第3章 ティアという少女
静かな森の中、月明かりが木々の間から差し込んで、キラとティアの間に長い影を落としていた。
キラは一度、自宅兼工房に戻ることも考えたが、ティアの状態やその不安定そうな力を考慮して、あえて人気のない森の中にとどまることにした。ここなら、誰にも邪魔されずに静かに休ませることができると思ったからだ。
焚き火を起こして、その明かりと温もりで少しでもティアを落ち着けようとしているキラだが、彼の目の前でティアは依然として震えていた。
焚き火の明かりを見つめながら、ティアは口を開いた。
「私、人から追われてるの。」
キラは彼女の震える声に気づきながらも、あえて静かに焚き火を見つめたまま答える。
「誰に?」
しばらく沈黙が流れる。ティアは両手をぎゅっと握りしめ、まるでその力を借りるようにして、ようやく言葉を絞り出す。
「私にとっては悪い人。」
キラの眉がわずかに動く。
「私ね、鳥籠みたいなところにいたの。毎日同じことばかりさせられて、関わる人も決められた人だけ。」
彼女の顔に苦悩が浮かぶ。
「私の力を制御するためだって言われたけど、本当は…私を隠したかったの。人からも世界からも。」
キラは黙って焚き火を見つめ続ける。彼の目には、言葉では表せない深い思慮が宿っていた。火に枝を投げ入れる音だけが、暗闇の中に響く。
ティアは俯き、消え入りそうな声で続ける。
「私を助けても、何の得にもならないわ。」
キラはしばらく考え込むように彼女を見つめ、やがて静かに、小さく笑った。
「得とかじゃないさ。いきなり森の中で倒れてた人を放ってはおけないのは当たり前だし、君は助けを必要としてる。それだけだよ。」
ティアは驚いたように顔を上げ、キラの瞳を見つめる。その眼差しには、嘘も下心も感じられなかった。
キラが言った言葉には、確かな誠実さが宿っている。それでも、ティアの心の中にはまだ、完全に信じきれない思いが残る。自分の秘密がどれほど重く、相手に負担をかけるかを彼女は知っていたからだ。
それでも、キラの言葉には何かしら救いがあり、胸の奥に温かなものが広がっていくのを感じた。
キラは、無理に何かを言うつもりはなかった。ただ静かに焚き火を見つめ、彼女が落ち着くのを待っている。
「僕が焚き火の番をしているから、少し休んだら良いよ。朝になったら、どうするか考えよう。」
焚き火の明かりは、暗闇の中で揺れる影を作り出し、その光がティアの顔を照らしていた。彼女の表情は、過去の記憶と現在の不安の狭間で揺れ動いているようだった。
ティアはゆっくりと深呼吸し、冷えた体を焚き火の温もりで暖めながら、ようやく心を落ち着けることができた。
キラはその様子を見守りながら、少しずつ言葉を交わす機会を待っていた。
そして二人の間にわずかながら信頼の糸が結ばれ始め、ティアがぽつり、ぽつりと話す断片的な過去の話をキラはただ静かに聞いていた。森の中では、風が木々を揺らし、時折遠くから動物の声が響くのみで、世界は静寂に包まれていた。