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#5 王女と侍女の考えること


「死なれては困るので、加護を授けようと思います。

 行動を大きく制限するものではないし、普段通りの生活ができます。ただ」



ユウキ殿は、少しだけ言いよどんだ。

どう表現すべきか悩んだのかもしれない。



「ここ以外での飲食ができなくなるかもしれないし、会う人全員弾き飛ばすかもしれない。

 穏便に済ませようとすると二人の命が危ないかもしれないから守りを弱くすることができないんです」



女性でありながら、中性的な外見のユウキ殿は、声も低くて中性的で。黒に近い茶色の瞳はいつ見上げても感情の煌めきが少なくて。

圧倒的な強さを持ち、果断な判断を出来るお方で。

恐らくはまだ十代の半ばほどだろうご年齢なのに、どうしてこんなに疲れて乾いて、何もかもから距離を置いておられるのか。

……わたくしたちのせいでないのなら、この方は、愛を享けて生きてこなかったのかも。


わたくしは、お母様には愛されていた。

乳母とお母様、それ以外には愛されなかったけれど。

けれど、二人だけはわたくしを慈しみ、愛してくださった。

そして、日陰者であるがために、異端でありながら有能なものたちと信頼を交わすことだって出来た。

侍女だって、イデアという絶対に信頼のおけるものが傍にいた。



けれど、ユウキ殿は違ったのでしょう。

凍てついて、凝り固まって、まるで氷でできた剣のよう。

それでもこのお方を信じたいと思うのは、わたくしとイデアに向ける慈しみにも似た感情があるから。

温度は感じないし、慣れているようにも思えない。けれど、けれど。

ユウキ殿はわたくしたちに手を差し伸べ、導こうとしてくださっている。それだけは分かるのです。


だから、微笑んでみせた。



「ユウキ殿が必要だと思うのなら、それでかまいません。

 ここでの勤めを終えるまでの関係なのですから、多少悪印象を残しても問題ありません」

「そう?……まあ、毒も、無効にしてしまえばいいわけだし。

 アーデルハイト王女とイデアには苦労をかけるけど、少しの間だけですから」



イデアと一緒に軽くお辞儀をする。このお方には、言葉を尽くすとともに、行動でも感謝を伝えるべきだ。解釈を間違えているとか、そういった誤解をされないようにしなければ。

これは生き残りたい、生き延びたいというエゴだけではありません。


わたくしたちはあなたの陣営、あなたの味方だ、と、幾度でもお伝えしなければ。


そうしなければ、ユウキ殿は安心して過ごせないと思うのです。

たとえわたくしたちが無力で、ユウキ殿を害する力など一切ないとしても、手の届く距離にいる者が味方ではないと思うと休めもしないでしょう。


ふ、と、似た境遇にある大司教殿を思い出しました。

彼は信頼のおける人間。経歴や背景、立ち位置的にユウキ殿のお役に立つはず。後程手紙を送って訪問していただけないかを問い合わせなければ。













イデアは生国の王女として生を受けた。

けれど王族として生きた記憶はなく、物心ついた時にはこの国で奴隷を兼ねた下働きとして使われていて、父母の顔さえ知らないまま今に至る。


早朝から深夜まで働いていて、専門の働き先さえなかった――洗濯から掃除、厨房の雑用と、ひとところに留まることなく駆けずり回って一日を過ごしていた。

食事とて、前日に余ったものを与えられた。季節によっては傷み始めてさえいたが、それでも空腹には耐えきれずに口にし、命を繋いだ。

生き残る意味など知らなかったし、いいことがあるなどと思いさえしなかったけれど。


そんな生活をしていても、痩せこけて背が伸びにくくても、イデアの体は大人の女性になろうと成長していく。

王族であっただけあり、イデアの顔は整っていたし、陰のある雰囲気も身分ある女性の華やかさに慣れた男からすると新鮮にも映ったのだろう。

軽薄そうな男に連れ去られ、凌辱されそうになった。

イデアは抵抗した。仕事に戻してくれ、と、頼んだ。

男はそれを高笑いしながら拒み、イデアの着古した装束を破り、素肌に手をかけようとして――そこで、激怒したアーデルハイトが飛び込んできた。



「わたくしの庭で何をしているの!?」



男は知らなかったらしいが、そこはアーデルハイトの住まう宮の庭だった。

彼女は王に半ば忘れられた存在だったので警備の騎士が怠けていることはしょっちゅう。だから男も空いている宮だと誤認した。

さすがに王女本人には警備の女騎士がついて回っていたのでその場で男は捕まり、イデアは王女とその侍女に匿われた。


男は下級貴族の嫡男だったが、よりにもよって王城での、王族の宮での不祥事とあって、即座に身分をはく奪されたと聞く。


だが、イデアはそんなことはどうだってよかった。

あの日、イデアから話を聞いたアーデルハイトは、自分のために憤り、泣いてくれた。

そして、この宮で引き取る、嫁ぎ先にも一緒に連れていく、責任を取る、と、約束してくれたのだ。

生まれて初めて自分のことをまっすぐに見て、憐れんで、守ってくれるという存在を得たイデアは、ならばアーデルハイトの望みは全て叶えようと決めた。



ユウキという「勇者」の世話をするよう命じられても、イデアは疑問を抱かない。

難しい話はちっとも分からないが、アーデルハイトが決めたことなら間違いはないから。


しかもユウキの世話というのは手間がかからない。

彼女は男性的な衣装を好むし、簡素なものばかり着る。着付けをしなくていいのだ。

食事だって、豪華なものはいらないとハッキリ言われた。

パンに汁物、肉と野菜を炒めたものや煮込んだものといった、使用人の食事でさえおいしいと褒めてくれる。

洗濯物も、「洗浄魔法」なるものでユウキがやってくれるから、イデアがやるべきことは少ない。


来客も、ユウキが編み上げた「結界」なるもののお陰で宮とその周辺に悪意ある存在が入り込めない関係からほとんどない。

悪意はないが怯えている侍女たちがガタガタ震えながら手紙を届けに来たりはするから、宮の前に待たせたうえでユウキに届けて返事をもらったりはする。

けれどユウキは一度たりとも手紙に誘われて外へいったりはしていない。


彼女が言うには、お茶会だの晩餐会だの、実のある誘いではないそう。実利のある誘いが来れば逆に招いて話をするつもりなのに、とつまらなそうだった。


ユウキの望むような客人は、この国には両手の指の数で足りるほどもいないんじゃないか。

そんな風にイデアは思った。









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