第7章 遺跡への潜入
遺跡の入口に立った瞬間、キラはその異常な空間に圧倒されるのを感じた。目の前に広がるのは、ただの石造りの廊下ではなかった。空間が歪んでいる。天井と床がどこにあるのか分からず、左右も上も下も、何かが引き裂かれているような感覚がキラを包み込んだ。
「ここが、父が言っていた場所か……」
キラは小さくつぶやき、手に持った父のノートを開いた。
ノートの中には、歪んだ空間に関する謎の解明が書かれている。文字は少しずつ薄れているものの、キラはそれを頼りに進むことを決意した。
「気をつけて、ここは簡単には進めない場所だ。」
エイレーンの冷静な声が響く。
彼女もまた、この遺跡がただの遺物ではないことを十分に理解しているようだった。その紫色の髪が、異常な空間の中でゆっくりと揺れ動いている。
キラは深呼吸をしてから、足を踏み出す。足元がどこにあるのかも分からないような不安定な感覚に揺れながらも、彼は前を向いて進んでいった。
「気をつけろ!」突然、エイレーンの声が響く。
キラが振り向こうとしたその瞬間、空間が歪み、全てが引き裂かれたように感じた。目の前の景色がぐにゃりと歪み、キラの体は引き裂かれるように別の空間へと引き込まれていった。
気がつくと、キラはまったく別の場所に立っていた。周囲は暗く、重力が感じられないような浮遊感があった。空間はねじれ、壁が急に歪んで迫ってくるような感覚を覚えた。冷たい風が彼の髪を乱し、足元をすくおうとする。
「ティア、エイレーン様!」キラは声を上げたが、返事はない。
彼の声は、どこか遠くへと消えていくように響いただけだった。
キラはノートを閉じ、深く息をついた。目の前に広がる奇妙な遺跡の空間。空気そのものが歪んでいるように感じる。父がこの遺跡に来たとき、空間の異常に苦しんでいた。ノートに書かれていた言葉が頭の中で響く。
「空間の歪みを解くには、重力の流れに逆らわず、力をコントロールせよ。」「重力の流れを読み取り、調和させること」
キラは目を閉じて一瞬だけ深呼吸をし、ゴーグルを装着した。虹色のレンズが反応し、周囲の空間が鮮明に見えるようになる。目の前に広がる紫色の光が、まるで重力そのもののように、空間を引き寄せ、歪めている。キラはその流れを読み取ろうとした。
「重力の流れに逆らわず…」キラは呟き、グローブを手にはめると、指先が静かに震えた。グローブで普段虹の光の力を集めて、光石を作っているその要領で、遺跡の力がどう動いているのかを探り始めた。足元の岩がわずかに揺れ、空気が不安定に流れている。それはまるで、自分自身が重力の渦に引き寄せられそうになるような感覚だった。
遺跡の中に潜む力の流れ、そしてその流れに従わなければならないことを感じ取る。
キラが空間の力を把握した時、虹結晶が虹色の光を放ち始めた。まるで道を指し示すように輝き出す。キラはその光の方向に目を向け、進むべき道を確信した。結晶の輝きはますます強くなり、まるで遺跡の奥深くに潜む秘密を解き明かす道を照らしているようだった。
「行ける…!」
キラはそう呟くと、虹結晶の導きに従い、足を踏み出した。
空間の歪みが目の前に広がっているが、グローブの力で空間の流れを感じ、ゴーグルでその歪みを読み解き、虹結晶が指し示す道を頼りに、一歩一歩確実に進んでいく。まるで遺跡の中に息づく重力の力を、自分のものにしていくような感覚だった。
その頃、ティアもまた別の空間に迷い込んでいた。
「ここは……?」
ティアは周囲を見回し、空間が不安定に歪んでいるのを感じ取った。
先ほどの安定した力とは違い、この空間はもっと深い、異質なエネルギーを放っていた。まるで時空そのものが崩れていくような感覚だ。
その時、突然空間が震え、ティアの前にひときわ強い光が現れた。それは、遺跡に宿る守護の精霊の姿だった。精霊は透明で、虹色の光を放ちながら、古代の学者たちのような存在感を感じさせた。その体はまるで時間そのものが具現化したかのように変化し、重力が不安定になった。
「ようこそ、力を持つ者。」
精霊の声は、穏やかでありながらも、時折重く響く。
「光の力を操るものよ、あなたは遺跡に力を与え、解放する者。力を得たくば、試練を乗り越えなければならない。」
ティアはその言葉に戸惑った。
「遺跡に力を与えた?解放?どういうこと?」
精霊はティアの問いに応えているのか、ただ囁いているのか
「空島の始まり、あなたの力」そうくり返した。
「私は私の力のことが知りたいの。ただ閉じ込められるのではなく、私は理解したい!そのためなら試練を受けるわ!」
精霊は微笑むように、空間をゆっくりと変化させ始めた。その空間は、時間を操る力が強く働いていた。ティアはその力に飲み込まれないよう、必死に意識を集中させる。
周囲の時間が歪み、過去と未来が交錯するような感覚をティアに与えた。彼女は目の前で何度も過去の景色を見たり、未来の出来事を予感したりするが、それに惑わされることなく、自分の力で現在を見据えた。
「これは、私が思うように進んでいくべき時よ。」
ティアは深く息を吸い込み、虹色の力を全開に使い始めた。キラと一緒に遺跡の歪みを鎮めたように、青と紫の光の力を使って空間を安定させていく。徐々に空間は安定したが、過去や未来の時間が交錯していのがはっきり見えた。自分の見たい未来や、忘れてしまいたい過去、それに惑わされず、今の自分の進むべき道を見極めて一歩一歩進んでいく。
ティアは重力と時間の歪みを乗り越え、ついに空間が静寂を取り戻した。周囲の空間が安定し、時間のねじれが収束するにつれて、彼女はその先に広がる道を見つけた。
空間の中で唯一、彼女を導くのは「今」という瞬間の感覚だけだった。
「キラ……」
ティアはその名前を心の中で呟きながら、一歩一歩、進んでいった。
足元がしっかりと地面を捉える感覚を感じ、ようやく彼女は目の前に広がる空間の先に、ひとりの人物が慎重にこちらに向かっているのを見つけた。目を細めてその人物を見つめると、キラがそこにいた。
彼の姿が見えた瞬間、ティアは胸の奥で何かが高鳴るのを感じた。あの試練の中で感じた孤独も、不安も、すべてが消えていくような感覚。それは、彼と共に歩む道を選んだ者だけが知る、深い安心感だった。
「キラ!」ティアは声を上げて、駆け寄った。
彼も驚きの表情を浮かべながら、ティアの名前を呼ぶ。
「ティア……!」
キラの声も、どこかほっとしたような、安堵の色を帯びていた。
二人は、再び重なる手と手を感じながら、互いに引き寄せ合った。その瞬間、周囲の空間が消え去るような錯覚を覚えた。時間の歪み、空間の不安定さが、ただ二人の間にだけある静かな空間へと変わったような気がした。