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#1 虐待家庭に育った娘は創世の女神の願いを聞く

一次創作としては初めての長編です。よろしくお願いします。

ようやくだ。

寂れて老朽化が進んでいる駅のホームで、ベンチに座って次の電車を待ちながら私は込み上げてくる体に染み入る喜びに浸っていた。

物心つくより前から、私を見下し、言葉のナイフでめった刺しにし、踏みにじり、何もかもを奪って肥え太った「家族」を、ようやく捨てられる。

秘密裏に作った銀行口座の通帳やカード、身分証。何年もかけあれこれ節約して貯めた幾ばくかのお金。安物ではあるけれど新品の着替えたち。それらを詰め込んだ鞄、それが私の今の財産だ。これと一緒に行った事のないような遠方の勤務地へ行く。


「家族」には、少し離れた会社に勤めるのだと思わせている。けれどその会社は少し前に倒産しているし、寮の住所もでたらめだ。

ああ、やっと、やっと、自由に生きられる。

どんな仕事であろうと構わない。余裕が出来るまで勤め上げたら次こそ吟味すればいい、ただそれだけの話。辛くたって、これまでに比べたら雲泥の差というものだろう。


まだ冷たい風が吹く中、ペットボトルの中のぬるいココアを一口飲んで、鞄に戻した時、だった。

片田舎の景色が鈍色に歪み、暗転して。そうして。




駅のベンチに座っていたはずなのに、気が付けば美しく整えられた庭園で、ガゼボの中で瀟洒な椅子に腰かけていた。

薫り高い紅茶の注がれたカップと、焼き立てのスコーン。クロテッドクリームの入った器。

その向こう側には、陽光に煌めく金の髪。海のような青い瞳の、慈愛に溢れた雰囲気を纏う美女が座っていた。



「こんにちは、来訪者」

「え?」

「わたくし、この世界――あなたの認識で言えば、まったく異なる世界で唯一の神として世を調律しているものよ。名前はリザティアと言うの。ね、お茶を飲みながらで構わないし、お菓子も食べていていいわ。だから説明を聞いてくださる?」



頷き、ひとまず落ち着こうと紅茶を飲む。

リザティア、自称女神は語り始めた。






彼女の役目は、いわば一つの銀河系の管理。

生き物の住まう惑星がいくつかあるお陰であちこち駆け回って調律――せっかく奇跡的に生物が生まれた惑星を壊さないように管理し、同時に同じように生き物が生まれ得る環境になった惑星がないかを調査する多忙な身であるという。

それ故にある程度バランスが取れている惑星はどうしても後回しになっていた。期間にして五百年ほどだとか。

緊急で対処すべき問題や手間のかかる問題をなんとかこなしている間に、一番バランスが取れていたはずの惑星がおかしくなっていたそうで。


その惑星には、魔力というものがあり、人類と亜人類、そして魔族が暮らしている。もちろん他にも動植物やら魔物やらがいるそうだけど。

それで、ある時魔族の長たる魔王が乱心した。その救済として「一回こっきり」のつもりで、人類に「勇者召喚術式」を与えたのだとか。

勇者と呼ばれる存在は、並列する「世界」を管理する神々に話をつけて、「その世界において居場所がなく」「年若く健康な」「人類」を頂戴する。そういう契約となっていたという。

対価として、他世界において余っている魂を受け入れていた。こちらの世界ではまだ魂が不足していた――生物が生まれても宿すものがなく、生命誕生のお膳立てが済みつつもどうしようもない惑星もあったのだとか。


ではなぜ一回こっきりにならなかったのか?

それは人類たちがリザティアの下賜した術式で召喚される「勇者」の能力に惹かれたから。彼ら、彼女らは、魔王を討伐した後も絶大な戦闘能力を有した。一代限りであっても「勇者」が生きてその国にいるというだけで、他の国は敵対もできず、命じられるまま従う他ないほどだとか。

そんな存在を手放し、平凡な国に戻ることを厭うた王が、その後の悪意なく魔族を導こうとした魔王に「勇者」をぶつけるべく召喚し続けた。魔王が即位した、あるいはするという話を聞いた瞬間次の「勇者」を呼び出していたようだという。先代の「勇者」どころか、二代前の「勇者」が存命の間に呼び出したこともあったとか。

無数の種族がいた魔族は次第に強者を失い、指導者となるべき賢者さえ失い、今は領土に引きこもって玉座を押し付け合っているのだそう。



亜人類はそんな魔族と人類の争いにドン引きして別大陸に移住して久しいのだとか。両者の仲裁をしようとした事もあったそうだけど、「勇者」をけしかけると脅されたのがきっかけのよう。



魔族が絶滅しても、それは一つの淘汰なのだから問題ないのでは?とも思わなくもないけど、どう考えても「勇者」を手にしたものとそれ以外のものが殺し合う、あるいは持ちしものが際限なく虐殺を繰り返す未来が見える。

魔法がある、スキルのある世界なのだし、窮鼠猫を噛む事態になれば、ひょっとすると惑星から生物が消え去るなんてこともあるかもしれない。

それをリザティアは憂慮しているのだろう。



「術式に関する記憶や記録だけをこっそり消してしまうのは?」

「そんな細かい調整はしたことがないし、おそらくそれをするだけの繊細さはわたくしにはないの。例えて言うならば、そうね。

 人間であるあなたはお湯を沸かすのに焚火を使うのだろうけれど、わたくしは森のひとつふたつを燃料にお湯を沸かすことしか出来ない。研鑽すれば焚火で済むかもしれないけれど、そのためには数千年ほど時間がかかりそう」

「難儀なことで」



何をどうしているのか、長話を挟んでもまだアツアツのスコーンにクリームを塗り、ひとくち。



「それで、私如き人間に何をしてほしいの?」

「わたくしの持つ力をあなたに全て写すから、あの星の調律を代行していただけないかと思って。

 あなたは元々いた世界にさして未練がないはずだし、さりとて権力に酔う人物でもない。ある種ひどく平等だと思うの。

 あの世界では、会いたくない人たちに見つかる可能性はそれなりにあったはず。けれどこちらには絶対来られない」



どくん、と、鼓動が跳ねた。

取り落としそうになったスコーンを取り皿に置く。



「で?」

「もちろん協力していただけるなら、便宜をはかるわ。

 能力の全てを与えるのだし、魔力だって無限に湧き出るようにしましょう。不老不死は難しいけれど、不老長寿は与えられる。能力の使い方も、あちらに送り込む前にここで指導するから問題ないわ。

 それ以外に思いつく報酬があれば随時」



水面の揺れる紅茶カップに視線を落として考える。

別に、戻りたい場所なんてないし。友人だって一人もいない。未練に思うものなどない。

ああ、けれど。



「どうしてそんなに必死なのかまだ分からない」

「、適正が高い人物が、協力してくれる神の世界も合わせて十人しかいなくって。九人に断られて、あなたが最後なの。

 わたくしの落ち度であの星を窮地に追い込んでいるのに見捨てたくないし……だけどあなたに不利益をもたらすのもしたくないし」



視線を上げると、女神リザティアは思い悩み、悲しむような表情を浮かべてテーブルを見つめていた。

……まあ、いいか。

あちらに戻るよりも、このひとの願いを聞いたほうがよほどいい人生を送れそうだし。何より、世界を跨いで「あいつら」が来る可能性がないのがいい。二度と私を踏みにじらせない、それが出来るのなら。


「見込み通りの対処が出来るかまでは保障しないけど、それでいいなら」


そう告げた時、リザティアははっとしたように顔を上げ――泣きそうになりながら笑みを見せた。




体感時間としては三日ほど。どこまでも広がる美しい庭園の中で、私は授けられた能力の使い方を教わり、実際に使って特訓した。戦闘向きの能力もあれば、自衛にしか使えない能力もあり。そもそも意識せず使える能力さえあった。

そして、私は全ての魔法を思うまま使える関係上、オリジナルの――想像力と莫大な魔力を必要とする魔法をいくつも作り上げた。

リザティアが納得いくだけの技量を身に着けて、そうして私は問題の地へ――召喚された「勇者」のフリをして、飛び込むこととなった。




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