#3 勇者もどきは王女と話し合う
アーデルハイト王女が提供してくれた来賓の宮は、恐らく一番小規模――貴人一人が最低限の使用人と過ごすためだろう平屋の建物だった。
面会を待つための部屋。そこから応接の部屋。続いて寝室と衣装部屋、浴室にトイレ。他に、使用人のための部屋と厨房に食糧庫。
言葉にしたら一軒家くらいに思えるけど、使用人が使う場所以外は大体規模が大きい。
トイレでさえ悠々とした広さで、浴室は水源不明なかけ流しの大きな湯舟があった。
ついでに言えばトイレは水洗だった。歴代の勇者が洗脳に負けず開発したんだろうな。
で。
侍女は二時間後にたった一人がやってきた。アーデルハイト王女は自身の侍女を宮の外に置いて、説明のために一緒に来てくれた。
この侍女は十年前にこの国が滅ぼした小国の王族だった少女で。思想や性格を考慮し、勤務態度や経歴も考えた上でたった一人合格を出せる人物だそうだ。
「そして、これはわたくしのわがままなのですが」
保護してあげてほしい、と、言われた。
侍女の目は昏く、感情の煌めきがない。
「他の元王族は我が国の王族や貴族に虐め殺され、彼女も危ういところをわたくしが手を回してなんとか傍付きの侍女として召し上げたのです。
けれどわたくしは王女ですからあまり力がありません。
しかし、勇者殿――」
「ユウキでいい」
「ユウキ殿。あなたのお傍は、わたくしの手元よりもきっと安全です。
彼女を守ってくださるのなら、わたくしに出来ることはなんでもいたします。
侍女として、この娘をもらってはいただけませんか?」
侍女の年齢は十五、六だろうか。
背が高い方の私と比べてもずいぶん背が低いように思えるので、おそらく成長期を妨げられているのだろう。
腕組みして考えること数秒。
「いいですよ。身の回りの――掃除とか、洗濯とか。料理をしてくれるのなら、他の事情に関係なく。快適な滞在のために彼女を守るよ」
王女はほっとしたように息を吐き、侍女にお辞儀をさせる。
「この娘の名はイデアです。お望みの仕事は全てこなせるかと思います。ですが――」
アーデルハイト王女は真剣な顔をして、私にだけ聞こえるようにそっと身を寄せてきた。
「夜伽だけはご遠慮ください。…それを望まれて、心を閉ざした娘なのですよ」
はい?
えっ、この人勘違いしてない?
いや、そういえばこの世界の人たちは男女で服が違うし。
私、体型貧相だしな。ジーパン履いてるし。
露骨に顔立ちも違うし。身長もまあ高い方だし。
「アーデルハイト王女とイデアにだけ教えておきます。私、女ですよ」
きょとん、とした顔をして、それからみるみる顔が蒼褪めていく王女様。まあ性別間違えたってなら失敗したってなるよね。
倒れないうちに肩を両手で掴んで、近くの椅子に誘導して座らせてあげる。
そもそも十二歳の女の子だ、異世界――別人種の見分けがしっかりできるはずもない。多分他の連中も男だと思ってそうだし、怒るはずもない。
「気にしてませんよ。それに、そういう認識のほうがお互い良いでしょう。
王女、あなたは私に「特別」気に入られたということにしましょう。それで毎晩こちらに避難してください。
あなたをどうにか言いなりにして、私を従えようとする下衆がいるはずですしね。
ああ、イデア。カーテンと窓を閉めて。それから椅子に座って、落ち着いて話をしましょう」
指示通りにイデアがカーテンをしっかり閉め、座ったのを見てから備え付けのカップを浄化し、水を出して配膳する。
お茶に関してはお茶っ葉が信頼できないし、淹れる時間も今はもったいないので我慢してもらう。
全員で水を二杯ほど飲んで――多分二人は水がおいしくて飲んだんだろうけど――話を続ける。
もちろん部屋には盗聴を防ぐために結界を張っておいたし、そもそもこの宮そのものにも結界を張ってある。私に対して悪意がないものしか入れない、そういうものを。
とりあえず、女神リザティアに許可は得ているし。信頼が出来るだろう二人には自分の仕事について話しておくことにした。
イデアの表情は相変わらず「無」。彼女にとって、この世界がどうなろうが知ったこっちゃないのは仕方がない。
で、アーデルハイト王女。真っ青な顔で、水の入ったカップをカタカタ言わせている。
「では、わが国は」
「私は手を下す必要ないと思ってるので、手は出しません。
でも多分お察しの通りかなって……勇者が呼び出せなくなったこと、多分知れ渡るんじゃないですか。間諜もいたでしょうしね」
まあ、マトモな人間のうち気に入ったのは連れ出して有効利用する予定なんだけどね!
残りの産廃は人間同士、自浄作用で処分してもらう予定。
今のところ、アーデルハイト王女とイデアは連れ出す人員に入れてはいる。本人が望まないなら置いていくけど。
「王女はお母さんとか、ご兄弟とかで、マトモな考えで保護したい人はいます?」
「……いえ。母はもう亡き身で、兄は父の言いなりです。側妃の子も、そうです。
私をまともに育ててくれた乳母も去年…」
「そう、ですか」
「いえ。お待ちください、有能な人材であれば保護をしていただけるのですか?」
真っ青な顔色のまま、王女が顔を上げた。
目の煌めきはまだ死んでいない。彼女は挫けていないようだ。
「決して多くもないですし、癖も強いものですが。王族や貴族の悪しき風習、思想に染まらず、国を支えようとするものたちに心当たりがあります」
「へぇ」
「彼らを紹介いたしますので、お使いになるかはお任せいたします」
なるほど。こういう物言いをするということは、ただ真っ当な人間というだけではないってこと。
使い道がある人間を紹介する。そういうことだね。
その話をするより前に、アーデルハイト王女のこれまでと、知っている限りの世界情勢を――現地人として語ってもらうことにした。