三
叔父さんと紀美子さんの出会い方も
どっちが先に惹かれたのかも二人の過去を
何も知らない。
叔父さんは結婚の挨拶をするまで
一ミリたりとも紀美子さんの存在を明かさず
私達に隠し続けてきた。なので、
知らせを受けた父は大変驚いていた。
家に叔父さんと紀美子さんとその子供を連れて
家を訪ねて来た日、五人でテーブルを囲んで
挨拶やら話やらを一時間ぐらいだっただろうか、
居間で行われていた間、子供ながらに私は気を遣って
隣の部屋で一人遊びをしていた。
それでも気になるので遊ぶ手を止めて
そっと覗いたり、聞き耳を立てたりしていた。
三人が帰ってから父は椅子に腰掛けて
腕組みをしながら難しい顔をしていた。
母がお茶を淹れ直して湯呑みを父の前に
置くと同時に席に着いて
「そんなに怖い顔してどうしちゃったの?」
私も同感だった。母は両手を自分の顎にあてがって
眉をへの字にして父の顔を見つめた。
少し考えた父は「あいつは馬鹿だ」と
冷たく言い放った。
「連れ子がいたって事?」
「ん、」
「それが駄目なの?」
「駄目ってわけじゃない、」
「だったらどうして?」
「あいつが人の親になるのは早すぎる。
見た目ばかり大きくなりやがる。
中身はちっとも成長しない。そんな奴が
自分の子供でもない子を大事に出来ると思うのか?」
「きっと大丈夫よ、子供は皆んな可愛いわ。
素直におめでとうって言ってあげたら?」
「それに、どこで知り合ったかと思えば」
「そんなのは関係のない事よ、」
「風呂に入る」
父は立ち上がり椅子も直さず行ってしまった。
母は何も言わずに父の背中だけを目で追い
私の顔を認めると「かわいいお嫁さんなのにね」と
にっこりと微笑んでみせたが
困った顔までは隠しきれないでいた。
その日以来、叔父さん夫婦の話題が上がらないまま
時間だけが過ぎていった。久しぶりに
三人に会ったのは母が入院してからだった。
父と叔父は仕事で忙しそうにしていたので
紀美子さんが母の代わりとして
ご飯を作ってくれたり掃除、洗濯。
自分の家と行き来しながら不足なく
私の世話までもしてくれた。
父はやっぱり愛想が無くて
こんなにも働いている紀美子さんに対して
感謝する事は無かった。口には出さなかったけれど
あの頃の紀美子さんは相当参っていたのではと
今でも思い返しては気の毒に思う。
そして、ある日から家に子供を連れてきて
三人で食事をして父が帰ってくると
紀美子さんとその子供は帰る。
それがお決まりになっていった。
今までは紀美子さんが私を迎えに家へ来る。
父が仕事を終えて帰る時に私を迎えに来て帰る。
毎日これの繰り返しだった。
実際の所どうだったかは分からないが
結婚の報告を受けてから兄弟仲は
あまり良く無かったのでは?と私は思っていた。
それから母は入退院を繰り返す日々を暫く過ごし
このまま良くなるとばかり考えていた私は
突然の母の死にかなり戸惑い落ち込んだ。
決して顔色も悪く無かったが、死を宣告され
病室のベッドで横になる母の顔色は血の気が無く
子供だった私は怖くて哀しくてたまらなかった。
辺りを見ると皆んな哀しみから涙を流したり
俯いていた。その中で紀美子さんは私から見ても
かなり取り乱した様子だった。
美しくて品のある、いつも身なりを
きちんと整えている紀美子さんはお化粧もせず
長い髪の毛が乱れようとも構わず
ベッドに突っ伏して泣き叫んだ。
にっこりと穏やかで温かい笑みを見せる紀美子さん、この日ばかりは別人の様だった。
叔父さんは紀美子さんを連れて一度
病室から出ていき連れ子だけが病室に残された。
その連れ子は一粒の涙も流さないで
ただただ、真っ直ぐ母の顔を見ているだけだった。
父は涙こそ流さないでいたが
初めて感情を読み取れた様な気がした。
その後、仏壇の前で座布団にあぐらをかいて座る父は声を殺しながら静かに涙を流していた訳だが
見てはいけないんじゃないかと思い
襖をそっと閉めて知らない顔をしていた事もあった。
その日から数日経ったある日、珍しく
叔父さん達や親戚たちと夕飯を食べる事になり
久しぶりに狭い家に大勢の人が集まった。
食事を始め終盤になった頃、私の隣に座る父が
向かえに座る紀美子さんを手招きして呼びつけた。
紀美子さんは私の隣に座り、その隣に父が居た。
正座して心細い声で「はい」と一言返事すると
父は
「苦労をかけてすまなかった、こいつの事も」
私の頭の上に大きい掌を乗せて言った。
紀美子さんは一瞬驚いた顔をしたが
暖かく、嬉しそうに「とんでもないです、」と
この二人のやりとりを見た私は
なんだか嬉しく思った。