第4章 工房街と加光師ガジェット
一晩を共に過ごし、ティアは少しずつキラを信頼できると感じ始めていた。焚き火の温もりの中、キラは彼女の力が暴走した理由や、それにまつわる不安について静かに耳を傾けていた。ティアが自分の力について話した結果、驚くべきことにキラもまた、7色の光を操る力があることを明かした。
「君も…同じだったのね…」
ティアは驚きと安堵の入り混じった表情を浮かべる。自分と同じ力を持つ人に出会ったことは、初めてだったからだ。しかしその安堵も束の間、ティアの心には不安がよぎった。
「私があなたに接触したせいで…もしあなたの力が知られたら、私のように追われることになるかもしれない…」
ティアの言葉に、キラは一瞬考え込んだが、すぐに首を横に振った。
「僕はそんなこと気にしないよ。君が追われている理由や、力の暴走を抑える方法を見つける方が先決だ。それに、同じ力を持つ者同士、協力しないといけないと思うんだ。」
ティアはその言葉に救われる思いだったが、それでも迷いは完全に消えたわけではない。
「まずは、君の力を制御する方法を探そう。」キラは前向きな笑みを浮かべながら提案した。
「加光師の工房に行けば、君に合った道具や方法を見つけられるかもしれない。」
「加光師…?」
「うん。加光師は虹光師が作る光石を加工して、道具を作るんだ。道具を作ることや力の研究に長けている。きっと君の力を安定させる手助けをしてくれるはずだ。」
ティアは少し迷った様子を見せたが、やがて静かに頷いた。
「…ありがとう。あなたがそう言うなら、信じてみる。」
焚き火が消えた翌朝、二人は森を抜け出し、加光師の工房を目指すことを決めた。
しかし、その道中でふとキラが父のノートの内容を思い出す。
「ティア、君の話を聞いていて思ったんだけど…」キラが静かに切り出す。
「僕の父が研究していた8つの遺跡と、君の力が関係しているかもしれない。」
ティアが目を丸くする。「遺跡…?」
キラは歩みを止め、ノートを取り出した。
そこには「七つの光が空と大地を繋ぐ鍵となる」という記述が残されていた。
「父はずっと研究していたんだ。空島から大地へと繋がる何かが遺跡に眠っているって。それが僕の力とどう関わっているのか、僕はまだ分からない。でも…僕たちがここで出会ったのは偶然じゃない気がする。」
ティアはノートを覗き込み、その言葉に耳を傾けた。
「空と大地を繋ぐ…それってどういうこと?」
キラは少し考え込んだあと、決意を込めた表情で答える。
「それを知るためには遺跡に行かなきゃ。でもその前に、君の力をコントロールする媒体を手に入れよう!僕の信頼する加光師の工房に行って君にあった道具を作ってもらうんだ。」
キラの心には、父が追い求めた遺跡と「大地」の秘密を明らかにするべきという新たな使命感が芽生え、この出会いがきっかけで動き出す、未来への想いに胸が膨らんだ。
風を切るカイトに乗り、キラとティアは空を渡る。ティアはカイト移動に不安そうな顔をしていたが、キラは余裕の笑みを浮かべていた。
「このカイト、僕の力に合わせて作ったんだ。だから、少しくらい風が荒くても平気だよ。」
「あなたの力に…合わせて?」ティアが驚いて聞き返す。
「僕の7色の力を利用しているんだ。このカイトは光石をエネルギー源にしてるけど、僕の力を注ぎ込むことで最高の安定性を出せるように調整してるんだよ。」
島の端に広がる工房街は、大小さまざまな工房が立ち並び、その間を行き交う虹光師たちのカイトが点々と空を舞っていた。街の中心には大きな広場があり、虹色に輝く光石の露店が活気に溢れている。
ティアは目を輝かせながら周囲を見回した。
「カイトの発着場が多いのは、光石を卸しにくる虹光師のためだよ。僕の父もよくここで光石を調達してた。」キラは少し懐かしそうに微笑む。
二人は工房街の奥へと進み、やがて加光師ガジェットの工房へと辿り着いた。
それは古びた石造りの建物で、入り口には「光細工の匠」と彫られた木製の看板が掲げられている。
キラが扉を叩くと、中から威厳のある声が響いた。「誰だ。」
「ガジェットさん、僕だよ、キラだ。」
扉がゆっくりと開き、現れたのは白いヒゲモジャと鋭い目を持つ老人、ガジェットだった。
分厚い腕と大きな手、そして物静かな雰囲気が印象的だが、その目はどこか優しさを感じさせた。
「ほう、キラ坊じゃないか。」ガジェットは厳しい表情を少し緩めた。
「父親そっくりだな。久しぶりだ。」
「久しぶりです、ガジェットさん。この子を助けたいんです。」
キラはティアを紹介し、彼女の力について説明した。
ガジェットは工房の奥を指しながら二人を招き入れる。
工房内は光石であふれており、細工途中の道具や機械が整然と並んでいた。
ガジェットはティアを鋭く見つめたあと、少し頷いて口を開いた。
「なるほど…7色の力が暴走するか。力を抑える装置を作れと言うんだな。」
「はい、彼女が力を抑え込むだけじゃなく、自由に使えるようお願いします。」
「まずは力を見せてもらおう。」
ティアは少し緊張しながらも、静かに力を解放した。
部屋が真っ白の光に包まれると、ガジェットはその輝きに目を細めていた。
「確かにこれは繊細な作業が必要だな。だが、大丈夫だ。キラ坊、あの光石を使おう。」
キラは少し誇らしげに微笑んだ。
2人の様子にティアが首を傾げる。
「あの光石って何?」
「遺跡の秘めてる力と、僕たちが普段使っている虹の力は似ているけれど、その性質は違う。遺跡の力は島全体に巡って、島の特性になる力を強めたり、そこに住む人の性質に影響したりするんだ。
そこで、父さんの研究をもとに7つの遺跡の力をコントロールするための、**虹結晶**を作ったんだけど、僕らが普段使っている虹の7色の力を一つに融合させて、コアの中で調和させる過程で、光が凝縮し、新たな結晶が生まれたんだよ。その結晶のことだよ!」
キラはやや興奮気味にティアに説明する。父親の遺した研究資料をもとに、自分が作り上げた道具なので、強い思いがあった。
ガジェットは深く頷いた。
「そうだ。その光石は、ただの副産物ではない。7色の力が完全に調和し、新たな力を宿すように生まれたものだ。その光石こそ、ティアの力を抑える鍵になるだろう。」
ガジェットは工房の隅に置かれた虹色に輝く光石を手に取った。
ガジェットの作業は驚くほど繊細だった。太い指先がまるで魔法のように光石を磨き、調整していく。
ティアはその様子に目を奪われ、キラも手伝いながら久しぶりの工房の空気を楽しんでいた。
作業中、キラは工房の隅にある自分専用の作業台を懐かしげに眺めた。
「ここで僕のカイトも作ったんだ。ガジェットさんが僕の力に合わせた道具を揃えてくれたからね。」
ーーー
数日後、ついにキラの特別な光石を使った、虹色に輝く小さなブレスレットが完成した。
「これで嬢ちゃんの力は安定する。だが、完全に制御するには君自身の意志も必要だ。」
ガジェットの言葉にティアは真剣に頷いた。
「…わかりました。努力します。」
感謝を伝える二人に、ガジェットは静かに微笑んだ。しかしその時、外から慌ただしい声が聞こえた。
窓から様子を見ると中央騎士団の制服を着た騎士たちが数名、行き交う人々に話を聞いているのが見えた。騎士たちの傲慢な態度に、街の人々が不満を露わにし、すぐに騒動になりかけている。
「あいつらは、中央の騎士のようだが、こんな辺鄙な田舎にわざわざくるなんて…。現皇帝は力を集めていると聞く。嬢ちゃんの力を見て大体察しはつくが、嬢ちゃんと関係が?」
ガジェットが冷静に尋ねた。
「はい。私を追っている人たちです。でも、私何も悪いことはしていません。」
ティアは小さく肩をすくめて答えた。
「ガジェットさん、信じてくれ、彼女は何も悪くない。僕とティアはこの力がなんなのか知りたい。そのために一緒に遺跡を探して父さんが目指したものを僕が見つける。」
キラは真剣な眼差しで語った。
「わかった。険しい道のりになるぞ。」
ガジェットは少し黙った後、深い息をついて言った。
「まぁ、いつかこんな日が来ると思ってたんだ。奴らのことは任せておけ。お前たちが旅立つまで、引き止めてやる。」
その言葉を聞いて、キラとティアは安心した表情を浮かべた。
「ありがとうございます、ガジェットさん。」
ガジェットは小さくうなずき、静かに工房の扉を閉めた。
キラたちは騎士たちの目につかないよう、カイトに乗り込み、これから始まる冒険の準備のためキラの工房に向かうのだった。