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#9 勇者もどき、旅立つ

その後も、アーデルハイト王女はちまちまと己の裁量で付き合ってきた優秀で「染まりきっていない」人材を連れてきた。

宰相の補佐官なんて大物が来た時は驚いた。

だけど、私は彼を連れ出そうとは思わなかった。


この国は崩壊してしまうが、この国の内実を知る人間がいなければ政治が成立するとは思えない。

地理も風土も知らない他国の人間が易々と統治出来るほど、この国は狭くない。


なので、彼には敢えて内部に残ってもらう。

信頼できる文官のリストアップや、資料の再編などを隙を見てやってもらうのだ。

その上で、彼らが「味方」であることを他国に密かに知らせなくてはならないし、うっかり殺されないように対処もしなければならない。

宰相の補佐官にも巾着を与え、そこに随時アンクレットを入れていくので、自分自身と保護しておくべき信頼の置ける部下たちに装着しておくよう伝えた。


補佐官は少し残念そうだった。

けれど、自分が出来る最大の善行だと最終的には納得してくれた。

旅についてきたとして、ヨエル大司教ほど旅慣れているわけでもなく、モカとカイほど武力があるわけでもない。

自分が一番輝くのは政治の場であることくらい、彼は分かっていた。


まあ、私としては、崩壊した後、統治する人たちの役に立つ人材は置いていく他ないという方針。


どういう形でこの国の決着がつくにせよ、奸臣と呼ばれる人たちは粛清されるだろう。

役立たずの無能な王族も処分対象になる。

そうなると空位がとんでもなく目立ち、また統治に問題が出てくる。

けれど優秀な人材が生き残っていたら、その問題は解決が早くなる。


内実は補佐官に聞くより先に、その辺に解き放っている使い魔で知っている。

大臣などの要職にいる人物は部下にほとんど丸投げで、決裁の印鑑を押すだけで給料をもらっている。

なので大臣や宰相はいなくても問題ない。

大事なのは下で頑張って仕事をしている人たちだけ。



そうして三か月が経過した頃。

必要な物資もモカとカイが買いそろえてくれて、ヨエル大司教も出立の準備を終えて。

王宮に勤める人間で、保護が必要な人間たちにアンクレットの配布も終わり。

密かに連絡を取った他国の人間が識別できるような分かりやすい符丁の準備も終わった。

リストアップした優秀な人材一覧もあちらに渡ったし、あとは城を出ていくのみ。



「アーデルハイト王女。

 どうしても持ち出したいけれど、持ち出せなかったものがありますよね」

「え?」

「ご母堂の肖像画です。きっとあなたの宮にはなかったでしょう?

 王族の肖像画のある部屋とかそういうところにあると思うんですけど」



きゅう、と眉を寄せ、仕方のないことだとばかりに首を振るので、その手を握った。



「持っていきましょう。アーデルハイト王女以外の誰が必要としてるんです?

 お母上だって、誰も見てくれないところに飾られて、もしかすると燃え落ちてしまうかもしれないところにほったらかされるより、娘と一緒の方がいいでしょうし」



私自身は血縁上の親やらの写真だのなんだのは要らない。もらってもその場で燃やす。

けれど「普通」の人間はそうじゃないというのは分かっている。

そして、アーデルハイト王女が、母を慕わしく思っているということも知っている。

なら、別にそんな難易度の高いことでもないし、ささっと持ち出すもの持ち出してこの城を出ていってしまうのがよろしい。


イデアと私とアーデルハイト王女に、害のある存在を寄せ付けない結界と、私たちの存在をぼかす結界の両方をかけて宮を出る。

時間は朝から昼になろうというところ。

道案内を兼ねたイデアを先頭にてくてく歩いて十分ほどで、歴代王族とその伴侶の肖像画を納める倉庫に辿り着いた。

鍵も魔術でちょちょいのちょい。

新しい順に収納されている肖像画には、側面に名前が書いてある。

それをアーデルハイト王女はささっと確認していき、一つの肖像画をそっと取り出した。

そうして、面影ある少女の描かれたそれを手に、ほろりと涙を零した。



「その肖像画ですね?」

「はい。お母様です」

「よかった。じゃあ私が預かっておきます」



そっと巾着に吸わせて、いつでも見たい時は言ってくださいねと付け足しておく。

そうして涙が落ち着いたらすぐさま城を出る。

宮には分かりやすく色のついた結界を張っていた。

それも私たちが城を出て三日ほどで解除されるようにしてある。


で、中には置手紙。


「お前ら信頼できないって分かったから出てく。じゃあな」


みたいな捨て台詞だけ書いてある。

どこに行くとも誰と行くとも何も書いてない。

だけど、王宮内で私が接していたのなんて、アーデルハイト王女くらいのものだと思われている。

じゃあ急ぎ探せば解決だねとなるかもしれないが、甘い。


私たちは国を出るまでは変装しておくのだ。


具体的には、髪色と瞳の色を変える魔術を掛けておく。

平民にはよくいる、鳶色風な髪色に、青か緑の瞳。

それで身にまとっているのは、少々上流程度の、けれど貴族というほどではない普通の服。


で、カイとモカには荷馬車と馬を購入してもらっている。

そこにヨエル大司教が合流している。勿論彼も髪色や瞳の色を一時的に違う色にして、服も私たちと似たり寄ったりだ。


宰相補佐が偽造してくれた、ある意味本物の身分証明書も人数分ある。

私たちは遊学のために各地を転々としており、ヨエル大司教は引率兼保護者。カイとモカは護衛役。私とイデアとアーデルハイトは学生。

そういう設定にしている。




てくてくと三人で城を出る。

私たちの存在はぼやけているので、元々そこにいると認識していない限りは居ると認識されない。

なので、まあ、衛兵さえ私たちを認識できず止めもしてこない。

多分だけど攻撃しても気付かないんじゃないだろうか。しないけれど。


そのまま、大司教の居る教会に向かう。

今日は説話を終えた後、部屋の中で書類仕事というスケジュールにしているというから、部屋に直接行って連れ出すだけでいい。

彼も直筆の置手紙を準備しているそう。


想像以上に質素な教会の、少しだけ日当たりがいい部屋。

そこがヨエル大司教の部屋だと聞いていたので、窓から様子を見てから窓を開けてお邪魔する。



「ああ、いらっしゃいましたね。仕事もひと段落ついたところです」

「うん。準備は出来てますか」

「不審に思われぬよう整えてあります」



さっといつもの服を脱いで、その場で着替えてしまう。

恥じらいがないのは性別がないからと、元貴族で着替えを手伝ってもらうこともあったせいなんだろうなあ。

まあ、下着は脱がなかったし、私としては別段問題ない。


あっという間に着替え終わり、ポケットに巾着をしまい込んだヨエル大司教は、書類の山の上に手紙を一通置いた。

少し厚みがあるので、今後の指示だとかもしてあるのだろう。



「参りましょう。あと一刻ほどすると昼食の時間となってしまいますから」

「ですね」



というわけで、結界の張り直し。

それからさっと教会を出て、カイとモカとの待ち合わせ場所――王宮から一番近い、初代勇者の銅像前まで行く。

カイとモカは目立つ容姿ではない。むしろ非常に平凡な色合いなので、騎士としての服でなくなるだけで周囲にすっと馴染む。

そんな二人は、近くの車止めに荷馬車を預けているのでそちらへ、と誘導してくれた。

不自然でないように、木箱を二つみっつ。

中には鍋とかテントとか、食料とか着替えとか。

荷物を改められても、ああ旅人ね、と思われるセットが入っている。



「街中では荷馬車に乗るよりも、馬を引いて歩くのが一般的です。

 なので、歩いてまいりましょうか」

「うん。あ、カイとモカは敬語じゃなくていいですよ。

 ヨエルも、丁寧過ぎない敬語で。

 村とか町の子供に対して言うような感じでお願いします」



私も少し崩した感じで話すことを意識する。

アーデルハイト王女やイデアは幼いなりにおしゃまに大人に接している、という設定で通す。

私や、お互いへの話しかけで敬語を外す訓練はしたので、大人組に対してだけは敬語という風に出来るので、そこだけでも印象は違うだろう。


検問では、管轄違いなのでモカとカイが騎士だとはちらとも思われず。

私たちも不審がられず、勉強頑張ってこいよと送り出された。



ところで。

この旅の最初の目標地点は、旧勇者の家である。

今現在生きている勇者は彼一人。

彼が望むのなら元の世界へ戻す。

もしももう望まないのなら、一思いに楽にする。

そのためにも、魔族領に近い東方へと行くのだ。


で、彼を『解放』したら、魔族領に入る。


魔族はすでに弱体化して久しい。

その彼らを調査し、散り散りになった彼らに王を抱かせ、侵略しないさせないを徹底させる。

防戦はしていい。攻撃はするな。

これを徹底してもらえば共存はまだ可能だろうと思うのだ。



「ユウキ殿。長旅となりますから、きちんと敷物の上に座ってくださいね」

「あ、はい」

「尻の皮が剥けるものも時にはいるのですよ。

 まあ馬に初めて乗るものに多いのですが、荷馬車でもたまにいます」



怖い脅し文句だ。

ヨエル大司教とカイとモカの言うとおりにしようと、改めて決意した。

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