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#4 勇者もどきは配下と情報を手に入れる


第一王女、アーデルハイト。

現在の王の長女という位置付けにあるけど、初めての子供というわけではない。上に兄が二人いて、下には弟一人と妹が二人。

それでもって、長男が側妃の子供らしいので家庭環境はお察しだ。


正妃であるお母さんは属国の王族から選ばれ、結婚当時まだ十二歳だったとか。

はあ、腐ってんな。

もちろんそんな年齢で赤ちゃんが作れるはずもないのでもうちょっと年上の――それでも十五歳――国内の貴族令嬢を側妃に迎えたわけ。

そんなわけで年齢的優位もあって側妃が先に出産して、その後正妃が妊娠した。


それで、元々体が強くなかった正妃は一回目で既にヘロヘロだったんだけど、お構いなしに励まれて二回目の妊娠。

この時点で大分お母さんである正妃はめげていたけど気力で出産にこぎつけ、アーデルハイト王女が辛うじて顔を覚えているような年齢まで寝たきりで暮らし――亡くなった。

聞いたところ享年二十歳。

鬼畜過ぎない?現王。




正妃は兄にもアーデルハイト王女にもきちんとした乳母を用意していた。

だけど、兄を次王に担ぎたい連中によって乳母は勝手に変更され、彼は都合のいい歪んだ男へと教育された。

それを知った時には正妃はもう、アーデルハイト王女を産んだダメージで身動きが取れる状態ではなくなっていた。


幸いだったのは、アーデルハイト王女が女児だったこと。


いずれ適当に属国に下賜するだけの存在として、最低限取り繕えばいいだけと判断されて乳母を変更したりの手間をかけられずに済んだ。

教育に関しても予算内で、あまり逸脱したものでなければ特に精査もなく。正妃の遺志を継いだ乳母の提案した通りになった。



だからアーデルハイト王女はこの国で唯一「真っ当」な思想と政治感覚を持った王族として育った。



そんなアーデルハイト王女の持つ周辺情勢を簡単にまとめて話してもらったけど、まあ、詰んでいる。

属国は表向き従順だけど隙あらば反逆し己の誇りを取り戻そうとしている。

それ以外の周辺の国は秘密裏に同盟を結び、勇者を擁するこの国が綻んだその瞬間牙を剥くべく長年備えてきている。

もちろん属国にはその情報が入っていて、周辺国が蜂起すると同時に無条件で降伏することを条件に、戦後、独立国として再起させてもらえるよう取引が済んでいるとか。


そして私の「前」に来た勇者は、十年前の戦争ではまだ辛うじて人間として動けていた。

けれど長い間精神に干渉され続けた結果、「勇者」はもう廃人だそうで。

寝食その他日常生活を他人に世話されながら肉体の死を待っているそう。

要するに、私が「勇者」として服従していない今。この国は切っ掛けがあれば即座に抹殺される。



長くあれこれ喋ってくれたアーデルハイト王女は、カップの水を飲んで一息つく。



「ところで、私についてくる……となると、平民と同等か、開拓民みたいな暮らしをすることになりますけど。不安はないですか」

「問題ありません。わたくしが残ったところで、この国に善行を施すことはできませんもの。

 ならば、ユウキ殿のお役に立つよう尽力すべきだと考えます」



確かにね。

既に滅ぶと決まっている国だし、残ったところで王族というだけで処刑されることが決まっているに等しい。

もしかすると生き残れるかもしれないけど、そういう場合って大抵戦利品扱いだろうし、何か出来る力もなく生かされるだけなんじゃないかな?


それなら貴重な現地人としてある程度大事にする私と来た方がまだ為せることはある。

何分こちらのものの価値も分からない異世界人なので、物知りな部下は居れば居るほどいい。

お姫様だから、例えば市場での買い物は知らないとしても、市場の仕組みは知ってるわけだしね。色んな情報を知りたい私からすればありがたい人だ。

ならばイデアは?というと、彼女は彼女で必要。

私には必要なくても、役に立つ部下たちの世話係はたぶん必要だと思う。

アーデルハイト王女の人脈で得られる人たちって、絶対身分が上の人たちだし。そういう人たちが着替えや食事はともかくとして、洗濯や掃除ができるとは思わない。

だから、ひとまずイデアは確保しておきたい。



……冷淡、だろうか。


程良く冷えた水を一口分だけ口に含み、少し乾いた喉を潤す。

あれこれ理由をつけて甚振られてきたお陰だろうけど、人間関係を損得で考えて感情を挟まない癖がついてしまっている。

お互いに利益があって、裏切らないほうが有益な場合だけ、私は相手を信じられる。そうでなければ信頼などできない。


役所だって私を助けはしなかった――見捨てたのだ。

真冬の、水たまりが凍るほどに寒い夜に、酒を浴びせられた状態で家の前に放置されている私を救ったのは、血縁上の家族でもなく、役人でもなく、近所の住人でもなく。

たまたま通ったタクシーの運転手だけだったのだから。

あの運転手のようなお人好しは世間に多くない。

稀少と言っていいと思う。

だから私は損得だけで関係を築くことにした。そうすれば、私は傷付かない。



ただ。



子供だけは。

まだ育ち切らない、小さな子供だけは守りたいと思う。

救いようのない感性でない限り、多少の悪たれだって構わない。

親の愛を享けなかった子供ならばなおさら。

私に愛は分からない。与えられなかった遠いものだから。

だけど、守るということは分かる。

あの日、凍って死ぬ予定の私を温め、束の間でも守ってくれた、老いたタクシー運転手から。守る、ということを、少しだけ学んだから。


アーデルハイト王女と、イデアの頭を交互に撫でて、私は頷いてみせた。

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