#11 勇者もどき、先代勇者のことを知る
ヨエル大司教――いや、ヨエルのもたらした情報は悲惨、の一言に尽きた。
彼は、「勇者」の治療にもあたっていた。
故に「勇者」が既に取り返しのつかない状態にあることを理解していたのだ。
「あるいは、ユウキ殿であれば、ビクトール殿を正気に戻せるかもしれません。
しかし、私の持つ技術ではどうにも……」
「そんなにひどい?」
「既に半年以上は通常の飲食を行っておりません。
薬師の作った栄養剤を飲み込ませ、水分とてなんとか飲ませている次第です。
奴隷たちに世話をされているから生きているだけ、です」
医療の代替である治癒魔法を専門とするヨエルにとっては、救えない患者にはくやしさを感じるのだろう。
いや、普通に医療が発達してた私の世界でも「勇者」は多分救えない。
創世の女神であるリザティアの権能を全て持つ私であっても、何もかもは救えない。
……出来ることは少しだけだ。
「侵入さえしてしまえばあとはどうにでもなるけど、そこは問題ない?」
「はい。「勇者」の情報は、限られた人間しか知りません。
外見や性別でさえ、国民は知らないままです。
故にビクトール殿の居宅も、一般住宅に紛れています。
……逃げられぬ身であるがゆえに、警備もいない有様ですよ」
なるほど。
で、奴隷たちは決まった時間にしか出入りしない。
勇者ビクトールはただ生きていればそれでいいという扱いなわけだ。
既に勇者ビクトールのいる町まであと半日という距離。
ヨエルのもたらした情報によれば、夜間よりは昼間のほうが放置度合が強いとのことなので、存在をぼかして侵入し、奴隷が世話を焼いて部屋を出た直後に行動すればよさそうだ。
そこでイデアがふと疑問に思った、という形で口を開く。
「勇者がいなくなれば、その力を感じ取る者がいるのではないでしょうか」
「うん?別にいいよ。
魔族だって勇者はいつか死ぬって分かってるわけだし。
それでも攻めてはこないんじゃないかな。
だって、もう散々いたぶられてるし」
そう。魔族にとっては勇者がそこにいようがいまいが、人間の領土に踏み込むだけの理由にはならない。
だって、感じ取れない位置に次の勇者がいるかもしれないから。
そもそも魔族たちは散り散りになって暮らしているそうだから、軍としてまとまって進軍なんて無理。
というか戦う意思はとっくにないんじゃないかな。
勇者に長いことボコボコにされまくって、滅びかけてる種族もいて、生きてくのがやっとな状況で、「勇者いねーの!?じゃあ滅ぼしにいこ」とアクティブになれる種族がいるかどうか。
逆に不穏を感じてますます隠棲しそうだ。
使い魔に探らせている領土の境目なんて、魔族らしき生命体の気配もない。
人間もいないんだけどね。
ただ昔の名残の石造りの壁がダラダラ続いてるだけ。
それだって崩れ落ちてるところが多々ある。
そこより二日くらい手前になってやっと、人里がポツポツあるくらい。
なので、逆にその人里を回避さえすれば、魔族領へ接近しているだなんてバレない。
地形もしっかり使い魔が調査しているので、人目を忍んで安全に向かうルートは分かってきているし。
魔族領もそう。
こっちはそもそも野生動物しか観測できていない。
朽ちて久しい、昔は村落だったり町だったりしたのだろう廃墟群もか。
使い魔たちは毎日数を増やして四方八方に飛び回らせている。
とにかく広範囲を探らせて。地域情報をざっと調べたら次へ次へ。
だけど魔族領に入って五日ほどの範囲になってもまだ魔族を察知できていない。
半島の陸路の出入り口をこの国がふさいでいて、その半島が魔族領という形なので、逃げ場はないはずなのだ。
まあ半島って言っても出入口が抑えられてる膨らんだ土地なんだけど。
ひょうたんの半分みたいな形だ。
閑話休題。
勇者ビクトールはどう考えても日本人ではない。
だけど偶然にも地球人だっていうことは分かっている。
なんでって。使い魔が潜入した倉庫みたいなところに、あったから。
スマホ。あと露骨に「これそうじゃん?」っていう、某有名女優のTシャツ。
そういうのに詳しくない私でも知ってるようなちょっと古い女優だったけど、大変有名な女優さんの大変有名なお色気シーンが描かれたヤツなので間違いないと思う。
念のためで真夜中に使い魔にちょちょいと充電させて確認したスマホは英語が言語に選択されていたけど、そんな難しい単語はなかったので色々と確認した。
そして充電できたことやアプリのバリエーション、名称から、地球人であることは確定した。
ちょっと古い――と言っても十年ほど前の人間だろうというのは分かっている。
けれど、別に普通の少年だったはずなのだ。
そんな彼がこの世界にさらわれて酷使されてただなんの希望もなく死んでいくのは間違っていると思う。
なので私は彼の「最期の願い」を聞こうと思う。
あまり多くは叶えられない。
けれど、この世界を管理していた女神の代行者として。
後始末を頼まれた人間として。
不条理に見舞われた外なる人間を救わなくてはいけない。