#2 召喚された勇者もどきは小手調べをする
無駄に豪奢で大きな、白い煉瓦だか大理石だかで組まれたホール。
西洋系の顔立ちの人間が遠巻きにこちらを見ていて、私の足元には虹色の光を淡く放つ露骨にファンタジーな魔法陣。
その魔法陣から伸びた円の中には顔もすっぽり隠すほど深くローブを被った人間が七人。いずれも手にはご立派な杖を持っている。
「おお!勇者殿!」
声を出した人物は、でっぷり太ったいかにもな衣装の中年男。まあ、これが王だろう。その周囲にいる同年代か前後した年代の男たちが臣下かな。
その左右には見た目のよい少年少女が性別別で陳列されている。…横並びに立ってるだけなんだろうけど、なんだか陳列って表現がすごく似合う。
声を無視したまま周囲を観察している間にベラベラ何か喋っていたようで、最終的に「我らをお救いください!」とかなんとか。
王らしき肥えたおっさんに視線を向け、ひとまず言っておく。
「検討します」
肉に埋もれた目を見開いて驚愕しているおっさん。
それはそっか、私に洗脳やら服従やら、奴隷にするための呪いをビシバシかけさせたはずだもんね。こんな返答するわけないって思ってたよね。
けど、私にはリザティアと同等の能力がある。要するに、その手の低級な魔法など効くわきゃない。何をされそうになったかを知るために弾いたモノが何かをアナウンスする魔法を展開してるわけだけど、なんというか不愉快。
「勇者殿は我らの懇願を聞き届けご降臨なさったのではないのですか」
「懇願もクソも、条件に合ってる人間を無理やり呼び出す魔法陣ですよね、これ。誘拐ですよ誘拐」
魔力を込めて魔法陣を踏み躙るとパリンパリンと薄い氷を割るような音を立てて魔法陣が壊れていく。あ、これは楽しい。
踏んだ場所以外でも無作為に音がしているので陣を辿ってどこかしらが壊れていっているんだろう。虹色の光が弱まっていっているのは修復が困難になっていっている証。どんどんやろう。
途中から事態を察した魔術師らしいローブや、騎士らしい男たちが駆け寄ってこようとしたけれど、面倒なので障壁を張って近寄らせないようにして――最終的に虹色の光は消滅して、魔法陣からは文字らしい記号が消え去った。
この召喚魔法陣の抹殺はリザティアの依頼通り。これを描くためには無尽蔵の魔力が必要で、尚且つ均一な魔力を求められる。
休憩を挟んで描いたり、複数人で分担したりしても、効力を発揮しない。要するに召喚を行うことはもうできない。できなくした。
本当に魔族が人類を脅かしていて、そのために勇者を欲していたとしても、私が引導を渡す許可を得ているのだし。二度と召喚は必要ない。
さて、人類側の調査はどうやって行おうか。考えていると、瀟洒なドレスに身を包んだ少女が一歩だけ前に出て綺麗なお辞儀をしてきた。
「勇者様、発言をお許しいただけますか?」
「どうぞ」
お?これは「まだ」マトモそう。
「現状の把握をお求めかとお察しします。
来賓のための宮でよろしければすぐ準備が整いますので、そちらに腰を落ち着けていただければと。必要な人員も物資もわたくしが責任を持ってお持ちいたします」
「あなたは?」
「第一王女のアーデルハイトと申します」
落ち着いた金褐色のストレートヘアは父親似で、青空のような色の目は母親似ってとこかな。整った顔立ちをしていて出来るだけ表情を消そうとしているけれど、十二歳ほどにしか見えない年齢なせいだろう。不安や怯えがほんの少し覗いている。
「ではアーデルハイト王女。あなたを信頼し、指定の場所に行きます。
ですが何か事が生じても、あなただけに責任を問う事はしない。私はすべてを明らかにし、それから判断します。
その判断次第で王であれ誰であれ処罰することがある。これはお伝えしておきます」
「かしこまりました。そのように通達をいたします」
ほっとしたようにもう一度お辞儀をして、アーデルハイト王女は気絶寸前だった侍女たちに指示を出し始めた。