第6章紫重島への到着と不穏な気配
カイトの翼が風を切り、青空を滑るように進む。キラは操縦桿を握りながら、紫重島本島の雄大な光景に目を奪われていた。空中に浮かぶ巨大な結晶、重力の力を利用して築かれた複雑な街並み――学術と文化が交わる島が眼下に広がる。
「すごいね、キラ!」隣でティアが身を乗り出し、目を輝かせる。
「こんな島、初めて見た!」
「けど、変だな……」
キラは眉をひそめた。島の空気に微かな違和感を感じていた。
港に降り立つと、地面が波のように揺れ、重力が乱れ足元がふわふわと不安定だった。
周囲の人々は荷物を押さえつけながら必死にバランスを取ろうとしている。
キラはすぐにゴーグルを調整し、周囲の力の流れを分析する。
ゴーグルのレンズに映る情報から、重力の乱れや磁場の不安定さを把握すると、キラはすぐにティアに向かって言った。
「ティア、僕が伝える通りに力を流して少し周囲の力を調整してくれ。君ならできるはずだ。」
ティアはキラの指示に従い、力を集中させる。ティアが力を使うと、周囲の不安定な重力の流れが徐々に均等に調整され、足元がしっかりと安定していった。
その様子を見た周囲の人々は驚き、ざわめき始めた。
「あの子たち、どうして普通に歩けるんだ?重力が乱れているのに!」
その時、一人の若い男性が駆け寄ってきた。ノア――紫重島で遺跡の調査を担当している研究者だった。
「君たち!」ノアは興奮した声で二人に呼びかけた。
「どうしてこんな状況で普通に動けるんだ?」
キラはゴーグルのレンズ越しに再度周囲を確認しながら、答えた。
「このゴーグルは虹光の力の流れや強さを見ることができるんだ。彼女は紫の力を使うことができるから、ゴーグルで見えた情報を伝えて僕たちの周りの乱れを少し整えてもらったんだ。」
ノアは目を輝かせながら続けた。
「君たち、まさにこの島で起こっている問題を解決できるかもしれない!遺跡の近くで重力異常がひどくなっているんだ。今調査チームが動けない状況なんだ。君たちの力で助けてくれないか?」
キラとティアは顔を見合わせ、頷いた。
「分かった。行こう!」
二人は遺跡の方へ向かうべく歩き出すと、すぐにその場所の異常さが目に入った。周囲の空間が歪んでいるのが、目視で確認できるほどだった。
紫重島の遺跡は、遠い昔に重力に関する技術が集められた場所で、まるで異次元に迷い込んだかのような、奇妙で神秘的な空間を作り出していた。
空間そのものが歪み、時間さえもゆがんでいるように感じる。巨大な石碑や岩が漂い、不規則に回転しながら移動し、光が当たる角度によって影の形が刻々と変化する。
まるで空間全体が自由に形を変えるかのような錯覚を引き起こす。その神秘的な美しさに目を奪われながらも、周囲の空間が揺れ動くような感覚に戸惑いを覚える。
ノアに案内され、二人は遺跡の近くへと向かった。そこでは地面が大きく波打ち、空間全体が歪み調査員たちが動けないでいる。
「ティア、これ、君の力でなんとかできるかもしれない。」
キラがブレスレットを指さして言った。
「どうすればいいの?」ティアは不安そうに問いかけた。
キラはゴーグルをつけ、地面の揺れと岩の動きを観察しながら、的確に指示を出す。
「重力が乱れている中心を感じて、ブレスレットから青と紫の力を使ってみて。青は冷却、紫は空間の安定に役立つはずだ。」
ティアに指示をしながら虹結晶が遺跡の力に微かに反応しているのがわかった。
ティアはキラの言葉に従い、ブレスレットを握りしめて集中した。彼女の周りに虹色の光が広がり、特に青と紫の光が強く輝き出した。その光が空間に溶け込むと、揺れていた地面が静まり、浮かんでいた岩がゆっくりと元の場所に戻った。
「やった!できたみたい!」ティアが息をつきながら笑顔を見せた。
ノアはその様子を見て目を見開いた。
「驚いた……。紫重侯爵様にこのことを報告しなければ!」
ノアに案内され、重厚な書斎の扉が静かに開くと、部屋の奥に一人の女性が立っていた。
窓から差し込む薄紫色の光が、彼女の長い紫の髪を優雅に輝かせている。
「君たちが……空間の歪みを抑えた者たちか。」
その声は冷たくも澄んでおり、どこか心を射抜くような響きを持っていた。
ノアが前に出て訴える。
「この者たちがいなければ、研究員は遺跡の中でどうなっていたかわかりません。彼らは命の恩人です。」
エイレーン・アメファスト侯爵――紫重島の統治者であり、学術的知識において誰もが一目置く存在だ。
彼女はその鋭い薄紫色の瞳でキラとティアをじっと見つめた。まるで二人の内面までも読み取ろうとするかのようだ。
「私はエイレーン。この島を治める者として、まずは研究員を助けてくれた礼を言おう。私には異常の原因を探る義務がある。ノアから君たちの話を聞いたが……」
その冷たい態度にもかかわらず、彼女の仕草や言葉には隠しきれない知的なオーラと、揺るぎない信念が感じられた。
キラは息を飲みながら、その迫力に圧倒されていた。
「君たちの力……特に君。」彼女はキラに目を向ける。
「その知識と判断力、そしてその名前……君はヨラン・セチエンの息子なのか?」
彼女の紫の髪が揺れ、厳しい空気の中に一瞬だけ柔らかな雰囲気が漂った。
「父を……知っているんですか?」
キラは目を見開いた。
「キラ・セチエン。君の父の名は、私にとって忘れられない存在だ。」
エイレーンは小さく頷き、視線を窓の外に向ける。
「君の父はこの島で遺跡の研究に尽力した人物だ。そして今、この異常もまた、彼の研究が関係している可能性がある。それを明らかにするには、まず歪みを抑える君たちの協力が必要なようだ。」
「僕は……父の遺志を継いで、遺跡の謎を解明するためにここに来ました。」
その言葉に、エイレーンの表情がわずかに変わった。驚き、そして少しの哀しみを帯びた目でキラを見つめる。
「君が?」エイレーンは少し間をおいてから言った。
「君の父は遺跡研究の第一人者だったが、彼が研究所を追われたのも彼の研究が原因だったと聞く。彼が追い求めたものの先に何があったのか、私も分からない。」
キラはしっかりとした眼差しで彼女を見返した。
「だからこそ、僕は父の研究を解き明かしたいんです。父が残したものが、空島にとってどういう意味を持っているのか。それを知りたくて。」
その言葉に、エイレーンはしばらく沈黙した。彼女は手のひらを軽く組み、じっと考えているようだった。キラの父セチエンが遺跡とどれほど深く関わっていたのかを考えると、彼女もまた迷いがあったのだろう。しかし、やがてエイレーンはゆっくりと口を開いた。
「なるほど、君がそういうことなら……」彼女はキラを見つめ、淡々とした口調で続けた。
「遺跡の調査に君も参加することを許可しよう。君の父の足跡を辿りながら、何かを明らかにすることになるだろう。」
エイレーンの言葉にキラは頷いた。
「僕は準備ができています。」
エイレーンはまた冷静に頷くと、立ち上がり、窓の外に視線を向けた。
「それでは、この異常の原因追求のための遺跡調査が始まる。君たちも準備をしておきなさい。」
キラとティアはその言葉を聞いて、少し緊張した表情を浮かべながらも、再びエイレーンに向けて一礼した。
二人が立ち去る背中を見送ったエイレーンは、静かに窓から外の景色を見つめ、深い思案の中に浸った。その視線の先には、過去の思いとこれからの試練が重なり合っているようだった。
知的で冷たく見えるエイレーンの姿には、どこか隠された感情があるようにも思えた。