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キンセンカ  作者: 櫻美
7/9

それから、お店の手伝いも何度か行ったけれど

男とはあれっきり会わないまま

私の夏休みは終わった。

紀美子さんにそれとなく男の事を聞いてみても

いつも家へ帰ってくるのは二人が

寝静まってからなので、会話どころか

最近はまともに顔を合わせる事も殆どないらしい。

それに加えてこないだの一件があってから

男と叔父さんの関係も悪化し、最近では

「学校なんて辞めさせて、働かせる方が

よっぽど都合がええやろう」と毎晩酒を呑み

口癖のように呟くのだそうで、紀美子さんは

黙ってお酒を注いで夫の側で見守り

激しくお酒に酔うと「そろそろ横になったら?」と

夫を促して寝床まで連れて行く日々を送っている。

紀美子さんの存在だけで辛うじて

関係を保てているが、

私は長く続くのだろうかと思うばかりだった。

紀美子さんは深いため息をついて

「男の人ってわからないわ、」と

目を赤くさせて弱々しい声で呟いた。

こんなにも美しくて、心の優しい紀美子さんを

どうして大切に出来ないのだろうか。

私も紀美子さんと同様、男の人はわからない。

それから、一ヶ月ぐらい経ったある日

店の片付けをしていると表の扉が開く音がしたので

テーブルを拭く手を止めて顔を上げると

そこには男が立っていた。

以前会った男とは別人のようだった。

目が隠れるほど髪の毛は伸びてボサボサで

髭もきちんと剃られずに放置されて

目の下に暗い影があるせいか顔色も悪く見えた。

以前会った男と今、目の前にいる男は

同じ人なのかと疑うぐらい変わり果てて

私は何故だか悲しい気持ちになった。

男はフラフラしながらもカウンターの椅子を引いて

深く腰掛けた。


「茂、お前何しに来たんや?

またあれか?金か?最近家にも帰ってこんと

どう言うつもりや?」


店の裏から出て来た叔父さんは

男の姿を認めると睨みつけ、怒鳴った。

その声を聞いた紀美子さんも慌てて

裏から飛び出してきた。


「家?帰ってるよ、そっちが知らないだけで」


男は意外にも冷静にそう答えた。

紀美子さんは冷や冷やしながら叔父さんの

顔色を伺い私と目が合うと眉を八の字にさせた。


「ほんで、学校には行ってんのか?

行かへんねんやったらさっさと辞めさせて

働かせようとおもてんねんけどな?」


男は偉そうに頬杖をついて深いため息を

一つすると「行ってる」とだけ

無愛想に答えて叔父さんを睨みつけ

それに腹を立てた叔父さんはとうとう

男に手を出してしまった。

鈍い音が静まった店内に響き渡り

カウンターに並べられた一升瓶は

バランスを崩してしまい何本も音を立てて

割れてしまいその横で男も椅子から落ちて

床に倒れ込んでいた。

私は目の前の光景に萎縮してしまい

全身は強張り声すらも出なかった。

紀美子さんは「ちょっと、」と慌てた様子で

男の元に駆け寄り肩に手を添えたけれど

男はその手を迷惑そうに振り払って

自分の力で立ち上がるとそのまま店から

出て行ってしまった。叔父さんはと言うと

額に手をあてがって「やってもうた。」と

自分の事を責めて、後悔して静かに涙を流した。

紀美子さんは全身の力を一気に失い

床に座り込み割れたガラスを見つめながら

両手で顔を覆っていた。

やっと整理がついた私は悩んだ末、

紀美子さんと叔父さんを店に残して男を追いかけた。

店を出てすぐに右へ左へキョロキョロしていると

左方向、五メートル程先の所で男は

身体をふらつかせて苦しそうにゆっくりと

先を目指して歩いていた。

駆け寄って肩に手を添え「大丈夫?」と

顔を覗き込むと、男は充血させた目をギョロッと

私の方へ向けるとすぐに視線を外して

「あっちいけよ」と添えた手も冷たく払い

ヨロヨロと歩き出してしまった。


「ねえ、」と声をかけるが知らんぷり。

立ち止まる私から少しずつ距離を離して行く。

その、少しずつ離される距離が寂しくて堪らなかった


「何がそんなに気に入らないの?

叔父さんが手を出したこと?痛いから?

全部、あなたのせいでしょう?」


こんな事を言いたかった訳では決してなかった。

男に立ち止まってほしかった。

ただ、それだけだった。


「なんなんだよ」

男は振り返り苛ついた表情で

私の元まできてそのままの流れで

胸ぐらを掴んで私をじっくり睨みつけた。


「私にはわからないわ、あなたの事が。」

「わかってくれと俺がお前にいつ頼んだんだよ?

子供のお前に何がわかるんだよ、」

「子供?子供なのはそっちでしょう?

親を困らせて、一人で拗ねて。何がしたいの?」

「親なんかじゃねえよ、あんな二人。」

言い終えた男はゆっくりと私から手を離して

力が尽きたように私の前に座り込んで

目から大粒の涙を流し始めた。こんな時、

声の掛け方なんてものは分からなかったけれど

たまらず、両頬にそっと手を添えてみると

男は私の手を掴んだまま

「ごめん、ごめん。情けなくて、ごめん」と

何度も何度も謝り続けていた。

「茂兄ちゃん。情け無いなんて思わないわ。」

子供をなだめるように優しく頭を撫で

目にかかる前髪を掻き上げ励まし続けた。


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