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#6 勇者もどきは新たな協力者と出会う

アーデルハイト王女の伝手の一人。大司教、ヨエル・ロセアンは、深い藍色の髪に同じ色の瞳をした華奢な男性だった。男性、と思ったのは胸が完全に平べったくて、私よりも背が高かったから。それに、スカートでなくズボンだったので。



「どうぞ、ヨエルとお呼びください。ユウキ様、とお呼びしても?」

「ご自由に」



少しレトロな感じだけど柔らかくて座り心地のいいソファに、アーデルハイトと並んで座って。その対面にヨエル大司教が座っている。

イデアは部屋の入口に控えている。



「手紙では全て筒抜けになるかと思い、ヨエル大司教には「勇者ユウキ殿にお会いしてみないか」としか伝えられなかったのです。

 大司教、ユウキ殿は国内外の情報を求めておいでで、また、信頼できる部下も求めておられるのです」

「なるほど。教会の僕をお呼びになるわけです。

 ただ……なぜユウキ殿がそういった情報をお求めか、理由を伺ってからでもよろしいでしょうか」



もちろん。

私は目の前の男に何もかも、けれど大体かいつまんでの目的を話した。

相槌はしても、質問はしてこない。

表情も真剣そのもので最後まで話し終えた後は脱力したように細く長く息を吐いた。



「創世の女神の恩情に感謝を。見捨てられても文句の言えぬ世界でしょうに」

「見捨てるにも等しいと思いますけどね、調整に遣わしたのがこんな人間ですし」

「いえ。ユウキ殿は情け深いお方でしょう。痛みをよく知るお方に見受けられます。

 故に、僕はあなたに秘密を晒そうと思う」



ヨエル大司教はきちんと座り直して、自分の胸板に片手を添えた。



「僕には性別というものが備わっていません。男でも女でもないのです」



はい?

疑問符がモロに頭の上に浮かぶような、そんな発言をしてくれた。

性別がないというのはどういうこと?



「男性器も女性器もないのですよ。排泄のための穴というものはあるのですが。

 ですから婚姻もできませんし、それが理由で教会に放り込まれたというわけです」

「はあ。大司教という立場も、そういう関係で?」

「はい。いずれは教皇にと教育を受けていましたが、……その前にこの国は終わりですね」



中性的――いや、無性なんだけど、まあ美しい顔で微笑んでいるヨエル大司教。

にこにこ笑いながらあれこれ語ってくれた。


教会で役職を持つためには治癒術を修める必要があり、ヨエル大司教は一定範囲の人間をまとめて癒す術を独自に習得している。

これは彼が編み出した秘術で、魔力量ではなく個人の適正で習得できるかどうかが大きく変わるのだとか。今のところヨエル大司教の部下二名以外は使えないそう。


この国においての教会は大義名分のために存在しているようなもので、上位階級にいても安穏と過ごせるわけではないとか。

現在十人いる大司教、その半数は直属の部下たちを連れて国中を巡回する。


大きな町であれば支部として教会があるけれど、小さな村には教会を支える余裕もない。

それに支部には治癒術を使える人間はいるにはいるけれど、潤沢に配置されているわけではない。

最低一人、その一人が支部の長として働く。

その長は実質治癒術専門で、教会が行うその他全ての仕事は支部に配属する修道女や牧師が行う。


ヨエル大司教は十日前、巡回を終えて戻ってきた。私が「来た」その日に戻ったことになる。

随行した部下を休ませ、自分も短い休暇に入ったところで連絡が来たので即応じられたとか。



「創世の女神のご意思でしょう。普段は王都にいるのも気詰まりなので、可能な限り巡回をしていますから」



その声色の裏側には憂鬱げな色が隠れている。

政争に関わらない、生家から捨てるようにして教会に所属させられた青い血。

若くして大司教に成り上がった美しい外見の人間で、積極的に奉仕行動でもある巡回を務める――国民への人気取りにはこの上なく有用だったろう。

教皇が内定しているのも納得だね。


ただ本人も分かっている通り、組織の頂点に至ったとしても、ヨエル大司教の意思は反映されないんじゃないかな。

お飾りとして綺麗な言葉を口にし、慈悲深い聖職者という象徴として行動することは許されても、彼個人がしたいことってさせてもらえないんだろうな。

そう考えると、まあ、まだ多少残った自由な行動――巡回に熱心になるのは分かる。


ただ。



「その巡回での情報も私にいただけると?」

「はい、もちろんです。ユウキ殿のお役に立つのならいくらでもお話いたしますとも」



ならばと平民の暮らしを聞いてみれば、まあ大部分は滅んでも別にいいかなと。

蹂躙して滅ぼした国の民を奴隷として労働させて自分たちはゆったり暮らしていて、わずかにいる貧民も奴隷との間に生まれた子だそう。

労働力――すなわち力とかそういったものが必要でない仕事、芸術関係や服飾関係には従事するけど、畑は耕さないし家畜の世話もしない。

樵も奴隷がするし、炭鉱なんてもちろんそう。

管理者として君臨はしても雑草一本抜かないしツルハシも握らない。そんな国民ばかりの国が成立してる時点でかなり歪んでいる。

だからヨエル大司教が多く診るのは奴隷。

死ぬともったいないから、教会が巡回に来るまでケガや病気をした奴隷は休ませてもらえるのだとか。


ため息が出る。出てしまう。



「無力な僕ですが、彼らに出来ることはしてきたつもりです。

 ……ユウキ殿にとっては、残酷なお話をしてしまった。謝罪を」

「いえ。リザティアは本当にこの世界を見る暇がなかったのだなと」

「創世の女神の慈悲は今目の前におられる。それだけで誰もが救いを感じますよ」



世の老若男女を口説き落とせそうな笑顔でヨエル大司教が言う。

私が慈悲なわけがない。これからこの国を崩壊させて人間の社会を混乱させるのだから。

……少なくとも。



「勇者はもういらない。人類の都合のいい駒はもう呼び出させない。

 創世の女神の意思だと伝わったら、どうなりますかね」

「即時周辺国家が攻め込んでくるでしょうね。

 長らく敵国として警戒されてきたわけですし、密約も交わされています。真実であることが分かり次第大戦となるでしょう」



ヨエル大司教はすべてを覚悟している。

ならば私が言えることはたった一つ。



「ヨエル大司教も、アーデルハイト王女も、イデアも。

 私に協力し、その身を捧ぐ覚悟はあるんですよね」

「もちろんです」

「はい」



イデアだけは微動だにしないけれど、その瞳の色つやから同意は察せる。

なので、全員分のシンプル極まりないアンクレットを作り出して手のひらに乗せた。



「一度だけ死を免れる魔法の品です。

 私は私のものを壊され、奪われることが我慢ならない。

 防御結界も与え、毒も無効にさせていますが、念のため。

 ……私のものになったのなら、寿命以外で死ぬことは許さない」



ヨエル大司教は感極まったような表情でアンクレットを摘み取り、アーデルハイト王女は恐れ多いと言わんばかりの表情で小さな掌にアンクレットを取り。イデアは。



「この装飾品は、どのようにつけるものでしょうか」



不思議そうに言う。

ああ、そうか。そもそもよく分からないのか。



「これは足首につける装飾品。サイズは勝手に変わるので、留め金……ここを外して、足首に巻くようにしてもらえれば。

 こちらの世界では足首を見せることは殆んどないし、足首を締める衣装や靴は一般的じゃないようなので問題ないでしょう」



私からすると随分な厚着というか、肌を隠す習慣に思えるけれど、今回に限っては好都合。

イデアはクラシカルなメイド服――くるぶしより少し上までの黒いワンピースに白いエプロン、足元はくるぶしより少し上まであるブーツ。

アーデルハイトはヒールのないメリー・ジェーンをよく履いているけれど、ふわふわしたドレスの裾やパニエの膨らみに足首は見えない。

無論ヨエル大司教はズボンとブーツで見えない。万が一にもスカート状の聖職者としての服があっても、恐らく二人の少女の例から言って足首――足を見せる丈のものではないだろう。


そしてこのアンクレットは華奢なつくりで、可能な限り細身にしたしつけていて違和感を覚えるようにはしていない。だから、彼らもすぐに身に着けていることを忘れるほど馴染むだろうと思った。


彼らは私の「仕事」に必要な駒。だから、目の届かない場所で勝手に死なれては困る。


そう、思うことで、私は感情に蓋をした。



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