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キンセンカ  作者: 櫻美
5/6

暑い。じんわりと汗が滲み出て

不快な気分で目が覚めた。

まだ寝ていたいような気もしたけれど

いくら目を閉じていても一向に

眠れそうになかったので、起き上がり

手で仰ぎながら台所へ行くと

居間で父が優雅に珈琲を飲んでくつろいでいた。

時刻は午前八時をとっくに過ぎており

「おはよう、今日仕事は?」

「今日はない、休みだ」

「そっか」

まだ酒が残っているのか

父はどこか怠そうに見えた。

「学校はいつからなんだ」

「来週から、」

「そうか。宿題の方はどうなんだ?」

「大丈夫」

「そうか」

父は頬杖をついてすぐに

テレビの方にぷいっと顔を向けてしまった。

酔いが覚めないせいなのか目元は重そうに

ゆっくりと瞬きを繰り返していた。

台所でコップにお茶を注ぐ際にふと目に入った

焼酎のボトル。そのボトルを見ていると

昨日の男の顔が思い出された。

どうしてお酒を呑むのかしら?

アルコールが入っている事にこだわり

お金をかけてまで体内に取り込む必要があるのか。

顔を赤くして、次の日には怠さを纏って

時には人に迷惑をかけるような飲み物を

どうして皆んな好むのだろうか。


「ねぇ、」と父に話しかけると

父はこっちも見ずに頬杖をついたまま

「ん?」とだけ言った。

「お酒ってそんなに美味しいの?」

「美味い時も美味くない時もある」

「美味しくない時もあるの?」

「ん、」

「それでも呑みたいの?」

「そうだな、」

「ふーん、変なの」

「まぁ、お前もいつか分かる」

あまり要領を得ないまま

支度して窮屈な家から私は飛び出した。

見上げれば目を開けていれないほど日差しは強く

雲一つない青空が何処までも広がっていた。

何処に向かって行こうか?

行く当てはなかったけれど

「次はこっち、次はあの道を曲がろう」と

頭の中で思いながら散歩してみた。

暫く歩いていると、香ばしく甘い匂いがした。

更にもう少し進むと匂いと今度は白い暖簾が

目に入った。駅から少し離れていて周りは

家しかなかった。そんな場所にぽつりと店がある。

歩き疲れた私はすぐにでも

店の中へ入りたかったけれど訪れた事のない店に

一人で入るのは少し勇気が出なかった。

どうしようかと店の前で殆ど立ち止まり

中の様子を伺いながらグズグズしていた。

お客はおらず、店員も見当たらない。

「だんご」と書いた小さい暖簾だけが

寂しく揺れるだけだった。

諦めて通り過ぎようかと思った時

「空いてるよ、どうぞ」と

腰を曲げた老婆が中から手招きした。

少し戸惑いながら私は老婆の後に続いて

店の中にある床几台へと腰を下ろした。


「今日も暑いね」

そう言いながら私の横にお茶をそっと置いて

「だんごかアイスクリームもあるよ」

「おだんご一つ下さい」

「はいはい、おだんごね。ちょっと待ってね」

店内にお客は私だけだった。

壁には古い写真や何かの賞状、手のひらサイズの

置き物がいくつか棚に並べられていた。

少し経つと炭火で焼くだんごの香ばしい匂いが

私を含め店内を包み込み後からきた

甘辛いタレの匂いもたまらなく食欲を誘った。


「はい、だんごね。熱いうちにどうぞ」

「いただきます」


串を持ち上げ一口頬張ると

思わず微笑んでしまうぐらい美味しかった。

老婆は私の顔を見て満足そうな顔をして

何も言わないで私の隣に腰掛けた。


「学生さん?」

「そうです、」

「そうかい、そうかい。べっぴんさんやね」

「そんな事ないですよ」

「ううん、色も白くてお人形さんみたいやね。」

「そうですか?」

腕を伸ばして見ていると老婆も自分の腕を伸ばして

私の隣にくっつけて「ほれ、こんなにも違う」

老婆は豪快に笑いそれにつられて私も思わず

笑ってしまった。

「お家は?この辺り?」

「はい、歩いてすぐです。」

「そうかい、歩いて。」

「こんなに近くに

お団子屋さんがあるなんて知らなかったです」

「ハハハ、知ってもらえて嬉しいよ」


話を聞くとこの場所で店をやって

もう二十年以上も経つらしい。

旦那の趣味で始めた駄菓子屋がいつの間にか

だんごとアイスクリームを売るようになり

その旦那は今はぎっくり腰でお休みだそうだ。


「学校へは行ってないの?」

「いえ、今は夏休みです」

「そうかい、そうかい。最近やけに

朝っぱらから子供が賑やかと思えば

夏休みね、いいね。そうかいそうかい」


老婆は首を縦に振り一人でゆっくり頷いていた。

話も途切れたのでそろそろ帰ろうかと

思っていると背の高い男が

店の中へずかずかと入って来た。

何度も訪れた事があるのだろう、

その男は老婆を認めると声をかけないかわりに

手で挨拶をした。そして、私の姿を認めると

意外そうな顔をして

「おー、しず。こんな所で会うなんて。奇遇やね」

そのまま男は私の横へ腰掛けた。

老婆は「あら、知り合いやったの」

「そうそう、俺の可愛い可愛い妹。美人やろう?」

「本当にね、すごい美人さん」

それだけ言って老婆は立ち上がり

仕事に戻ってしまった。二人にされた途端

胸騒ぎがして、早くこの場から立ち去りたかった。



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