表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/9

女性と付き合いたいなら汚いものを心の中から 捨てなさい





 「女の子と付き合いたいなら、まず心の中の汚いもん、捨てろ」


 言ったのは、バイト先の先輩、杉山だった。


 深夜のファミレス、客もまばらで、アイスティーの氷が音を立てていた。俺は恋愛相談のつもりで軽く話しただけだったのに、彼は真剣な顔でそれだけを言った。


 「どういうことっすか、それ」


 「見返りを求めるな、点数をつけるな。『どうせ断られるだろ』『俺なんかじゃムリだろ』っていう逃げの言い訳、全部ゴミだ。そういうの、心に詰めたまま誰かの前に立つな。バレるから」


 静かに、だけど鋭く突き刺さる言葉だった。


 ***


 俺は今まで、“いいやつ”を演じるのが得意だった。


 ドアを開けてあげる、LINEはまめに返信する、デート代は奢る。でもそのたびに、心の奥では「これで少しは好感度上がったか?」と計算していた。


 そして、思い通りに進まなかったときは、「女ってやっぱり外見しか見てないんだよな」とか、「俺の努力はなんだったんだ」と、見えない誰かに毒を吐いていた。


 だけど、それが“汚いもの”だなんて、正直思ってなかった。


 努力の一部だと思ってた。恋愛って、そういうゲームみたいなものだと――どこかでそう思ってた。


 ***


 その晩、部屋に帰って、自分の胸に手を当てた。


 本当に人を好きになったことがあるだろうか?


 彼女の笑顔が見たいと思ったことが、純粋に、ただそれだけで動いたことがあったか?


 答えは、沈黙だった。


 ***


 それから俺は、杉山の言葉を反芻するようになった。


 少しずつ、心の中を点検していくように、日々を見つめ直した。

 SNSで自分の「モテそうな写真」ばかり投稿していないか。

 人と比べて、「どうせ俺なんて」と卑屈になっていないか。

 会話の中で、「この話をしたらウケる」と打算で笑いをとってないか。


 気づくと、俺は、誰かに“好きになってもらえる自分”を演じるために、人間関係のほとんどを設計していた。


 それが、汚れだった。

 誰かを汚したわけじゃない。自分を、だ。


 ***


 そんな俺の前に、ある日突然、彼女が現れた。


 加瀬みのり。大学のゼミで同じチームになった子。

 素朴で、飾らず、いつもどこか真剣な目をしていた。

 彼女と話していると、嘘がつけなかった。見栄も張れなかった。


 「私、きれいごとって、嫌いじゃないよ。だって、誰かが本気でそう思おうとした証拠じゃん」


 そう笑った彼女の言葉に、心が震えた。

 今までの自分なら、「ああ、ポイント稼げそうなセリフだな」と思ってたかもしれない。

 でもその日はただ、黙って「いい言葉だね」とだけ返した。

 素直に、心から。


 ***


 帰り道、コンビニでホットコーヒーを買いながら、杉山の言葉がまた浮かんだ。


 「心が濁ってると、恋愛は始まらないんだよ。綺麗になれってことじゃない。ただ、嘘でごまかすなってことだ」


 俺は、その夜から“減らす”努力を始めた。


 誰かを羨む気持ち。

 誰かより優位に立ちたいという欲。

 そして、他人を都合よく解釈しようとする傲慢さ。


 完全には無理だ。人間だもの。

 だけど、それに気づくことからしか、恋も人生も変わらない。


 ***


 数週間後、加瀬さんに、思いきって気持ちを伝えた。

 震えた。足も手も、声も震えた。

 でも、相手の顔色を伺わず、自分の気持ちだけをちゃんと話した。


 「……ありがとう。すごく嬉しい」


 彼女はそう言って、少しだけ俯いた。


 「今すぐ返事はできないけど……あなたが誠実な人だってことは、すごく伝わったよ」


 その言葉で、泣きそうになった。

 勝ち負けじゃない。YESかNOかでもない。

 俺は、自分を偽らずに、誰かと向き合えた。そのことが、何より誇らしかった。


 ***


 恋愛って、きっと鏡なんだと思う。


 自分の心が濁っていれば、相手もそう見える。

 だけど、自分の心を磨けば、相手の優しさや美しさがちゃんと映るようになる。


 恋をしたいなら、誰かと心を通わせたいなら――

 まずは、自分の中の“汚れ”を見つめることから始めよう。


 それは恥じゃない。

 むしろ、最初にそれができる男が、本当に誰かを大切にできるんだと、今は思える。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ