細くて長いもの
お城の中に通された。
なんていうか……立派だ。こんな高い建物の中に入ったのは初めてだ。
広いお部屋に案内され、ここで座って待つようにと言われた。
「緊張するね」
わたしが言うと、
「堂々としていましょう。わたしたち、本物の退魔師なんですから」
きわみちゃんがそう答えて、緊張にカタカタ震えた。
窓の外を眺めると、駿府の町が広がって見下ろせた。そのむこうに大きな湖が霞んで見える。
立派な襖が開き、立派な紋付き袴を着た白髪のおじいさんが入ってきた。
老中さんだと名乗られたので、二人でぺこりと頭を下げた。
「雪風音丸と申します」
「華夢きわみです」
「これは名門退魔師一族の方が揃ってよく来てくれたものじゃ」
老中さんはわたしたちの前に正座なさると、怖いお顔をして仰った。
「……して、あの件のことじゃが……。どちらのほうへもまだ依頼などしておらん。どこであの件のことを知ったのだ?」
「えっと……」
「あの……」
きわみちゃんと顔を見合わせた。襟巻きに化けている夏次郎くんも顔を出してわたしたちのほうを見た。
これは正直に言ったほうが角が立たないよね? と三人でうなずき合って、代表してわたしが口を開いた。
「ごめんなさい。……じつは法力を使ったらお城の敷地内に飛んできてしまって……。それでわたしたちがここにいる言い訳として、つい、うなずいてしまったまでなのです。つまり、『あの件』のことはまったく……ちっとも知りません。もし妖怪退治のことでしたらお力になりますので教えてください」
わたしの長めの弁解の言葉を聞きながら、老中さんの怖いお顔がだんだんと緩んでいった。
「カッハッハ! そうかそうか」
ようやく笑ってくれた。
「安心したわ。あの件が外に漏れていたら我が藩の恥じゃ」
「妖怪絡みのことなのでしょうか?」
きわみちゃんがおずおずと聞く。
「他言できないようなことならば、内密に解決いたします」
「そうじゃな……」
老中さんが少し考えを巡らす。
「あやかしのことは退魔師に頼むのが一番じゃが……、その方ら、あまり頼り甲斐がありそうに見えん」
さすがお城の老中さまだ。人を見る目が鋭い。
でも相手がもし妖怪なのなら、きわみちゃんは豹変するんだ。大地震を起こせるほどに鬼強くなるんだ。じゅうぶん頼っていい。
でも、嫌な予感がしていた。
相手がまた宇宙人だったら、きわみちゃんは何の役にも立たない。
「私たち華夢家の長姉、蘭様がこちらへ向かっております」
きわみちゃんが老中さんに申し出た。
「あるいはもう、着いておられるかも」
「なんと」
老中さんの態度が一変した。
「あの有名な華夢蘭様が駿府に来られておると申すか。それは是非、あやかし退治の依頼を願いたい」
『あの件』とは次のようなことだった。
駿河国の領地である隣の遠江国にある浜名湖に化け物が出て、民衆を狂わせているらしい。
その化け物にやられると、よくわからないが、やたらと人間は『絶倫』という状態になるようだ。よく意味はわからなかったが。
そして破廉恥な行為の限りを尽くすようになるのだという。どんなことをするのか想像もできなかったが。
その化け物はなんだか『長くて細いもの』ということで、わたしは思わず襟巻きに化けている夏次郎くんを見てしまった。
『ううん? ぼくじゃないよ?』という顔を夏次郎くんがした。
じゃあ、なんだろう。そんな妖怪、いたっけ? わたしは正解を求めるように、きわみちゃんを見た。
「細長いといえば、蛇女でしょうか?」
さすがひとつ年上だ。そんな妖怪、わたしは知らなかった。
「あるいは……」
きわみちゃんが考え込む。
わかる。何を考えてるのか、わかるよ、きわみちゃん。
宇宙人かもしれない。もしそうなら、きわみちゃんはまたただのお荷物だ。
ぽたり、ぽたりと、天井から黒い液体が滴ってきた。
「な……、なんじゃ?」
驚いて上を仰いだ老中さんの前に、大量の黒い液体がどはっ!と落ちてきた。
「や……、やあ」
液体がかたまり、又利郎さんの姿になる。
「お、お待たせ」
「う……! うわーっ!」
老中さんの腰が抜けた。
「ば、化け物じゃーっ! ひあーっ! きゃーっ! た、助けろ、小娘退魔師!」
きわみちゃんが真剣な顔で紹介した。
「兄です」
とりあえず蘭様が来られるまでわたしたち三人はお城でもてなしてもらえることになった。
広い畳のお部屋で寝られる! ごはんも食べられる!
お茶と串だんごも出してもらって、わたしはずーっとここで暮らしたくなった。
「ふ、風紀が乱れているんだね、今、駿府は。その化け物のせいで」
又利郎さんが脂ぎった前髪をボリボリと掻きながら、言った。
「他所者に知られたら恥ずかしいぐらいなんだな……。ど……、どんなんだろう」
今すぐにでも見に行きたいぐらい興味をそそられているようだった。
「それにしてもマッちゃん……」
わたしは串だんごの上に乗ったこしあんを唇で味わいながら、言った。
「老中さんに化け物と間違われちゃダメだよ。もう少し見た目を小綺麗にしとかないと」
「お……、俺、小綺麗とか恥ずかしいから」
「そうですよ、音丸さん」
きわみちゃんが串だんごのこしあんを口の周りにつけながら兄を弁護する。
「兄様はこれがいいんです。まるで地獄の魑魅魍魎みたいなこれは、又利郎兄様のお洒落なんですっ」
「せめて、この前髪をねー……こうやって」
わたしは手を延し、又利郎さんのねっとりとした前髪を掻き分けた。
「こうすれば……ほら!」
初めて又利郎さんの前髪に隠されていた顔をはっきりと見た。
わたしは思わず笑いが凍りつき、おもむろに元に戻した。
「ところで音丸さん……。頼みがあるんです」
きわみちゃんが串だんごをお皿に置くと、かしこまって言った。
「私、修行がしたいんです! 手伝ってくれますか?」




