女性と付き合いたいなら汚いものを心の中から 捨てなさい
「女の子と付き合いたいなら、まず心の中の汚いもん、捨てろ」
言ったのは、バイト先の先輩、杉山だった。
深夜のファミレス、客もまばらで、アイスティーの氷が音を立てていた。俺は恋愛相談のつもりで軽く話しただけだったのに、彼は真剣な顔でそれだけを言った。
「どういうことっすか、それ」
「見返りを求めるな、点数をつけるな。『どうせ断られるだろ』『俺なんかじゃムリだろ』っていう逃げの言い訳、全部ゴミだ。そういうの、心に詰めたまま誰かの前に立つな。バレるから」
静かに、だけど鋭く突き刺さる言葉だった。
***
俺は今まで、“いいやつ”を演じるのが得意だった。
ドアを開けてあげる、LINEはまめに返信する、デート代は奢る。でもそのたびに、心の奥では「これで少しは好感度上がったか?」と計算していた。
そして、思い通りに進まなかったときは、「女ってやっぱり外見しか見てないんだよな」とか、「俺の努力はなんだったんだ」と、見えない誰かに毒を吐いていた。
だけど、それが“汚いもの”だなんて、正直思ってなかった。
努力の一部だと思ってた。恋愛って、そういうゲームみたいなものだと――どこかでそう思ってた。
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その晩、部屋に帰って、自分の胸に手を当てた。
本当に人を好きになったことがあるだろうか?
彼女の笑顔が見たいと思ったことが、純粋に、ただそれだけで動いたことがあったか?
答えは、沈黙だった。
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それから俺は、杉山の言葉を反芻するようになった。
少しずつ、心の中を点検していくように、日々を見つめ直した。
SNSで自分の「モテそうな写真」ばかり投稿していないか。
人と比べて、「どうせ俺なんて」と卑屈になっていないか。
会話の中で、「この話をしたらウケる」と打算で笑いをとってないか。
気づくと、俺は、誰かに“好きになってもらえる自分”を演じるために、人間関係のほとんどを設計していた。
それが、汚れだった。
誰かを汚したわけじゃない。自分を、だ。
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そんな俺の前に、ある日突然、彼女が現れた。
加瀬みのり。大学のゼミで同じチームになった子。
素朴で、飾らず、いつもどこか真剣な目をしていた。
彼女と話していると、嘘がつけなかった。見栄も張れなかった。
「私、きれいごとって、嫌いじゃないよ。だって、誰かが本気でそう思おうとした証拠じゃん」
そう笑った彼女の言葉に、心が震えた。
今までの自分なら、「ああ、ポイント稼げそうなセリフだな」と思ってたかもしれない。
でもその日はただ、黙って「いい言葉だね」とだけ返した。
素直に、心から。
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帰り道、コンビニでホットコーヒーを買いながら、杉山の言葉がまた浮かんだ。
「心が濁ってると、恋愛は始まらないんだよ。綺麗になれってことじゃない。ただ、嘘でごまかすなってことだ」
俺は、その夜から“減らす”努力を始めた。
誰かを羨む気持ち。
誰かより優位に立ちたいという欲。
そして、他人を都合よく解釈しようとする傲慢さ。
完全には無理だ。人間だもの。
だけど、それに気づくことからしか、恋も人生も変わらない。
***
数週間後、加瀬さんに、思いきって気持ちを伝えた。
震えた。足も手も、声も震えた。
でも、相手の顔色を伺わず、自分の気持ちだけをちゃんと話した。
「……ありがとう。すごく嬉しい」
彼女はそう言って、少しだけ俯いた。
「今すぐ返事はできないけど……あなたが誠実な人だってことは、すごく伝わったよ」
その言葉で、泣きそうになった。
勝ち負けじゃない。YESかNOかでもない。
俺は、自分を偽らずに、誰かと向き合えた。そのことが、何より誇らしかった。
***
恋愛って、きっと鏡なんだと思う。
自分の心が濁っていれば、相手もそう見える。
だけど、自分の心を磨けば、相手の優しさや美しさがちゃんと映るようになる。
恋をしたいなら、誰かと心を通わせたいなら――
まずは、自分の中の“汚れ”を見つめることから始めよう。
それは恥じゃない。
むしろ、最初にそれができる男が、本当に誰かを大切にできるんだと、今は思える。