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#12 勇者もどきは先代勇者を解放する

勇者ビクトールの家がある町は、確かに寂れていた。

奴隷が多く働いているので人そのものはいるけれど活気がない。

町の周囲にある畑や牧場で働く奴隷も数多くいて、店を切り盛りしている奴隷も多くいる。

しかし純粋な国民、というか、普通階級の人をあまり見かけない。

いや、これまでの町や村でもそうだったけど、ここまで気配を感じないことってなかったなって。


奴隷と普通階級の人数比が多分他の町より開いてる。


そんな中を、奴隷も連れていない、ティーンが半数の集団がいるとやや目立つだろうので、存在を目立たなくする魔術を展開してある。

というか人里にいる時は大抵これを発動させている。

でないと、妙に目立つようなので。

王都であればそこまでじゃなかったけど、地方ではティーンは労働年齢だし、全員顔面が整っているので、人の記憶に残らないようにした。



「あの赤茶けた屋根の家です、ユウキ殿」



ヨエルの指差した先には、ちんまりとした二階建ての家。

雑貨屋と宿屋に挟まれているので余計小さく見える。


奴隷用の宿舎がそこかしこに乱立しているおかげで、宿屋も町の中心であるこの辺りに固まっている。

ちょうどいいので、一週間ほど隣の宿を取る。

疲れを取るためだと言っておけばそう珍しいわけじゃない。


最初の数日で勇者ビクトールの周囲に人が完全にいなくなる時間帯を確定させ、それから彼の望みを叶えにいく。


使い魔たちに出入りを監視させ、その間は悠々と過ごす。

王都を出て三か月。

「勇者ユウキ」を探す張り紙などは見かけたけれど、稚拙な似顔絵と今とは違いすぎる特徴で私たちがその一団であると思われた節は一度もない。

なので、長旅の休憩だとばかりに露店に出向いたりもしながら時間を潰す。


そこで、昼間の間に四時間ほど人の出入りがない時間帯が見つかった。

初日に既に分かっていたけど、念のために三日様子を見て確定した。

その間の世話役の奴隷たちはと言えば、元々奴隷用の宿舎で雑用をしているようで、洗濯をしたり料理をしたりしていた。

そうして一定時間以上経過した頃を見計らって世話をしにまた勇者ビクトールの家に行く、という形らしい。

夜は夜で、交代で仮眠を取りながら面倒を見ているようだけど、夜に私たちが動くというのもね。

昼間だからこそ怪しくないのだ。

少し出てくるという形で、軽食でも買いにいくような身軽さで出てって。

数十分後に戻ってくるのなら、何一つ怪しくない。

同じような客は他にもいるのだから。



そういうわけで、決行日。

私だけが存在をぼかして、残りの五人には私の偽物を連れて歩いてもらうことにした。

屋台を見て回り、あれこれ買い物をして戻ってくるまでの間に勇者ビクトールを、という形だ。


奴隷が出ていったタイミングで全員で出て、存在をぼかす。

そうして私の偽物になった使い魔を五人に追従させて、隣の家へと侵入する。


二階は物資置き場だと分かっているので、一階の寝所へ向かう。

勇者ビクトールは、まだ三十路にも手が届かない年齢のはずが、やせ衰え、顔色も随分悪い。

それをリザティアの権能である程度を癒し、目を覚まし声を出せるようにまでする。



「……う…………?」

「お目覚めかな。ビクトールくん」

「俺、を、知って?」

「創世神に頼まれてやってきた最後の勇者だからね。

 さて、時間はそんなに取れないから単刀直入に聞く。

 きみの望みは?世界の破滅でも、元の世界への帰還でも、安らかな死でも、なんでも構わないよ」



輝きの薄い瞳を何度か瞬かせ、勇者ビクトールは低くかすれた声で言う。



「故郷に、帰りたい。パパやママに会いたい。妹にも。

 もう長くは生きられないことは分かる。

 でも、故郷に帰って、家で死にたい」

「他には?」

「もう俺みたいな、勇者が呼ばれることだけは、嫌だ」

「それはもう叶ってるよ。

 じゃあ、家に帰すね。

 ある程度は生きられると思う。治しておくから。

 でも長生きできる保証はないから、後悔のないように生きて欲しいな。

 それと。


 リザティアにかわって謝罪しておく。

 人生を台無しにしてごめんなさい」



勇者ビクトールは驚いたように目を見開き、それから、



「あんたたちは、悪くない。

 あんなもん使い続けたやつらが悪いだけだ。

 それに……帰れるなら、それでもういい」



仄かに笑んだ彼は、帰郷出来る喜びに満ちていた。

だから私は権能を最大限に引き出して、彼の体を癒せるだけ癒し、彼の魂が覚えている「故郷」へと送り出した。

これそのものは難しいことじゃないし。

「故郷」は父母を目印にした。

だから、父母が諸共亡くなっていなければ実家へと戻れたはずだ。

今さっきまでと違って、いくらか体が弱くなって早死にしそうだなあという程度にまで回復して。


それが、限界。


時間を戻して召喚されたあの日あの時にまで戻すことは出来ない。

戻った先の地球での時間を戻すことはできっこないのだ。

管轄も違うし。

それを世界の壁を貫通させて戻せたのは、リザティアが私のしようとしていることを知ったうえで話を通してくれたからに過ぎない。

地球のある世界の神に話をして、勇者ビクトールが帰ることを許してもらった。

勿論それまでの経緯を全て説明しなきゃいけなかっただろうし、リザティアは赤っ恥だろう。

でも、リザティアは頑張ってくれた。


勇者ビクトールが消えたことは次に奴隷が来るまで分からないだろう。

不可思議にも消滅したという風にするために、人の形に砂を置いておく。

そうして存在をぼかして世界から遠のいたまま勇者ビクトールの家だった場所から出て、アーデルハイトたちと合流し、何食わぬ顔で宿へ戻る。

使い魔は入れ替わりで消して、今はまた町の中を巡回している。




昼の軽食として、マッシュポテトやオニオンリング、肉の串焼きを食べているとなにやら騒動があった。

食べ終わったところで部屋の窓を開いて外を見ると、いかにもえらそうな人間が喚いている。

奴隷を鞭打ち、わあわあとうるさい。


あ、バレたな。


それにしたって、タイムスケジュール決めたのアンタなんだろうに、その間仕事してた奴隷を鞭打っても意味なくないか。

同じように他の部屋の窓も開いたのだろう。

顔を真っ赤にしたえらそうなのが「見世物じゃあないぞ!」と怒鳴ったので、そっと窓から離れる。



「ユウキさん。その、ビクトール殿は」

「かえったよ。家にね」

「そう、ですか」



ヨエルが綻ぶように微笑む。

私が死にかけのまま送り返すわけがないという信頼がある、のかな。

まあかなり回復させたのは事実だけど。



「予定通り、二日後の朝に出立しよう。

 それまでは今日まで通りで」

「はい」

「アーデルハイトは靴はどう?

 靴ずれとかない?」

「大丈夫そうです。

 前よりも皮膚が強くなった気がします」



最初はブーツに擦れて赤くなっていたのに、今は大丈夫、と。

体力とかも心配してたんだけど、意外とお転婆で毎日乗馬していたり散歩も長時間したりしていたとのことで、旅についてこれてる。

イデアは勿論大丈夫。労働をしていたので体力はしっかりある。

モカもカイも問題ない。というか、暇さえあれば訓練をしている。鈍るらしい。



さて、弱り切って衰弱していた、おそらく切り札だったろう勇者ビクトールもこの世から消え去った。

そして最後の勇者となる私、ユウキも失踪した。

この国は間もなく戦乱に陥る。

使い魔が寄こす他国の情報からそれは分かっている。

貯蓄の食糧を国庫を開いて軍事物資とし、兵を掻き集め、攻め入る準備を連動して行っているのだ。


この歪な国が正されれば、仕事の半分は終わる。


次の仕事は魔族たちの統率だ。

広い半島に散らばった魔族たちを纏め上げ、リーダーを決めさせ、ヒト族との和解をさせる。

そうして条約を結ばせるかどうかして、お互いの不可侵を誓わせる。

理想としてはそう。

ダメでも、せめて魔族側が不可侵であるように、また多少の侵攻があっても協力して追い返せるようにしないといけない。


全く、政治の話もそういう話も、商業科の高校卒業程度の私には荷が重い。

けれど、やることはやらないといけない。




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