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#7 勇者もどきの短い幕間

声が聞こえる。


生まれてこなければよかった。


――存在を否定するなら、施設にでも預けれ ばよかったのに。

そうしてくれたなら、私はこんな歪んだ人間にならずに済んだろう。

みすぼらしい子供として、異端として、世界のすべてから忌まれることなく生きられたろうに。

私の根源は怒りであって、優しさだとかそういった温かなものではない。


だから、手中に入れた「彼ら」「彼女ら」をどう扱えばいいか分からない。

大事に扱うこと。傷つけさせないこと。

そのいずれもが暴力的であることは理解している。

けど、私が出来るのは、そういうことしかない。

温かな言葉をかけたり、微笑みかけたり、そういうことは私にはできない。

適したタイミングさえ計りかねるのに、唐突にそんなことをされてもあちらは不審に思うばかりだろうし。

私がそうされたいと思うタイミングでそうすればいい。

そう思われるかもしれない。けど、そうされたいと思わない。だから、分からない。



出来ることはただ、命を繋ぐように守ることだけ。



なんと頼りない「使徒」だろう。失笑を心の中だけで浮かべる。

期待されればされるほど、手足に絡みつくような重さを感じてしまう。

だけどこれは期待されずに生きてきた反動だとなんとなく理解しているし、慣れるべき重みだとも分かっている。

この世界での期待ほどじゃなくても、あちらの――地球で、日本で生きていたとしても、違う重みを抱えて生きていかなきゃいけなかった。

だから、どうってことはない。

ただ、あちらでは背負うことのなかったろう命が重たい。


子供を持つ気も、そもそも恋人を作る気さえなかった。

まともな愛情を享けずに子供時代を過ごした自覚があるし、他者への愛情なんてものもない。

友情さえまともに抱いたことがない人間だった。


当たり障りのない人間関係なら出来る。

だけど、親しく付き合うなんてことはしたことがない。今後もするつもりもなかった。

自由に生き、ひっそりと死ぬ。それでよかった。


だけどもう、そうはいかない。

この世界をなんとかして、ある程度落ち着くまでは自由ではないし。

落ち着くのを見守った後に死ぬとして、その時に一人でない確証もない。

……王女の血筋を見守って生きてしまうかもしれないし。



同じベッドの上、右隣で丸まって眠る王女の寝顔を横目に見る。そして、左隣のイデアへも視線を向ける。

恵まれているようで恵まれていない、小さな子供。

この世界のどこかで腰を落ち着けることがあったら、その時は解放してあげないといけない。

旅暮らしの粗末な生活をさせてしまうけれど、身の危険だけはこれまでの王宮暮らしとは比べ物にならないほど減るだろうし、納得してくれたらいいな。


そんなことを考えている間に眠り、誰よりも早く眼が覚める。

これは別に危険がどうこうじゃなく、元々ショートスリーパーなせい。

二人を起こさないようにベッドから降りてソファに座って水を飲む。

暖炉では私が設置した程よい炎がずっと燃えていて部屋を温めてくれている。

加湿の意味も込めてその炎の上には水で満たした水鍋を置いているので起きた時に無駄に乾燥していたりもせず快適だ。

おまけに洗顔用のお湯も確保できる。

柄杓でお湯を水入り洗面器に移動させて程よい温度にしたら、浴室の洗面台で顔を洗う。

使いまわしするほど水に困ってもないし、洗面器の水は捨てちゃう。



で、朝食は私が作る。

パンは王宮の厨房でまとめて焼き上げたものが毎日昼前に届くので、それを三食分として計算して食べる。

アーデルハイト王女がここで毎食食べるようになったので、およそ三人分は最低でも届く。


ここで、パンに毒でも入っていたら?と思うかもしれないけど、私の結界を通る時に毒は消滅する。

有毒なものが除去されて安全なものだけが通ることができる――まあ、要するに、毒ガスがあっても無意味だということ。

ともあれ毒が仕込まれていてもこの場にある以上安全なので遠慮なく料理する。


といっても私は家庭科くらいでしか料理の経験がないので、適当にちぎったサラダだとかオムレツくらいしか作れないんだけど。

ドレッシングは家庭科の先生が自作できるといって教えてくれたので作れる。

出来たものを部屋に運ぶ頃には二人が起きて身支度を済ませているので、テーブルを囲んで食べて、片付けはイデアに任せる。

その間、洗濯を魔法でやりながらアーデルハイト王女の今日の予定を確認しておく。



王女はあちら――王側の動向を探ったりしてくれている。

私を男だと認識している王たちは、初日から殆ど私の塒に泊まり込んでいる王女を「愛人」だと認識していて、裏切っているだなどとも思わずに流した情報を鵜呑みにさえしている。

なんとも扱いやすくて助かってる。


それで、王女はヨエル大司教を介して信頼のおける人物たちに招集をかけてくれている。

彼が隠れ蓑として限りなく有用な理由として、政治的な立場になく、尚且つ紐がついていないから。

跡継ぎを望めない体であるが故のお飾りと認識されているおかげで監視がほぼないのだそう。



今日は午前中に元々住んでいた宮から普段使いの衣装一式を引き上げてきて、午後からは信頼の置ける騎士との面会に立ち会う予定がある。

衣装一式となれば重たいから本来なら男性の使用人が複数人で運び出すところ、それを細腕で出来るようにするのが私の魔術というわけで。

国民的アニメのなんでもいっぱい無限大に入るあのポケットを意識して作った袋を王女に渡してある。

巾着程度の大きさの袋だけど、袋の口を近づけて念じるだけで望んだものが中に収納される。

専用の異空間に収納されるので重量も感じないし、王女の魔力に合わせて調整してあるので奪われても何の問題もない。

異空間の中身は私が取り出せるし。



ともかく。王女とイデアが荷物の回収のため外出したら暇になった。

二人には手作りの使い魔をつけているので結界が発動でもすれば使い魔が二人を守りながら連れ帰ってくれるはずだし、同じく大司教のところにも使い魔はいるので気にする事もない。


そうなると暇なので魔力をこねて新しい使い魔を作る他にやることがない。

造形は別にどうだってよい。

念じれば念じた通りになるし、そもそも人がその造形を見ることはない。何分透明な状態で使役するので。

なら何故こねるのか。魔力を察知できる魔術師たちの目をかいくぐるために、自然に「在る」魔力に見せかけるべく、自然な状態に偽装してる。

王やら宰相やらの近くに常駐させて手札を読むために使うので、私とリザティア以外の誰にも気付かれないような状態にしないといけない。


そう、リザティアは私に委ねてくれてはいるけど、ほんの僅かに分けた意識体をこの世界の見守りに割いている。

この世界に私が見切りをつけたとして、安全に私を回収し、この惑星を『リセット』する必要があるから。

だけど意識の殆どを別の惑星管理に使っているから人間と同程度、あるいはちょっと上程度の知性しかなくて、権限や使役できる能力も私よりずいぶん低いと聞いてる。

あくまで回収装置、あくまで監視カメラ。

そういう役割。



私だってそういう役割。



この世界を『浄化』し、不必要を棄て必要を救う。

乱れを整え、歪みを正し、長く永く続いていけるようにする。

そのために連れてこられた。

結局世の中とはそういう風に何かしらの役割を持つもので出来ている。

この世界に関しては歪んだ役割にすり替わって久しいし、整理整頓しないといけない。


なんて考えながら魔力をこねて過ごして、戻ってきた王女と片付けをして。

その間にイデアが作ってくれた昼食を三人で食べて。

リザティアからもらった情報以外の、アーデルハイト王女が知っている細かい情報を聞いているうちに約束の時間となった。




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