浜松の街
浜松の街は遠江国にある。駿河国の隣になるが、駿河藩の領地だという。よく知らないが、昔から争いの絶えない両国だったらしい。今は平和にやっているようだ。
街はとても活気があった。
男の人たちがせっせと体を動かしている。
あっちこっちに散らばって各自が自分の仕事に精を出しているようだ。
でも……なんかおかしい。
女性の姿がまったくない。
しかも男の人たちが何をしているのかはよくわからなかった。何か体を動かしてはいるが、よく見れば本のようなものと向き合って、とても活力のある顔でガン見しながら、目を血走らせた笑いを誰もが浮かべて、本と格闘しているようにも見える。
「あっ!」
わたしたちの姿に気づくと、男の人たちがそれぞれに大声をあげた。
「女だ!」
「娘っ子だ!」
「かわいい!」
「やらせろ!」
突進してきた。
砂煙をあげて……。まるで赤い布を見つけた雄牛の群れだ。
わたし一人がオロオロした。
どうしよう、これ。何をされるの、わたしたち。
夏次郎くんに頼ろうにも、男の人たちは皆ふんどし一丁の姿なので、夏次郎くんもあまり剥き甲斐がないと思っているようで、興味がなさそうに白けた目をしている。
華夢のきょうだいは落ち着いていた。
編笠をかぶった天花さんが少し興奮したように、嬉しそうな顔をしているだけだ。
和歌ちゃんもきわみちゃんも余裕の表情で、押し寄せる雄牛のような男たちを眺めている。又利郎さんはただぼーっと立っていた。
「花蜘蛛よ」
お馬に跨ったまま、蘭様が口にした。
「憐れな民を導きなさい」
ピシッという音がしたように思った。
男の人たちの動きが止まり、浮かべていたよだれを垂らすような笑いも消え、とても真面目な姿勢でまっすぐ立った。
蘭様が両手を上げ、操り人形を操るように、その手を動かすと、みんながくるりと後ろを向き、統率のとれた軍隊のように去っていく。
「蘭様……」
わたしは一人オロオロしたまま、聞いた。
「あの人たちは……」
「件の細くて長いものに活力を増進させられているだけですよ」
わたしを落ち着かせようと、蘭様は優しく微笑んでくださった。
「ただ……ちょっと活力の向け方を間違えてらっしゃるようですね」
彼らが血走った目をして読んでいた本が、あちらこちらに散らばっていた。それを見て天花さんが可笑しそうに声をあげた。
「あっは! やっぱり春画だよ! こりゃまた大層どぎついのを読んでたもんだねぇ」
春画……。よくは知らないが、聞いたことはある。
とても助平な男女を描いた、日本人の変態性を象徴するような本のことだと。
「男性があのように活力絶倫になったため、女性は街から逃げ出したようですね」
蘭様が言った。
「これは確かにどうにかしないといけませんね」
先へ歩いて行くと、さっきの男の人たちが、竹林の竹のように背中を向けて立っている。なんだか蜘蛛の糸に囚われたミノムシみたいで気持ちが悪い。
そのうちの一人の男の人に、蘭様が尋ねた。
「お聞きしますが……、あなた方は、細くて長いものを見ましたか?」
「や……、やらせろ」
真面目そうにまっすぐ立っているその様子とは合わない、乱れた口調で男の人は言った。
「あなた方は操られているのですか? それとも……」
「ああ。操られてるよ。あんたがさっき出した、蜘蛛の糸でな」
男の人は苦しそうな笑いを浮かべながら、蘭様のお着物の膨らんだ胸を凝視した。
「解いてくれ、この糸! そして、やらせろ」
何をやらせてほしいのかはよくわからなかったが、自由にするととても危険なご様子だった。
「ほ……、他の人たちもこんな……明らかに異常なご様子なのでしょうか」
わたしは怖くなって、蘭様に聞いた。
「も、もし……街じゅうの人たちが一斉に襲いかかってきたらどうしましょう」
「大丈夫ですよ」
にっこりと、わたしを安心させる笑顔を浮かべて、蘭様は言った。
「街の方々全員に『糸』をつけました。今、この街の方々はすべて、私の操り人形です」




