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キンセンカ  作者: 櫻美
8/9

あの日の夜、茂兄ちゃんは

誰かに謝り続けていた。そして、

涙が途切れるとふと顔を上げて私に微笑み

「もう、大丈夫。送っていく」そう言って

私を家まで届け「本当に大丈夫?」と気にかけると

何も言わず手を振って行ってしまった。

玄関に入るとすぐに父が部屋から出てきて

「おかえり。寄り道でもしてたか?」

怒っている様子ではなかったけれど

珍しく心配しているように見えた。

玄関にある時計に目をやると

深夜十二時をとっくに過ぎていた。


「ただいま、遅くなってごめんなさい」と言うと

父はまだ何か言いたそうにしていたけれど

「先に風呂でも入ってきたらどうだ?」

それだけ言って部屋に戻って行った。

靴を脱いで家に上がり一度

居間へ行くと父は椅子にもたれてぼーっと

テレビの画面を眺めていた。

テーブルの上にはグラスが置かれていたけれど

中身はお酒ではなくお茶。

珍しく見た父親の一面だった。

風呂から上がると父は頬杖をつきながら

首をこっくりこっくりとさせ、

起こすと悪いと思ったのでブランケットを掛けて

そっとしておいた。

漸く布団に滑り込むと今日の出来事を

思い出す前に深い眠りについた。

次の日の朝、目が覚めてすぐにカレンダーで

日付を確認し店の手伝いがない日だと分かると

ホッとする所から一日が始まった。

部屋から出てすぐ香ばしい珈琲の香りが漂い

居間へ向かうと寛ぐ父がいる。


「おはよう」

「ん、」

「朝ごはん食べた?」

「いいや、」

「そう。食パン焼くけどいらない?」

「俺はいい」


食パンが焼けるまでの間

トースターを意味もなく覗き込んで

バターがジワジワとパンの中に

溶け込んでいく様と香ばしい匂いに

幸福感を感じていたけれど、

一本の電話がきっかけで壊されてしまった。

父は携帯を耳に当て低い声で「もしもし」と

そこからは相手が話すので父はたまに

「うん、」とか「だから言ったんだ」とか

そして、「とにかく今日にでも家へ来い」と

それで電話は終わった。

私はすぐに内容は昨日の事で

電話の相手は無論、叔父さんだと言う事を察した。

父親はちらりと私の方を見るとすぐに

視線を落としマグカップに手をかけ

「昨日、何かあったようだな」と

低い声で呟いた。私は心臓をどきどきさせ

小さく「うん」とだけ答えそこから

部屋は静まり、明らかに父はピリピリとしていて

息が詰まりそうで、堪らず自分の部屋に逃げた。

布団に寝転がって本を読んだら

たまに天井をじっと見つめたり

意味もなく窓を開けて外を眺めたり

落ち着かないまま待ってくれるはずもなく

日は沈み始めてしまった。

夕方六時を少し過ぎた頃に

チャイムが鳴り父親はベタベタと足音を立てて

玄関の方へ向かって行った。

ガチャリと扉が開くと同時に叔父さんの声で

「お邪魔します、これ」

「紀美子は一緒じゃないのか、」

「あぁ、まぁ。」

「そうか、とにかく上がれ」

二人の足音は居間の方へと向かって行った。

私は音を立てないようにそっと部屋の扉を開け

息を殺して聞き耳を立てていた。


「しずちゃんは?」

「部屋にいる、」

「そうか、後で謝らんとな。

びっくりさせてしまったからな」


本題に入ると、二人は小さい声で話したので

殆ど聞き取れなかったけれどその中でも

はっきり聞き取れたのは

叔父さんが言った

「俺じゃあかんのかもしれへんな」

それに答えるように父が

「何度もそう言っているだろ」

紀美子さんと茂兄さんの顔を思い浮かべると

何故か、耳を塞ぎたくなった。

それから一時間ぐらい経って漸く

叔父さんの声で

「今日はこの辺で帰るわ、」と声がして

同時に椅子を引く音がした。

玄関の手前、私の部屋の前で足音は止まり

妙に緊張していた私だったけれど

その足音は玄関の方へ向かって行った。


「次、店で会った時にするわ。

よろしく言っといて」

「ん、」

「それじゃ、お邪魔しました」


パタンと扉が閉まった。

そして、父の足音は再び居間へ帰って行った。

叔父さんは紀美子さんにとって再婚相手で

茂兄さんは紀美子さんの連れ子で、

それより他は私は何も知らない。

昔、まだ母が生きていた頃

母と父の会話の中でこんな話を聞いた。

母は

「よくある話じゃない?素直に

おめでとうって言ってあげればいいのよ。

豊さんならきっと大丈夫よ、立派な父親になれるわ」


「そんな簡単な事か、結婚すると聞いて

めでたいと思っていたら相手には

子供がいたなんて。騙されているんじゃないか?」


「あなた、そんな言い方はあんまりよ。」


「大阪で何をしているかと思えば

ホステス連れてのこのこ帰って来て

馬鹿以外の言葉が見つからん。

親父に着いて行くからこんな事になるんだ。

大人しく母親とこっちに残れば良かったんだ。」


その後に母が何て言ったか聞き取れなかった。

父の両親は離婚していて兄である父は母親に

弟の叔父さんは父親に連れられ兄弟は

暫くの間バラバラに生きる事になった。

そして、その数年後に父親が病気で亡くなり

葬式に出た父が弟から

結婚や仕事の話を聞いたところ

このまま弟を置いて行くのは心配だったようで

強引に帰って来させたのだった。

詳しい事はわからないけれど

父なりに弟の事を思っての事だったのだろうか。

そんな父は今回の出来事をどう思ったのか。

三人揃っていつまでも一緒にいればいいのに。

こんな風に思う私は子供なのだろうか?



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