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お供え像 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 あら、つぶつぶ、こんにちは。

 そっかあ、ここはあんたの家のお墓もあったんだっけ。この時期はあんたでも休み取れるのね。ちょっと意外だったわ。

 ああ、私もこのタイミングでこっちに帰ってきたところ。パパやママとはいまだ冷戦状態だから、顔出さないつもり。頭の冷える時間も必要だろうって、おばあちゃんも話してたからね。

 実家が恋しくないかというとウソになっちゃうけど、そこらへんは全部ひっくるめて、お墓の中のおじいちゃんに報告してきたわ。


 でも、こうしてみると、お墓に参る人って少なくなってきているのかしら。

 汚れきった墓誌や墓石、散らばった木々の枝葉、空っぽだったり枯れきった花を抱えたりしたままの花立とか見ると、縁遠さとさびしさを覚えてしまうもの。

 お供えするのは、心のあらわれ。それがどのような効果を及ぼしているかを知ろうとするのは、どこか卑しい考えに思えて、たいてい私たちは思考を遠ざけてしまわないかしら?

 でも、ときにはその効果を目の当たりにしてしまうこともあるかもね。

 まだ時間ある? 大丈夫そうなら私の知る、お供えに関する話、聞いてみない?



 私のいとこが話してくれたことなんだけどね。

 小学校時代の友達に、やたらと「お恵み」にはまっていた男の子がいたらしいの。

 実家が製菓の会社にお勤めしているのだとかで、サンプルのお菓子がたくさんあったみたいでね。ことあるごとに、いとこたちへお菓子を配っていたとか。

 色気より食い気なお年ごろ。この棚ぼたを、当初はみんなして喜んでいたそうね。でも、一緒に帰ることはしないけれど、家のある方向が同じないとこは、下校したり近所を歩いたりするとき、たびたびその子の姿を見かけた。


 彼はお菓子をお供えし、振る舞っていたの

 道端にあるお地蔵さんから、通りかかった野良猫やたかっているアリたちのただ中にまで、例のサンプルお菓子をね。

 交通事故が起きて犠牲者が出た現場とかに、お菓子をお供えしているときもあったとか。

 そこまでいくと、いとこはどこか底の知れなさ。気味悪さを覚えるようになっていたわ。

 人が口にするお菓子にもかかわらず、それらを栄養にする虫や動物相手に恵むのであれば、ある程度ゆずって理解できなくもない。

 けれども、お供え物をしていく神経がどうしても分からなかった。

 この手の仕事は理解と余裕がある大人がやるものと思い込んでいた当時のいとこにとって、男の子への評価は「お菓子をくれる良いヤツ」から「大人ぶった変なヤツ」に変わりつつあったようね。

 それでも、もらえるものはもらっておく精神は当時より変わらず。自分へお菓子がもらえるうちは、あえてそのことをあげつらう気も起きなかったとか。


 その日も、彼がお恵みをする現場に出会ったわ。

 学区内にいくつかあるトンネル。やや高い所を通る自動車専用道路が学校のど真ん中を横切っていて、住んでいる人は多かれ少なかれ、その下を通る機会があった。

 通学路のひとつにもなっているあぜ道近くのそのトンネルは、いくつかある中でも特に手狭な一本。

 たとえ軽自動車でも乗り込むことはできず、歩行者のほかはせいぜい自転車が使うくらい。ゆえに車を危ぶむ家は、ここを通るように子供へ教えることもあるのだとか。


 彼はその一方の入口で座り込んでいた。

 遠目に見てみると、またお供えものをしているらしかったけれど、いとこにとっては少し妙。

 彼がかがみこんでいる前にいるのは、頭巾とかを身に着けた、このあたりでおなじみのお地蔵さんのものじゃない。

 一本の直立する柱へ、身体を器用に巻き付けたのち、頭をこちらへ向けて大口を開いた石像。その頭から背中にかけては連なる背びれと、豊かな毛の意匠が見られて、蛇というより竜の姿のように思えたとか。

 いとこが不思議に感じたのは、見慣れた彼のお供えに対してじゃない。

 あのような像、最近まであそこになかったんじゃないか、ということ。



 いとこも、伊達に地元で長く過ごしていない。

 行動半径こそ広くないけれど、そのぶん歩き回る範囲内であれば、ほぼ地理は把握している。その中で、あのようなお地蔵さん? 道祖神? のようなものがあそこにあった記憶がどうしても手繰り寄せられなかったとか。

 ひとまず見に徹するいとこは、やがて彼が立ち去るのを待ってから、例の像へ近づいてみる。

 大きさこそいとこの膝ほどまでしかないけれど、口の中の歯ひとつひとつもきっちりと整った精巧な作り。下手に指を突っ込もうものなら、途端に噛みつかれそうな迫真さがあったとか。

 その竜が巻きつく柱の根元に、ぴたりとくっつくお供えものの器には、彼の置いていったビスケットが置いてある。

 無機質な包装紙を下に敷き、その上へ黄土色の顔をさらすビスケットは、いとこたちも何度か口にしたことがあったわ。

 市販のもののどれよりも甘く、ほっぺたが落ちるというより、舌もろともとろけて、駄々もれしかねないと思うほど。一部の極甘党をのぞいてウケはあまりよくなく、お蔵入りもやむない一品だったとか。

 それがいま、竜の前に捧げられている。取り出したときにまき散らされたであろう、いくつかの細かいカスたちと一緒に。


 仮に虫たちが嗅ぎつけたとしても、餌と認識されるか微妙だったといとこは語るわ。

 かぎつけたまではいいけれど、果たして栄養として生かせるかどうか。虫によってはひとかじりしたとたん、たちまち体の中が砂糖でいっぱいになって倒れるんじゃないかなんて、突拍子もないことさえ考えてしまう。

 そんな思考にいくらか意識を持っていかれて、ふと現実へ引き戻されたとき。

 足元の竜の石像は、ビスケットを置いた台座ごと、姿を消していたそうなのよ。


 像が置いてあったところには、周囲のアスファルトに比べてやや色が濃い。湿り気がそこに残っていたとか。目の錯覚とは思えなかった。

 とんとん、と軽く像があったあたりを踏んでみても、やはりそこには何もない。どこに消えてしまったのかと、いとこは周囲を探してみたけど、見つけることはできなかったんですって。

 翌日の学校で、登校してきた彼に昨日のことを問い詰めたけれど、例の像に関しては意外な顔をしていたみたい。

 彼はまだ一年ほど前にここへ越してきたばかりのようで、どこに何があるかとか、さほど把握しておらず、そもそも気にしていない。

 お菓子のお恵み、お供えにしても結果的に在庫処理になっているだけで、自分が好きにやっていることだと、なぜか軽く説教してくる始末。


 この手のこだわりがあるタイプに、やめさせようとか変えさせようとかは無駄だと、いとこは内心、大きくため息。

 ただあの像のことは気になっていたから、彼がどこにお菓子を恵んでいくかの行方は、引き続き注意しようかと思ったみたい。

 後を追うことはしないけれど、彼がお恵み、お供えをしている場所はおおよそ確かめている。これまで何度も置いているのだから、これからも引き続き置いていくだろうとは思っていたらしいのよ。


 ところが、彼のお供えは不思議と姿を見せなくなってしまう。

 なくなったわけじゃなさそうだった。例のビスケットの包装紙やカスと思しき粉たちは、細かく現場に散っているのは見られたから。

 何者かが奪い取っていった、というのが自然な見方でしょう。

 とはいえ、これまでは誰も手を出されず、自然に傷み、形を崩していくばかりだったビスケットが、いささかもとどまらずになくなっていくこの状況。


 ――最近になって味をしめた奴が、奪い取っている。


 浮かび上がる推理に、あの龍の像の影がちらついていたわ。



 いとこは消えた龍の像の行方を追い、それが身を結んだのは3か月も後のことだったとか。

 例のビスケットがいよいよ在庫切れになったようで、お恵みがキャンディへと切り替わった直後のことだったようね。

 その日はたまたま、彼がお供えをする現場に出くわした。

 あのトンネルより1キロくらい離れたところに立つ、T字路。開いたハスの花の台座の上にたたずむお地蔵さんのもとに、彼はキャンディを置いていく。

 近くの電柱の影から、いとこはその一部始終を見守っていたわ。彼が去るのを待ってから、例のお地蔵さんのもとへ近寄っていったのだけど。


 その手が届くより先に。

 お地蔵さんの立つ直前のT字路。家々の塀が遮蔽物となる角度から、さっと飛び出してきたものがあったの。

 あの柱に巻き付いた、龍の像。ただしその体は、最初に見た時よりもでっぷり太って、ところどころのぞいていた柱を、胴体がすっかり覆い隠してしまっている。

 顔もいくらか太ったようで、開いた口の歯も丸みを帯びたようで、あのとき感じたかじられそうな迫真さが薄れてしまっている。


 その像が、かつてビスケットを捧げられた台座の部分を傾けたまま、器用にお地蔵さんのキャンディをすくいとってしまったの。

 すかさず全身をのけぞらせ、勢いで跳ね上がったキャンディは、あやまたず龍の口の中へ放り込まれる。手慣れた動きは、ずっと前から同じようなことを行い続けてきたかのようななめらかさ。

 目にしたいとこが「うっ」と固まりかけるも、龍の像はこちらを意に介さないかのようで、ちらりとも見てこなかったみたい。

 その代わり、「くしゅん」と生き物がするような大きなくしゃみを、ひとつ漏らしたわ。

 ひと呼吸遅れて、その体中からどっと汗のようなものが噴き出てきたの。

 像はほどなく、ぱっと軽々飛び上がって背後の家の塀を越え、見えなくなってしまったけれど、その汗をかいたところにはあの日と同じような湿り気が残される。

 それはすでに見られなくなった、あのビスケットの甘みをふんだんに放っていたのだとか。


 あれはお供えの味を覚え、それをもらうことができるよう、年季の入った像へ化けるすべを覚えた生き物じゃないかと、いとこは思ったみたい。

 とはいえ、あのキャンディのほうは舌に合わなかったのか、もう龍の像がいとこの前に姿を見せることはなくなったそうなのよ。

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