#13 先代勇者の独り言
俺はいわゆるナードだった。
ゲームが好きで、マンガが好きで、スポーツには興味がなくて。
外で遊ぶより家にいる方が好きで。
だから友達も少なかった。
パパやママにはそこを心配されていて、妹も変な兄として見てきていたけど、構わなかった。
だってSNSではそういう人間はたくさんいたし、日本ではそういう子供だって普通だって知っていたから。
だけど現実の学校では孤立しているのは、現実のままで。
でもしょうがないんだって思っていた。
自分を変えるつもりがないんだから、周囲の扱いには甘んじないといけないとって。
いじめこそないけど、クラスの明るい男子や女子からはそこはかとなく距離を取られて、一人で過ごす時間が多い学校。
そこで、トイレにいって帰ろうとした時だった。
忌々しいあの世界に召喚されたのは。
頭がぼうっとして。
魔王を倒してあげないと、って。なぜか思って。
握ったことのない剣なんかの修行をして。
気が付いたら魔王と呼ばれた狼男を倒していた。
そこから更に意識が混濁していく。
体さえ動かせなくなっていく。
もう立っていられなくて、ベッドで過ごす時間がだんだん増えていく。
思い出すのはパパとママ、妹のいた家のことばかり。
帰りたい。
帰りたい。
帰りたい。
何年過ぎただろう。
家族はどうしているだろう。
俺のことは忘れたろうか。
それともまだ探してくれているだろうか。
食事さえまともに取れなくなって、ああ俺は死ぬんだなと覚悟を決めてしばらく。
短い髪の、アジア人にしか見えない少年?少女?がやってきた。
そいつは俺の体を治してくれて、どうしたいかを聞いてきた。
たとえあと一週間の命でも、パパとママと妹のいる家に帰りたい。
そう伝えるとあっさりオーケーを出してきた。
どうせならついでにと召喚が二度とされないようにとも願ったら、既に叶っているという。
ならもう後に望むことなんて何もない。
気付いたら、懐かしい家の玄関の前にいた。
でも立っていられなくて、座り込んでいたら、玄関のドアが開いて。
パパが驚いた顔でこっちを見ていた。
「まさか。ビクトール?ビクトールなのか?」
頷く。
パパの目からどっと涙が溢れた。
「ジョアンナ!!ビクトールだ!帰ってきた!!ビクトールだ!!」
「ウソでしょう!?ケント、冗談だったら怒るわよ!!」
「ミランダも来てくれ!ああ、神様!」
俺は帰ってきた。
そのまま病院に担ぎ込まれて、色んな検査を受けた。
衰弱しているし、内臓も弱っている。
だけど安静にしていれば大丈夫。
ひとまず一週間くらい入院して様子見ということになった。
警察も来た。
学校でトイレにいって、それからの記憶がないということにした。
気付いたら家の前にいた。
そういうことにしておいた。
まさか、異世界に召喚されて勇者をやらされていたなんて、言えるはずがない。
頭がおかしくなったと思われるだけだ。
パパやママ、妹は毎日病院に来ておしゃべりをしてくれる。
手を握り、よかった、と言ってくれる。
弱った内臓は健康には戻らないかもしれないとは言われている。
だけど、でも、生きてここにいる。
それだけで俺は幸せだ。
家族とまたいられるんだから。
あのアジア人には感謝しかない。
きっとあいつはこれから沢山苦労すると思う。
神の代理人だと言っていたから。
だけど、あいつはきっと大丈夫だと思う。
だって、一人じゃないんだろうなと思えたから。
きっと仲間と一緒にうまくやっていける。
囚われて一人だった俺と違って。
ああ、だけど。
どことも知れない異世界に向かって、俺は祈る。
あの、ほんの一瞬だけ出会っただけのあいつにも、いいことがありますように。




