集落がありました。今ではその区域は町になっていますが、町の中心は川沿いにはありません。みんな忌地の祟りを恐れて、川から離れた場所に移り住んだのです。
つまりあの場所が忌地であることは、この地域に古くから住んでいる人々はみんな言い伝えで知っていた。それを知らない開発業者が封印を解き、さらに新たな呪いまで発生させてしまった……」
「それが、埋められていた葛籠ってことですね?」
ぼくが言うと、周が敏感に反応する。彼は地鎮祭の時のトラブルを知っていた。
「ああ。周の話では、地鎮祭に地元の老婆が乱入し、『この土地に呪いをかけた』と言ったそうだね? 老婆は恐らく、忌地を管理していた家の末裔だ。
だから老婆が言っていたことは決して嘘でもはったりでもない。現に呪物が出てきているからね。まずはその老婆を探し出し、彼女の呪いだけでも解くしかないな」
★ ★ ★ ★ ★
結・因果の応報
だが、老婆を探し出すことはできなかった。より正確には、老婆は地鎮祭に乗り込んで警察の世話になると、釈放されたその足であの神社跡に行き、そこで首を吊っていた。
「……う~ん、こうなると、もうアタシたちの手には負えないんじゃない?
もともと穢れを吸い取り封印するために造られた土地に、井戸は祓わず埋めるは、その中に仏像は投げ込むは、御神木は勝手に伐採するは、挙句の果てには呪いでしょ?
これってやっちゃいけないことのオンパレードじゃない。こんなのに関わったら、命がいくつあっても足りないわよ?」
樟葉の言葉に、周が真剣な顔で突っ込む。
「そのとおりだが、もう一つ、決定的なやらかしが抜けているぞ?」
「決定的なこと?」
「ああ、神主さんから古地図を見せてもらって気付いたが、あの土地は元々古墳の形に整地されていた。そして神社を起点に、道祖神が4か所、五芒星を描くように配置されていたんだ。これはたぶん、神域中に住む人を守るためじゃないかな? 管理する者がいないと、せっかくの忌地がその用をなさなくなるからな。
さらに、その道祖神はすべて表を村側に、つまり村から何かが出られないように置かれていたことが、1か所だけ残っている道祖神から分かっている」
周の言葉に、ぼくが付け加える。
「もっと言うとだね、集落は逆四神相応になっている。そして古墳の形というのは、見方を変えればヒトガタだ。あの土地は千年以上にわたって穢れを吸い続けていた」
「……それが、開発行為によって封印が解かれたってことか。じゃあ、百鬼夜行なんてまだまだ序の口ってとこだな」
周が腕を組んでそうつぶやく。葛葉は不機嫌そうに黙っている。二人とも、こんな依頼は早く断って、家に帰りたそうだった。
ぼくは真剣な顔で言う。
「ああ。樟葉の言葉じゃないが、あの土地には忌地としての土地神の祟り、埋められた井戸の祟り、そこに投げ入れられた御仏の怒り、突然伐採された御神木の祟り、そして老婆の呪いと、祟りや呪詛がてんこ盛りになっている。
しかも、それらを漏らさぬようにしていた結界も人為的に破られ、邪気は川を下って海にまで達している。
こんな状況だ、ぼくたちはどうすればいいか、君たちの考えを聞かせてくれ」
三人とも黙って考えていたが、最初に樟葉が意見を言った。
「……個人的には、もう家に帰りたいけど、空さんの性格からすれば、できるだけのことはしたいんでしょ?
じゃあさ、呪物を見つけて浄化するだけってどう?」
すると周が反対する。
「呪物が邪気のただの構成要素だったらそれでもいいが、あいつは邪気全体をまとめる『核』になっている。手を出せば、まず間違いなく土地の祟り神が出てくる。
下手をすれば井戸神や御神木の神、仏像に宿る仏さんまで相手にすることになるぞ。
俺は、この依頼はここでストップすべきだと思う」
「……瀬緒里さんは、どう思われますか?」
さっきから瀬緒里さんは何も話さない。それでぼくは、彼女が神様らしいことを考えているのだと感じ取った。
「……我が背は、最初この話に乗り気ではございませんでしたね?」
瀬緒里さんは口を開き、ぼくに訊いてくる。ぼくは面食らいながらもうなずいた。
「ええ。関わるべき案件ではないと思いましたので」
「でも、今はできるだけ邪気の影響が出ないようにしたいと考えている……そうですね?」
それにも、ぼくはうなずいた。
「伏どのが言うように、呪物は今回のカギです。あの呪物は確かに祟り神が呪詛をまき散らすための『核』になっていて、あの呪物に土地の怨嗟がすべて集まっています。
だから、邪気の影響を弱め、怨嗟を散らすには、呪物の浄化が一番ですが……」
そこでいったん言葉を切った瀬緒里さんは、心配そうな目でぼくを見て、
「……一番ですが、呪物に触れることは祟り神に果たし状を叩きつけるようなもの。
あの祟り神には、私たちは敵いません。ただでさえ、神は祓えないのです」
瀬緒里さんの言葉に、ぼくたちは何も言えなくなった。同じ神だからこそ言える瀬緒里さんの言葉には、ぼくたちに現実を突きつける重さがある。
「ただ、同じ神として、土地神を祟り神のままにしておきたくないという気持ちもございます。そこで、私が月宮の皇子様に相談して参りましょう。祟り神を鎮めるのにお力添えをいただけないかと。
もし断られましたら、神域の外側に結界を張るだけに留めましょう。邪気が薄まれば、この川の神が残りの邪気を祓うでしょうから」
ぼくたちにできることは、本当にそれだけしかない。ぼくたちは瀬緒里さんの提案に同意した。
月詠命は、天照大神、素戔嗚命と共に日本神話では有名な神様で、この三柱の神様は『三貴人』と呼ばれている。
夜の世界を統治する月詠命は、その名のとおり月に通じる異界に社殿を構え、桂人という童子、氷人という巫女を筆頭に、月兎という眷属を従えている。
「……麿に客人じゃと?」
紫の衣冠束帯に冠という装束で執務していた月詠命は、氷人の報告に筆を止める。
「はい。神力は中級の地祇ですが、いかがいたしましょう?」
月詠命は、ハッとするほど白い顔に光る翠の瞳を宙に漂わせ、ふっと笑って訊く。
「氷人、中級の地祇と申したが、わざわざ麿に報告に来たのは、その者が瀬織川津媛命だからでおじゃろう?」
「ご明察」
「……麿の可愛い媛じゃ。話だけでも聞いて進ぜようかのう。氷人、その者を聴聞閣に通せ。麿はすぐに参る」
「御意」
氷人は、月詠命の命を受けると、音もなく部屋を下がった。
その後ろ姿を見送り、月詠命は困ったように微笑んでつぶやいた。
「……媛の気持ちは分かるでおじゃるが、これだけ怒り狂い、怨嗟に満ちておれば、何もしないのが一番でおじゃる。さてさて、どう説得したものでおじゃるかな?」
聴聞閣に通された川津媛(瀬緒里)は、緊張のあまり気が遠くなりそうだった。月詠命の眷属である月兎たちが何くれと世話を焼いてくれているため、何とか気を失わずに保っているのだ。
そもそも川津媛は土着の地祇であり、これまで天神の社殿に入ったことはなかった。そういった機会はなく、神格が違い過ぎると気分が優れなくなる場合もあるためだ。
しかも今いる社殿の主は天神の中の天神、三貴人の一柱である月詠命の社殿だ、緊張するのも仕方ない。
だが、月詠命こと月宮の皇子から空との縁を宛がわれた彼女としては、この縁を頼って相談するしかないと勇気を振り絞ったのだ。
やがて、静かな雅楽の音色が聞こえ、月詠命が鬟を結った童子を先導に聴聞閣に入って来た。月詠命は優雅な微笑を浮かべたまま、川津媛の対面にある床几に腰を下ろす。
「……久しぶりでおじゃるな、川津媛命。息災にしておじゃったかの?」
銀色の淡い光をまとっている月詠命は、月夜に響く横笛のような声で訊いた。
「……おかげさまで、我が背ともども元気にしております」
川津媛の震え声が可愛らしかったのであろう、月詠命は快活に笑って、
「ほほほ、さすが芯の強い川津媛命でも、麿が屋敷では緊張するでおじゃるかの? まあ、麿とそなたは特別な仲におじゃる。もそっと気を楽に持つとよい」
そう言うと、傍らの童子を見て命じる。
「桂人、神酒をもて。それと、麿は川津媛命と二人で話がしたいでおじゃるゆえ、神酒を注いだ後はそなたは遠慮せよ。解ったでおじゃるな?」
「承知いたしました」
桂人は深々と礼をしてその場を外した。
その後、しばらくは月詠命と川津媛は、月宮の里の話をした。
「あの里は殊に月が美しゅうてな。麿が自慢の社殿の一つでおじゃった。今度はそなたや月宮の坊に呼び出されるのではなく、麿が遊びに行きたいものでおじゃるな」
冗談のように言った月詠命だったが、川津媛の言葉で喜びに目を輝かせる。
「はい。3年前同様、我が背が社殿を守っておりまするゆえ、まだ神域は清浄に保たれておりまする。ぜひおいでくださいませ」
「それは良いことを聞いたでおじゃる。では久しぶりに月宮に参り、気に入ったらそこで酒を酌み、月を愛でるもまた風流でおじゃろうな」
そう言いつつ、川津媛の緊張が解れたと見た月詠命は、神酒を口に運びながら、
「時に川津媛命。本日そなたが麿を訪ねて参った理由は大体分かっておじゃるが、そなたの気持ちや考えを聞いておじゃらぬ。
月宮の坊が最初に感じたように、この件は手出しすればするほど深みにはまるでおじゃる。
そなたも解っておるはずじゃが、敢えて麿を訪ねて来た理由が知りたいでおじゃるな」
そう、やわらかい口調で静かに訊いた。
川津媛は、困ったような笑みを浮かべて答える。
「我が背は、月宮の皇子様もご存じのとおり、義に溢れ情に篤い性格。すべての怨嗟は祓えぬとも、せめて人間には影響を少なくしたいとのお考えです。
それに共鳴したことと、同じ地祇として、土地神を祟り神のまま放っておくことが心苦しくて、皇子様をお頼りいたしました」
月詠命は黙って神酒を舐めながら、川津媛の話を聞いていた。
やがて月詠命は、自ら神酒を盃に注ぎ、ため息と共に答える。
「……月宮の坊と川津媛命の気持ちは解るでおじゃる。麿も、祟り神を戻せるなら戻したいでおじゃる。
しかし、今回の件、最初から現在まで、すべて人間の恣意と欲が原因ではおじゃらぬか?
されば、麿は土地神や怒れる御仏を討つ気持ちは持っておじゃらぬ。自ら蒔いた種は自ら刈り取るのが世の習いにおじゃれば、麿はそれに逆らう気落ちはないでおじゃる」
それを聞いて、川津媛は寂しそうにうなずいた。
「そうですよね? 月宮の皇子様が仰るとおりだと思います」
そう言うと立ち上がる川津媛に、優しい顔で訊く。
「もう坊のところに戻るでおじゃるか?」
「はい、我が背が待っております。本日は突然押し掛け、誠に申し訳ございませんでした」
挨拶する川津媛に、月詠命は微笑んで返した。
「構わぬ。いかい楽しかったでおじゃるよ」
そして、こう言った。
「月宮の坊に、『水晶では塞ぐな、黒曜石で塞げ』、そう伝えてやると良いでおじゃろう」
それを聞いて、川津媛の顔がパッと輝いた。
それから2日後、ぼくたちは『無常堂』に帰って来ていた。
帰りの車内では、誰一人口を利くものはいなかった。ただ、町を出る時、
「……あの結界、どれくらい持つかなぁ?」
樟葉がぽつりと言ったくらいで、後は全員が終始無言だった。
それでも、『無常堂』の近く、月詠神社の前まで来た時には、周も樟葉も元気を取り戻していた。
「……じゃ、空さん、今回は金にならない仕事につき合わせちまってすみません。瀬緒里さんもありがとうございました」
「空さん、瀬緒里さん、ばいばーい。まったね~♪」
二人は手を振って、それぞれの家へと帰って行った。
「……金にならない仕事、か。本当、瀬緒里さんにはお世話かけますね?」
ぼくが言うと、瀬緒里さんはくすっと笑いながら答える。
「いえ、町の人たちのためにあの空間を封印するなんて空様らしいです。それにしても、あの土地は今後どうなるのでしょうか?」
「埋井氏と現場監督が亡くなったから、実質的に工事は無理なんじゃないかな? それにこんな悪い噂が流れた現場なんて、引き継ぐ業者がいるとは思えないな。多分、工事未了のまま放っとかれるんじゃないかな?」
ぼくが答えると、瀬緒里さんは神妙な顔でうなずき、
「手を出して荒らすものがいるから、祟り神は騒ぎます。本当に工事が中止になり、計画が白紙になったら、少しは祟り神もおとなしくしてくれるかもしれません」
そう言うと、哀しそうにうつむいた。
「すみません空様。月宮の皇子様から『今回の件、最初から現在まで、すべて人間の恣意と欲が原因』と言われた時、返す言葉がございませんでした」
ぼくは瀬緒里さんの頭を撫でながら言う。
「それは仕方ありません。月宮の皇子様の仰るとおりだし、ぼくだって最初、そう思ったから依頼を受けるのを躊躇したんですから。
瀬緒里さんのせいじゃありませんよ。神域を封鎖できただけでも万々歳です」
それでもまだ、瀬緒里さんがほろ苦い笑顔をしているのを見て、ぼくは元気づけるために言った。
「神域の封鎖が成功したのは、瀬緒里さんが月宮の皇子様から助言をいただけたからです。
瀬緒里さんは最高の殊勲者ですよ。だからご褒美を差し上げます。何がいいですか?
甘いものがいいなら買ってきますし、今夜は出前でも取りましょうか?」
すると、瀬緒里さんは何を思いついたか、青を赤らめて言った。
「じゃ、じゃあ、今夜は『無常堂』じゃなく、社務所で夕飯を食べて寝たいです。いけませんか?」
ぼくは不思議に思ったので、その意図を訊いてみる。
「それは構いませんけど、何故社務所で?『無常堂』の方が落ち着きませんか?」
すると瀬緒里さんは、頬を赤らめながらもこう言った。
「だって、自動車というものに長く乗っていたんで、肩や腰が痛むのです。きっと空様も同じなのではありませんか?」
「え……まあ、片道4時間くらいかかりましたからね。確かに肩は凝っていますし、腰も痛いです」
ぼくの返事にうなずいた瀬緒里さんは、顔の前で両手を合わせ、にこりと笑った。
「社務所のお風呂の方が身体を伸ばせます。それに二人で一緒に入れますし。だから私が我が背の背中を流して差し上げます。
その代わり、お風呂上りに腰をもんでいただけたら嬉しいです」
と、普通の男にとって(まあ、ぼくもそうなんだが)ご褒美でしかないことを、嬉々として頼んで来る瀬緒里さんだった。
【無常堂夜話10:土地の祟りの物語 終わり】
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
今回、空たちは『祓わない』という決断をしました。実際には相手が神であること、さまざまな怨念の複合体であるゆえに『祓えない』という結論からの決断でしたが、仮に能力的に祓うことが可能であっても、『祓わない』という決断をしたのではないかと思います。
世の中、静観した方が良いこと、手を出したがゆえにややこしくなって解決が難しくなることはままあります。
クライアントが悪の場合、その依頼を遂行することが正しいのか? これは悪の性質や依頼内容で変わって来るのかもしれませんが、今回の場合はどうなのでしょう?
では、次回もお楽しみに!




