駿河国府中
「はうわわわー!」
「きゃー!」
きわみちゃんと二人で風になって空を飛んだ。
くるくる回る。くるくる回る!
すたっと夏次郎くんが着地すると、わたしたち二人も気づけば大地に足を踏みしめていた。
しかしずっとくるくるが止まらない。
目まいのような世界の回転がなかなか収まらない。
「ふひぇひぇ……」
「おろろるるる……」
きわみちゃんと二人でへんな声を出しながら、固いものに寄りかかってこらえていると、ようやくくるくるが収まってきた。
「あっ?」
「えっ?」
二人で見上げた。青い空を背に、天守閣が聳えている。
わたしたちが寄りかかっていた固いものはお城の石垣だった。
「これってやばいんじゃない?」
「お城の敷地内に不法侵入しちゃった」
きわみちゃんと一緒になってワタワタしていると、恐れていた通り、お城の見張りの人たちが駆けつけてきた。
「何やつ!?」
「曲者!」
わたしときわみちゃんを見つけて、二叉の棒で取り押さえようとする。
夏次郎くんが、ぶわっと膨れ上がった。
「うおわー!」
「なんじゃこりゃー!」
そう叫びながら見張りの人たちが全裸に剥かれている間に、二人手を繋いで逃げた。
「やばかったね」
「今でもやばいですよ」
きわみちゃんと手を繋ぎながら、お城の敷地内をコソコソ泥棒のように歩き回る。
きわみちゃんは立派な天守閣を仰ぐと、小声で言った。
「これって……、駿府城でしょうか。見覚えがあります」
それを聞いて少しだけ安心した。夏次郎くん、ちゃんと行き先をわかってて、ちゃんと駿河国に飛ばしてくれたんだ。
「それにしてもご立派なお城だね」
「それはもう……、EDOの世を開いた将軍さまが築かれたお城ですから」
きわみちゃんがそう教えてくれたが、物語の一番最初にも言った通り、わたしは頭が悪いので、その将軍さまがタヌキに似ておられたということぐらいしか知らん。
「何度も焼失したのを修復しているそうですよ。だから立派な上に真新しいですよね」
きわみちゃんがそう言ったが、わたしにはあまりにも興味がなかったので、「へー……」とだけ答えた。
とにかく今、重要なのは、なんとかしてここから抜け出して、又利郎さんと合流することだ。
「そういえばマッちゃん、自分の足で駿河国に来るって言ってたけど、わたしたちのほうがかな〜り先に着いちゃったかな?」
「又利郎兄様はお速いですよ。ふふっ……。何しろ影になって飛べますからね」
「でもいくらなんでもカマイタチの速さには負けるよね?」
「又利郎兄様は凄いんですよ。まるで人間ではないみたいに凄いです。ふふっ」
なるほど……そうか。
確かにわたしも『あの人は人間じゃない』とか思ってた時があったもんな。
「それにしても音丸さん。又利郎兄様と仲良くなってくれたんですね? 兄様を尊敬する唯一の妹として嬉しいです!」
きわみちゃんがわたしの手を握ってぴょんぴょん跳ねる。
ほんとうにこの子、マッちゃんのことが好きなんだなあ……。
わたしももっと好きになってみようっと。
「それにしても夏くん……。なんでよりにもよってこんなところに着地してくれたの?」
肩の上の夏次郎くんに話しかけた。
「ふつうに町に着地してくれればよかったのに……あっ!?」
前方の門の脇に控えていたお侍さんたちが、わたしたちを見つけてドカドカと駆けてくる。
「そこなオナゴども! 何者!?」
「見かけぬ顔じゃ! 城の者ではないな!?」
「夏くんっ!」
また彼がやっつけてくれるのを期待した。
しかしどうやらさっきので疲れているようだ。ふーとため息のようなものをつくと、わたしのうなじにもたれかかって休憩しはじめた。
わたしもきわみちゃんも、捕らえられてしまった。
偉そうなおじさんの前に二人で突き出された。
「ふむ……。かわいい娘っ子じゃ」
お代官様といった感じのおじさんが、わたしたちを見てニヤニヤする。
「しかし……わしは騙されんぞ? 貴様ら、この駿府城をまた焼き払うために遣わされた密偵じゃな? そうじゃな? そうじゃろう?」
「わたしたちは……」
「こういう者です」
わたしが雪風札を、きわみちゃんが華夢札を懐から出して見せると、お代官様は驚愕してからひれ伏した。流石は両家の証ともいうべき代物。葵の御紋の入った印籠ぐらい強力だった。
「これは雪風一族と華夢家の方々でしたか! では……、あの件について調査においでくださったので?」
「あの件?」
「あの件?」
何も知らないわたしたちは顔を見合わせたが、ちょうどいいと思って二人で凄い笑顔になりながら何度もうなずいた。
「そうそう! あの件じゃ! あの件じゃ!」
「わたしたちはあの件で来たのです! 解放してください!」




