第2章 キラとティアの出会い
出会いの夜
空島の夜は静寂に包まれ、星明かりが無数に広がっていた。キラは工房の屋根の上に腰掛け、父の残したノートを手にして考え込んでいた。「大地」と記されたその言葉に、未知への憧れと、解明できないもどかしさを感じていた。
そんな時、風の中に紛れるように、微かな声が聞こえた。
「……助けて……」
はっとして顔を上げると、声はかすかだが確かに近くから聞こえる。
「誰だ?」
声のした方角へ目を凝らすと、街外れの森の中に青白い光がぼんやりと揺れていた。それはまるで星が地上に落ちてきたかのような不思議な光景だった。キラはすぐに屋根から飛び降り、懐に小型の光石を詰め込み、森へ向かった。
森に足を踏み入れると、漂う青白い光が周囲をぼんやりと照らしているのが見えた。その光の中心には、地面に倒れ込む少女の姿があった。
少女――ティアの髪は銀色に輝き、体から漏れ出る光が不規則に揺れている。それは制御を失い、周囲の空気を振動させていた。
「大丈夫か?」キラは慎重に声をかけ、少女に近づいた。
ティアはかすかに目を開けた。その瞳は澄んだ青で、星空のような深みを湛えている。苦しげな声で彼女は呟いた。
「逃げないと……追ってくる……」
「追ってくる?誰が?」
キラの問いに答える間もなく、ティアの体から光が激しく暴れ出した。まるで彼女の恐怖が具現化したかのように、光が渦を巻き、風を呼び、木々の枝葉がムチのようにしなる。
「まずいな……!」
キラは懐から小型の虹光石を取り出した。それは彼が調整していた試作品で虹結晶と呼んでいた。7つの光のエネルギーを収束し、コントロールするための特殊な装置だった。
「君、じっとしてろ。これでなんとか……!」
キラは光石を地面に置き、手早く調整を始めた。虹光の力を扱う技術者としての経験が手を動かす。虹結晶を起動させ、ティアの暴走する光を吸収する準備を進めた。
ティアが再び苦しそうに体を震わせた瞬間、キラは虹結晶のスイッチを入れた。光が発せられ、ティアの体から漏れる暴走エネルギーを吸収し始める。
「落ち着け……これで大丈夫だ。」
しかし、暴走は完全には収まらなかった。ティアの感情に呼応するかのように光が強くなり、収束が追いつかない。
「くそっ……!」キラは虹結晶に自身の力を加えた。額に汗を浮かべながら、虹光の流れを調整し、吸収効率を高める。
「これでどうだ……!」
光石の中で虹光が大きく輝き、ティアの暴走する光が一気に吸い込まれていく。次第に風が静まり、青白い光が穏やかになっていった。
「君、無事か?」キラは膝をつき、弱りきったティアにそっと手を伸ばした。
ティアはかすかに息を整え、キラを見つめた。その瞳には、不安と安堵、そして驚きが混ざっている。
「……あなたは……?」
「キラだ。君は?」
ティアは少しの間、ためらうように黙っていたが、やがてかすかな微笑みを浮かべた。
「……ティア……」
その名が、まるで静けさを取り戻した夜に溶け込むように響く。キラはその瞬間、自分の中にある感情が動いたのを感じた。ただ助けただけではない――彼女の存在が何か特別なものを運んできたような、そんな感覚だった。
「ティア……何があったんだ?誰が君を追ってるんだ?」
キラの問いに、ティアは小さく首を横に振る。言葉では答えられない事情があるのだろう。だが、その震える体と寂しげな瞳がすべてを物語っていた。
「……大丈夫だ。ここはもう安全だから。」
キラの言葉にティアはかすかに目を見開いた。そして弱々しくも、彼を信じるように頷いた。