ぽるたんぽるたん
「ぽるぽる」
「ぽるぽるぽるぽる」
「ぽるぽるぽるぽるぽるたんぽるたん」
押し寄せてくる宇宙人の列に向かって、又利郎さんが腰の巨大手裏剣を取り、斬りつけた。
スパッと切れた。スパッと切れたけど、血すら飛び散らず、止まらずに押し寄せてくる。切れたやつはしばらくブランブランと上半身を傾かせていたけど、すぐに元通りにくっついた。
「な……んだ、コイツら」
又利郎さんが驚いて声をあげる。
「手応えが……なさすぎる」
「へっへー!」
女王蟻ちゃんが伊織兄様の足の下で、勝ち誇ったような声をあげた。
「斬っても無駄だよ! ぽるたんお兄様はグミキャンディなんだから! 斬ってもすぐに元通りくっつくよ!」
ぐみきゃんでぃ……とは、一体何なんだろう?
「紫伝川坊流……」
兄様が剣を上段に構えた。
「落葉散開」
ビュワッ! と乾いた風が起こり、鋭いつむじ風がぽるたんお兄様たちに襲いかかった。ぽるたんお兄様たちは粉々になって飛び散ったが、すぐにまたくっつくと、歩いてやってくる。
「まるで無生物だ」
兄様が諦めたように、剣を鞘に仕舞われた。
「あまりに手応えがない」
わたしも刀を抜いた。
「夏次郎くんっ! 刀に巻きついて!」
夏くんはこくりとうなずくと、白い風になる。
でも春くんが拒否った。
『一度きりだって言ったよ? 来い、カマイタチ。今度はおまえを斬ってやる』
必殺技、失敗だ。発動しなかった。
わたしは押し寄せる宇宙人の無表情の迫力に怯えて後ろを向くと、ひゃー! と声をあげながら逃げてしまった。
「兄様! ここだよー!」
女王蟻ちゃんの声におびき寄せられるように、ぽるたんお兄様たちは彼女を取り囲むと、みんなで抱え上げた。
「ぽるぽる」
「ぽるぽるぽるぽる」
「ぽるたんぽるたん」
そう言いながら、集団で廊下の奥へと消えていった。
「どうする? ぽこ」
伊織兄様がわたしに聞く。
「追うか? おまえの修行だ。おまえが決めるのだよ」
わたしは正体不明のぽるたん軍団に腰が抜けていた。
震える声で、なんとか言った。
「お……、お外に戻りましょう」
外に出ると樹海の風景に心が安らいだ。
「よ……、よかったのでしょうか」
わたしは兄様に聞いた。
「あのまま……、あのぽるたんたちを追いかけなくて……?」
「うん、いい判断だと思うよ」
伊織兄様はそう仰って、にっこりと笑ってくださった。
「我ら四人だけでは出来ることに限りがあるからね。笛吹丸様が今、華夢の蘭様に協力を求めておられる。兵隊の数を揃えて出直そう」
又利郎さんが異を唱える。
「そ……、その間に隠れられてしまう。い、今が好機だ」
「あれだけ斬っても手応えのない相手では、こちらが全滅ということもあり得るよ。今、一番大事なのは生きて帰ることだ。それに女王蟻があれほどかわいいのでは……」
「た、確かに……かわいかった」
「おかわいかったですよね」
わたしも二人に同意した。
「そんなかわいい敵が出たのですか?」
きわみちゃんは失神していたから見てなかったようだ。
「で……」
わたしは兄様に聞いた。
「敵がかわいいことが、何か?」
「かわいいものは私には斬れん」
伊織兄様は目を閉じて、しみじみ仰った。
「言っただろ? 私は『日本をかわいいもので満たしたい』のだ。だから、かわいいものを斬ることは出来ないんだよ」
知らなかった。
意外な弱点が伊織兄様におありになった。
「では、私は笛吹丸様に報告しに屋敷へ戻る」
兄様がそう言うと、兄様の前にあの扉が出現した。
「マッちゃん、ぽこの世話を頼めるかい?」
「あ……、ああ。ああ」
又利郎さんがとても嬉しそうにうなずく。
「ま、任してくれ。ぽこちんは……俺とずっと一緒だ」
いちいち下心がありそうな言い方やめてほしいな……。
「それじゃ、行くよ」
伊織兄様が、わたしの肩の上に手を伸ばしてきた。
「カマイタチくんも、ぽこを頼む」
騙されないぞ!
危能丸兄様の時もそうだった。
夏次郎くんの頭を撫でるふりをして、退治しようとなさるおつもりだ!
わたしは夏次郎くんの意外とでっぷりしたお腹に手を当て、守った。一族最弱の伊織兄様からなら、わたしごときでも守れる!
そう思ったのだが、伊織兄様は夏次郎くんの頭を撫で撫ですると、尊いものを見るように笑顔を浮かべ、くるりと背中をお向けになった。
「それじゃあね」
手を振って、伊織兄様が扉の向こうへ消えていった。ぱたんと音を立てて閉まると、扉もすうっと、あっけなく姿を消した。
嘘じゃなかったんだ。
伊織兄様は、ほんとうにかわいいものがお好きだから、かわいい夏次郎くんのことが斬れないのだ。
正直、夏次郎くんに伊織兄様が全裸に剥かれるのを期待していた自分がちょっと恥ずかしくなった。伊織兄様のふんどしはやはり艷やかな紫色なのだろうかとか想像してしまっていた。
「いおりんは……ほんとうに、かわいいなあ」
又利郎さんがまた下心のありそうな台詞を言う。
「人を騙すやつだけど……かわいいものが好きなのはほんとうなんだなあ」
「マッちゃん……」
わたしは彼の気持ち悪いお顔を見つめた。
「わたしのこと『人を騙せないほど心が綺麗だから騙される。だからそのままでいい』って言ってくれたけど、伊織兄様はじゃあ、心が汚いの?」
「ち、違うよ」
又利郎さんは下の歯ぐきをグワッとぜんぶ見せながら、笑った。
「いおりんはね、気持ちよく騙してくれる。騙すのが上手なのも、やっぱりいい人」
よくわからないけど、兄様を褒めてもらえて嬉しかった。
「さあ! 次はどこへ行きましょうか?」
きわみちゃんが元気に言った。
「三人で旅を続けましょう!」
「ら、蘭姉から指示があった」
又利郎さんが言った。
「駿河国だ。そこへ行けと」




