旅立ちの朝
旅立ちの朝がやって来た。
空は快晴。幸先よしだ。
「それでは行ってまいります」
腰に名刀『春才天児』を差し、縹色の羽織に黒の袴で颯爽と、わたしは屋敷の門を前に立った。
四人の兄様たちは揃って見送りに出てくださった。
「ぽこぉ〜! 心配だ! 兄ちゃんは心配だぞぉ〜!」
飛びついて来る勢いの今生之助兄さんを、羽交い締めにしながら危能丸兄様が仰る。
「いいか、ぽこ。危なくなったら逃げるんだぞ? 何しろテメェはポンコツだからな?」
伊織兄様は何も仰らず、ただ微笑んで見送ってくださった。
「気をつけて行くのだぞ」
笛兄が少し後ろのほうから仰った。
「何か困ったことがあったら……」
「大丈夫ですよ」
不安にさせないよう、笑顔を見せた。
「困っても自分でなんとかするしかありませんし、わたしももう子供ではありません」
「そうか……。俺には『頑張れ』と言うしか出来ないな……。では……よし、頑張れ」
わたしはにっこり微笑み、右手を前に出し、親指を立ててみせた。
笛兄の肩に乗ったホリイ・ベルが言う。
「ほら、笛吹丸さま。西洋式の挨拶ですよ。『OK』という意味です。笛吹丸さまもお返しして」
「そうか……。よし」
笛兄も右手を前に出し、親指を立てた。慣れない挨拶のしかたに照れ臭そうだ。
他の三人の兄様たちも真似をする。
「頑張れ、ぽこ」
「死なねぇようにな」
「くすくす」
みんなで親指を上に向けて、にっこり笑った。
「それではお元気で」
わたしは最後にぺこりと大きくお辞儀をすると、兄様たちにくるりと背を向けた。
大きな門を、観音開きに少し開け、外へ出ると、目の前は松林。
「音丸さーん」
「待ってましたぜぇ」
門の外に駕籠かきのおじさん二人が待っていた。
「笛吹丸さまがよ、武蔵の国の宿場町までお送りしろってよ」
振り向くと門はもう閉まっていて、笛兄の顔を見ることは出来なかった。
まったく……。世話焼きだなあ。『もう子供ではないのだぞ』とか言いながら過保護なんだから。
それでも有り難いので、駕籠に乗って行くことにした。
「お願いします」
ぺこりと頭を下げて駕籠に乗り込むと、お尻が持ち上がり、二人が威勢のいい掛け声をあげる。
「そんじゃ行くぜえ!」
「えっほ、えっほ!」
小窓から覗くと屋敷が遠ざかって行く。
外出する時はいつも兄様の誰かと一緒だった。
どんどん、屋敷が見えなくなって行く。
どんどん一人になる、そんな気持ちがしていた。